【番外編】補佐官レベッカの恋 1
アルベール国王とその「番」であるリンリンさんの世紀の結婚から、十九年の月日が流れた。
陛下の国王三期目も、もうすぐ終わる。彼は今期で退位し、八十歳の若さで隠居生活を楽しむ予定だそうだ。
え? 八十歳は若くないって?
だから竜族は寿命が長いんですってば。
陛下は既に王都の一等地に屋敷を建設済みで、現役を退いたロロとその「番」のアンナが執事とメイド長として住み、余生を過ごしている。
あれから陛下とリンリンさんの間には可愛い黒猫獣人の女の子が生まれ、今、七歳だ。名前はミンミンちゃん。艶々の黒髪にクリッと大きなエメラルドみたいな瞳、スッと鼻筋の通ったちょっぴり大人びた顔つきの美人さんだ。
長すぎる寿命の影響なのか、とにかく竜族は子ができにくいのだ。結婚十二年目で子を授かるなんて奇跡に近いくらい早い。
そういう事情もあり、陛下はミンミンちゃんをめちゃくちゃ可愛がっていて、王の居住区に男を一切寄せつけないほど。
リンリンさんはそんな陛下に辟易して、箱入りに育った娘の将来を案じている。でも、幸い彼らには娘の生涯を見守れるだけの寿命があるのでそのつもりなのだろう。
私――レベッカ・エメ、白竜の竜人、九十二歳は、相変わらず陛下の補佐官を続けている。
そして今、人生の岐路……とは大袈裟だけれど悩んでいる。
王宮勤務を辞めるか、引き続き次期国王に仕えるか。
竜人は百歳になると、いっちょ前に扱われ、我らが故郷「竜の谷」へ帰って上級魔術の習得に励むのが一般的な流れだ。
もちろん義務ではないし百歳を超えても他国でフラフラ遊んでいる竜人もいる。けれど、そんな彼らも一度は帰郷する。
それだけ上級魔術は便利だからだ。一度行ったところに移転ができたり、身を守るための防御結界が張れるので、世界中を旅するにはうってつけだ。
それに竜の谷へ結界を張る役目は、竜人ならばいずれ担わなくてはならないので必要なのだ。
さて、九十代は微妙なお年頃。次期国王の補佐官として仕事を続けるなら、あと十年、国王の任期終了まで勤めなくてはならない。百三歳で帰郷するか、今期で辞めてしばらく旅行でもするか……。国王の側近ともなると任期途中で辞める選択肢はない。
私が王宮勤務になったのは、前王の治世のときだ。その頃はまだ補佐官見習いで、しばらくしてから副補佐官に昇級した。ずっと真面目に働いてきたのだ。
後進も育ってきたし、そろそろのんびりしたい……というか、人生には休憩も必要だと思う。
「えっ~、レベッカ先輩、辞めちゃうんですかぁ?」
口を尖らせるのは補佐官のシャーリーだ。同じく白竜の竜人である。陛下が居住区を男子禁制にしたので、私の負担が大きくなり女性補佐官を一人増やしてもらったのだ。
「悩んでるの。ここらでのんびり旅に出るのも悪くないかなぁと思って」
「レベッカ先輩がいなくなったら、私、どうしたらいいんですかぁ」
しょぼんとするシャーリーだが、彼女は優秀だ。まあ、側近に抜擢される竜人ってことでお察しなんだけれども。
「あなたは自分が楽したいだけでしょうよ」
とはいえ、後輩に慕われるのもまんざらではない。
シャーリーがエヘッと舌を出して、人懐っこい、くにゃっとした笑顔になる。
「でも悩んでいるなら、辞めないでほしいです。女性の補佐官はなり手が少ないんですから」
彼女は真面目な顔に戻ると、グイッとカップに残ったコーヒーを飲み干した。
「なんだ、レベッカ。悩んでるのか?」
女同士の会話に割って入ってきたのは、将軍イーサン・ブランジェである。彼は私と二つ違いだ。緑竜の竜人で、金髪に近い薄茶色の髪と深碧の瞳を持つ勇壮な美男である。
陛下もそうだが、竜人は総じて美形なのだ。なんてったって美しい女神様の血統だしね。本当に血筋のせいかはわからないけれど、私たち竜人の容姿は黄金比に忠実とでもいうのか、派手さのない顔でも整っていて……まあ、少なくとも不細工な人は見たことがない。
「そうなのよ。イーサンはどうするの? 陛下が今期限りなら、次期国王はあなたかも」
「それなんですよ。戦争らしい戦争もないからずっと暇で楽だったのに、今さら国王なんて多忙なポジションは面倒くさいし、いっそのこと『番』探しの旅にでも出ようか悩んでるところでね」
いつものイーサンらしく「ははは、なるようになるでしょう」なんて笑い飛ばすかと思いきや、彼も迷っているようだ。
上級魔術の習得は早めにしたいが、あと十年、時間を拘束されると数年のロスが生じてしまうし、何もしないで過ごすには長い。
「……はぁ~」
私とイーサンは同時にため息を漏らした。




