■ 37
リンリンは、急いで肉球の小さな手でジルの胸ポケットを手繰った。目当てのものはあった。つねに持っているように前から頼んでいたものだ。
(今、助けるからね)
「レベッカさん、誰も部屋に入れないで! それから皆、静かにしてて!」
リンリンが大声で号令を出すと、二人はすぐに動いた。
優秀な補佐官はすぐさま扉に鍵をかけた。
優秀な近衛隊長は「お、おう」と返事をして、セレーナとルネを「手っ取り早く」手刀で気絶させて黙らせた。
何も訊かないのは、リンリンの瞳が緋色に光っていたからだ。魔女の目。彼らは察しが早い。
癒しの魔女であることだけは、最後まで明かさないつもりだったが仕方ないだろう。
その間にリンリンは机の陰で獣化を解き、ジルが脱ぎ捨てた白い軍服のマントを素早く身体に巻きつけた。
緊急事態だ。素っ裸じゃないだけよしとしよう。
(は、恥ずかしいとか言ってらんないんだからっ)
リンリンは深呼吸をして心を落ち着けた。
「オーム オーム クォロ フル コロ フル コロフル コロ コロコロ……」
まじないの言葉を紡ぎながら、舌で魔力を練る。
集中力が増すごとに口内で魔力が濃縮されていった。
「……コロコロ……パドゥ マハマーティ………」
慈悲深き御方 愛と癒しの女神よ
古の契約にしたがい 清麗浄化の力 与えたまえ
風が吹き 火は燃え 土へ還り 水に流れる
パドゥ マハマーティ その御名において
大いなる慈悲の力 我 希う
リンリンは、ジルの胸のポケットから秘薬の瓶を取り出す。薬液を口に含み魔力と混ぜ合わせ、口づけをして流し込んだ。
(大丈夫、まだ息はある)
コクリとジルの喉が鳴る。
癒しの魔女は愛しい人の心音が規則正しく波打っているのを確かめながら、最後まで薬を注ぎ込んだ。
やがて瞳の赤い光が弱まり緑に戻ると、ぐったりとジルの胸の上に崩れ落ちた。癒しの秘術は消耗が激しい。
「ジル……ジル……ジル…………」
リンリンは、泣きながら優しくジルの頬をなでた。
レベッカはそんな二人をそっと見守っている。
アーサーは、レベッカにギロッと睨まれ、背を向けたまま振りむくことは許されなかった。
やがてジルの頬に赤みが刺すと、ゆっくりと目を開いた。
「……リンリン……?」
「……ジル……ジル……よかった…………私……守れた……」
リンリンの瞳は涙で潤み、ポテッとした唇は濡れている。黒髪に映えるブラックダイヤモンドの首飾りは、滑らかな肌の上で揺れ、胸元で輝く。胸の谷間を強調しているのは、身体に巻きつけた白いマントだ。キツく巻いたため、露わになる腰の括れが艶かしい。
「リンリンっ!?」
ジルは目を瞬かせ、ガバッと起き上がった。顔が真っ赤になっている。咄嗟に自分の白い上着を脱いでリンリンに着せかけて抱き上げると、目にも留まらぬ速さで部屋を飛び出していった。
「まあ、そりゃ、そうなるよな」
「ずっと我慢してたもんね。祝賀行事も終わったし、いいんじゃないの」
優秀な補佐官と近衛隊長は、意識が戻るなり理性がぶっ飛んでしまった国王のフォローをすべく、黙々と働くのであった。
アルベール国王が蜜月に入ったとの報告を受け、将軍イーサンは「ははは、めでたいことですな」と笑いながら、のんびりとスピレル王宮に留まり、オズワルドの接待を受けていたという。
それから一週間、二人は部屋から出てくることはなかった。




