■ 4
いよいよ午後からは優勝パレードである。
この国の王アルベールは、十年前に史上最年少で即位した、竜族の歴代最強と謳われている人物である。
メイン通りには、そんな時の人を一目見ようと大勢の人が押し寄せていた。
「ミーナちゃん、そっち見える?」
「な、なんとか……」
出遅れたリンリンたちは場所取りに必死だ。
人の合間を縫って、どうにか見えそうな位置まで移動してきたが、ずっと後ろのほうになってしまった。
それでもパレードを見るのは初めてのことなので、リンリンは楽しみでならない。
(それにしてもこの混雑じゃ、お友達になれる男性を探す余裕なんてあるわけないじゃない。ルカ兄さんめ、無知だと思ってまた私に適当なことを吹き込んだわねっ)
ルカに騙されたことにようやく気づいて文句を言いたくなるが、お土産もおやつも買えたし(ま、いいか)とも思う。
(久しぶりにミーナちゃんとも会えたしね)
チラリと隣の親友を見やると、視線が定まらない様子でしきりに頭をキョロキョロさせている。
「ほら、もうちょっとコッチにおいでよ。そこの隙間からよく見えるから」
「ありがとう」
ミーナに場所を譲ると、今度は自分の視界が他人の頭でふさがり、見えなくなってしまった。
ちょっぴり後悔するが、どうにもならない。
(ま、いいか)
リンリンはお人好しなのだ。
ほどなくして紙吹雪が舞い、歓声が湧き上がった。優勝パレードがスタートしたのだ。
鼓笛隊の奏でる音楽をかき消さんばかりの大歓声と黄色い声が上がっている。隊が近づくにつれ、喧騒が徐々に大きくなっていった。
キャァァァァ~!
ウォーォー!
タッタカ タン♪ ズンチャカ ズンチャカ ズン ズン♪ ドーン♪
キャ~ 陛下ぁ~!
ヒュー ヒュー!
(…………なーんにも見えないわ)
ズンチャカ チャ♪ ズンチャカ チャ♪ ズンチャカ ズンチャカ♪
タッタカ タン♪ タン タン タン♪
ピッ ピッ ピィ~♪
(…………音しか聞こえないって、むなしいわね)
リンリンはその場でぴょんぴょんとジャンプしてみるが、護衛騎士の制服と鼓笛隊の太鼓の一部が見えただけだ。
最後の悪あがきで渾身のジャンプを繰り出してやっと、国王陛下と思しき男性の手を視界にとらえる。
ズンチャカ ズン……ズ……ン……♪ ズ……ゥ……。
(あ……)
悪戦苦闘している間に、あっけなく目の前を通り過ぎてしまった。
パレード車を見送ると群がっていた人々がばらけていき、リンリンとミーナもその場を離れて帰り道を行く。
歩きながらミーナは、国王の顔までバッチリ見えたと喜び「超カッコよかった!」と興奮気味に繰り返していた。
パレードはほとんど見えなかったけれど、リンリンは嬉しそうに笑っているミーナに満足した。
リンリンは噴水広場でミーナと別れると、明日の朝食用のパンを買い、家に帰るために右側の路地を曲がった。
その刹那、一陣の風が吹き抜ける。
ゆるいくせ毛の長い髪がなびき、乱れてバサーッと顔にかかってしまったが、整えもせずにそのまま歩き続けた。
「ちょっと待ってっ!」と切羽詰まった声がしていても、リンリンはお構いなしである。
(ふぁ~、眠い……)
「ちょっと!」
何やら背後が騒がしい気もする。けれど、今のリンリンには、さっさと家に帰って昼寝をすることのほうが大切だ。
ずっと人混みの中にいて疲れてしまった。夜は花火が打ち上がるので、それまで少し休みたい。
「そっ、そこの黒髪黒耳、若草色のワンピースを着たお嬢さんッ、ちょっと待って!」
「えっ、私?」
呼び止められて振り返る。リンリンの目の前には、肩で息をする黒髪の青年がいた。
「あああ、やっと、見つ、けた。見失ったかと本気で焦った!」
呼吸を整えながら話す青年は身なりがよい。服も靴も身に着けている装飾品も、すべて一流品。しかも正装である。
(貴族の方かしら。だとしたら、きっと外国の来賓ね)
平民しかいないこの国で、王都のメイン通りから一歩奥まった住宅地の路地で正装するなんて、明らかに浮いている。
「何か御用ですか。もしかして道に迷われましたか?」
どうしてこんな場所にいるのかわからないが、彼にとっては外国の、しかも不慣れな平民街に違いない。「人には親切に」そう教えられて育ったのだ。力になってあげねばとリンリンは強く思った。
「いえ、あなたに用があって。私はジル・ヴァレンティン・アルベール・デ・ヴァリ・デュ・ドラゴと申します」
「ええ……と、ジル……ヴァ? デ……デュ……ドラ……」
(長っ! 名前、長すぎでしょ。貴族って皆こんなに長い名前なの?)
まったく覚えられる気がしないリンリンの心中を慮ったのか、青年はもう一度、今度はゆっくりと名を告げた。
しかし、やっぱり覚えられず、しきりに首を捻るリンリンを前に、少し困った顔をする。
「どうかジル、と」
「ジル……?」
「あああ……初めて、名前を呼ばれた……」
ジルと名乗る青年は赤面し、ガバッと両手で顔を覆ったまま動かなくなってしまった。
「あ、リンリンです」
相手が名乗ったのだからとリンリンも名を名乗る。
すると今度は「リンリンというのか……。リンリン、リンリン、りんりんりんりんりんりんり…………」と名前を念仏のように唱え始める始末。
(ダメだわこりゃ)
全然話が進みそうにないと、昼寝を諦めて空を仰ぎ見るのであった。
念仏男を尻目に、リンリンは素早く考えを巡らせる。
ジルは「あなたに用がある」と言っていた。
金持ちの用件となると、心当たりは「魔女の万能薬」だけだ。
この貴族は薬をご所望なのだろうか。
だったら、なぜルカやほかの商人のところへ行かないのか?
魔女の血をよからぬことに利用したい輩はたくさんいる――兄の警告がふと脳裏をよぎった。
(悪い人なのかしら?)
まじまじと観察してみるが、ジルに抱いた印象は「悪人」というより「変人」である。
どうしよう……とリンリンは戸惑った。
そのうち、やっと落ち着きを取り戻したジルは、コホンと咳ばらいをしてから、おもむろに口を開いた。
「つい取り乱してしまい、申し訳ない。実は、あなたは私の『番』です」
(なーんだ、秘薬は関係ないのね。心配して損しちゃった!)
リンリンは心底ホッとしたものの、聞き捨てならない単語を聞いた気がする。頭の中に昼間のミーナとの会話が蘇った。
(今、『つがい』って言った?)
その直後、ジルはついとリンリンの手を取り、その場に跪く。
(て、て、て、て、手が……手がっ…………!)
男性に手など触れられたことがないリンリンは、一瞬でパニック状態に陥った。
「リンリン嬢、生涯あなた一人を愛すると誓います。どうか私と結婚してください」
「はい……………………………?」
リンリンは混乱した頭で反射的に返答する。
すると次の瞬間、ジルはパッと破顔し、あ然とするリンリンを抱き上げて猛スピードで駆け出した。
ジルの俊足によって起こる突風がビュンと吹き抜ける中、買ったばかりだった朝食用のパンとお土産のアーモンドクッキー、王都で大人気「一日限定八十個のタルトタタン」が、すっ飛んで散らばっていった。




