【番外編】補佐官レベッカの恋 4
陛下はそれから毎日、便箋十枚にも及ぶ熱烈なラブレターを書き上げ、抱えきれないほどの大きな花束を持ってリンリンさんのもとへ通った。
はちきれんばかりのパンパンな封筒を見るたびに、連日そんなに綴る内容ってあるか? と思うけれど、これぞ竜族の男というものだ。
それにしてもレオナルド、か。
久しぶりに聞くその名前に、心臓が早鐘を打つ。
私は兄のサミュエルと甥のプーサンが帰っていくのを見送ってから、王都で人気の「一日限定八十個のタルトタタン」を手土産に、リンリンさんたちの様子を探るべく屋敷を訪ねた。
「いらっしゃ~い」
リンリンさんは笑顔で迎えてくれた。
ちょうどお茶の時間だと庭にあるテーブルに案内されると、そこにはスピレル国のセレーナ元王女の姿があった。
彼女は、聖道女のもとで奉仕活動に従事したあと、バレン王家へ嫁いだ。スピレル王家の夜会で出会い何度もプロポーズされ、正室として迎えられたのだ。
「あんなに熱心に求愛されることが、こんなに幸せだなんて思いませんでした」
そう言って頬を染めていたという。そんな彼女も二人の息子に恵まれ、間もなく四十路を迎える。年を重ね、少しふっくらとした元王女は元気そうだ。
「お久しぶりです、レベッカさん。今回は義父がこちらに用があるというので、ついでにお忍びで連れてきてもらいましたの。リンリンさんたちに会いたくて」
義父とはレオナルドのことである。彼女の夫は彼の三番目の息子だ。今は王弟として国の要職についているはずだ。
「この国に来るなら、ここに泊まるようにって前から言ってたのよ。どうせ普段はロロさんたちしかいないし、ホテルより安全だから」
元諜報部統括が敷く警備体制は、そんじょそこらのホテルより安全だろう。
ロロの「番」であるアンナはもうすぐ三十八歳になる。ウサギ族の平均寿命は五十歳。彼は王宮勤務を辞め、残りの人生をこの屋敷でアンナとイチャイチャして過ごす生活を選んだ。アンナにとっても、好きなメイドを辞めずに夫婦一緒にいられる夢のような職場だ。
「陛下は、バレンの前国王がこの屋敷にいることを知らなかったの?」
「急に来ることになったんだけど、あんな騒ぎがあったからジルには言いそびれちゃって」
あっけらかんとリンリンさんは笑う。
そのせいでレオナルドは、危うく陛下に殺されるところだったんですけどね。
「それでリンリンさんは、いつ王宮に帰るのかしら? そろそろ戻ってくれないと、陛下が腑抜けて大変なんですよ」
本当に腑抜けていて、再びイーサンが代理で陛下のフォローに入っている。
「まあ、アルベール様は相変わらずリンリンさんを溺愛なさっているのねぇ」
セレーナ元王女はコロコロと笑う。昔はもっと張り詰めた雰囲気だったけど、穏やかな表情を浮かべるようになったと思う。その理由を彼女はこう答える。
「それもこれも夫のお陰ですわね。スピレルと違い、社交場での足の引っ張り合いや腹の探り合いが皆無ですもの。もう楽で楽で。したいこともさせてもらえて、今までの苦労はなんだったのかと思いますわ」
確かにバレンという国は、おおらかであけっぴろげだ。言葉の裏を読む必要もないし、他国では陰湿になりがちな妃同士の諍いも、堂々と取っ組み合いのケンカが繰り広げられている。
まあ、そこは、ほら、獣人は強者に従う性だからね。
妃たちには公務らしい公務がなく、好きに過ごしている。多くの妻にのびのびと不自由のない生活をさせることが、バレンの男たちのステータスなのだ。
「実は彼女、『結婚破棄からはじまる真実の愛』の作者なの」
「あのベストセラーの?」
陛下の寝室にあったあの小説だ。リンリンさんの愛読書。
「リンリンさんが、スピレル貴族の話を本にしたら面白いんじゃないか、って」
セレーナ元王女は、ポッと照れ臭そうに頬を染める。
そういえば、リンリンさんはよく盗み聞きしていたものね。
「したいことって、本を書くことだったんですか」
「ふふふ、そうですわね。昔から物語を読むのが好きだったものですから、夢が叶って満足しておりますのよ。で、リンリンさんはいつ頃王宮へお戻りになりますの? ご入用な数だけ、サイン本を用意しますわよ」
「ホント? やったー! でもねぇ、今のうちにミンミンに薬作りを教えたいのよ。いつもジルが甘やかして邪魔するから、今がいい機会かなぁって」
「あー…………」
私とセレーナ元王女は、納得したように声を揃えた。
なるほど。別居中で邪魔が入らない今、秘薬作りの特訓をしているわけか。この様子だと、すぐに戻ってくるのは無理かもしれない。こりゃ、もう少しイーサンに頑張ってもらうしかないか。
「そうだわ、レベッカさん。よかったら義父に会ってやってくださいな。元クラスメイトなんですって? ちょっと出かけてますが、もう間もなく戻ると思いますから」
「え?」
私はドキッとする。
そりゃ、一目会えたらいいなとは思っていたけれど、わざわざ帰りを待つつもりはなかったのだ。
どうしようかと迷っていると、本当に「間もなく」してレオナルドが戻ってきたので、辞するタイミングを失ってしまった。




