■ 35
ルネは妹可愛さに愚を犯したが、バカではないとリンリンは思っている。
国家の危機にも王族らしい落ち着きを失わず、ジルの言わんとすることを理解し、無駄に抗うことをしないからだ。
「私は君から謝罪や釈明を聞きたいわけじゃない。ただ、この子に手を出せばスピレル国が滅びることになるのだと覚えておくがいい」
ルネは唇を震わせる。だがジルは、まだ発言を許さない。軽く手を挙げて彼の動きを制してから続けた。
「だが、今はこの話をするために君を呼んだわけではない」
この発言に、ルネは不意打ちを食らったように目を見開いた。
ジルはソファに座るように言って、ようやく威圧を解いた。
「魔女の万能薬の件、と言えばわかるかな」
ジルは切り出す。
王太子は目を見開いたままだ。どう答えてよいものか言葉を探しあぐねているようだ。
補佐官レベッカと近衛隊長アーサーは、この件に関しては初耳のはずだが黙っている。
「スピレル王家で買い占めただろう? 癒しの魔女から民に薬が回らないと相談を受けた」
「それは……」
王太子が言いよどむとジルが後を引き継ぐ。
「セレーナ王女のために、あの秘薬が必要だと聞いた。それは事実なのか?」
「……はい」
「原因は『竜殺しの毒』か?」
ジルはさっさと話しを進めたいようだ。ルネの反応を見ることなく、こちらの知る情報を出してゆく。
「おそらく」
「おそらく?」
はっきりしないルネの口ぶりに、ジルがいら立った。
「セレーナが『竜殺しの毒』に侵されたのは事実です。そのときは万能薬で回復したので、もう大丈夫なのだと安心しきっていました。しかし、半年後にセレーナが倒れて、そのときは病気を疑ったんです」とルネは、ジルの機嫌を損ねないよう慌てて説明をつけ加えた。
「医師には原因不明と診断されたので、再び秘薬に頼ることにしました。しかし、時間が経つとまた同じ症状で具合が悪くなり秘薬を飲む……その繰り返しです。服用の間隔もだんだん短くなって、そこで初めて病気にしてはおかしいと、あの日の毒が抜け切れていないのではないかと『竜殺しの毒』の可能性に気づいたのです」
定期的に襲うセレーナの体調不良に戸惑いながらも、魔女の万能薬に頼らざるを得なかった状況がルネから語られた。
(あ~、最初に万能薬を飲んで解決したと思っちゃったのね。でも解毒薬じゃないのに一瓶で半年も抵抗できたなんてすごいわ)
リンリンは、女神様の力は偉大だ! と誇らしい気分になった。
なんといっても、あれは「必ず殺す」毒薬なのだ。時間はかかれど、体内に入れば死に至る。きちんと解毒しない限り、助かる道はない。
「で、結果として買い占めることになったと。いや、買い占めなければ間に合わないか。今の間隔は?」
「三週間程度かと」
ルネは素直に答えた。もう隠しても仕方がないと思っているのだろう。
(三週間!? 今後はもっと短くなる可能性だってあるのよね?)
服薬間隔の短さにリンリンは驚く。
しかし、よく三年近くも持ったと言うべきなのかもしれないと考えを改めた。毒の接種量が少なかったのか、即効性ではなかったのか……あるいは、毒薬を作った魔女の良心か。
誰にだって闇と光が存在していて、一つに染まりきれない――そう言っていたのは東国の巫女姫だ。
(ならば、女神様の力が負けるはずないわね)
リンリンはジルが言うように自分をスゴイとも特別だとも感じたことはないが、女神マハマーティの力を誰よりも信じ誇りに思っている。
だから「万能薬が効かない」と言われたとき、女神を貶められたような気持ちになって怒ってしまったのだ。
「そもそも王女はなぜ『竜殺しの毒』に侵されることになったんだ? やはり帝国皇女の毒殺未遂のときなのか」
ジルは率直に尋ねた。
「そこまでご存じでしたか。確かにセレーナの毒はあの日に受けたものです。しかし、あの事件で使われたのは違う毒でした。スピレル王宮にも解毒薬が常備してあるものです」
ルネも抗わずに答える。
「ならば、なぜ?」
「あれは囮です。だから計画が直前に漏れて、大事になる前に毒入りの茶葉を回収し、実行犯を捕らえることができたのです。まさか同じ日に毒殺事件が起こるとは、誰も考えないと思ったのでしょう。側妃の本当の狙いは私の毒殺でした。彼女は、万が一自分が捕まったあとでも私が必ず死ぬように、密かにあの毒を持ち出したのです」
それで――とルネが続けたそのとき、部屋の外が騒がしくなった。
大人しく控えていたレベッカとアーサーが顔を見合わせている。
控えめなノック音がして、レベッカがそっと扉に隙間を作ると、取り次ぎをしようとした職員の間を割って、セレーナが無理やり入室してきた。
「ご無礼いたします!」
息を切らせ、詫びながらジルの前で土下座するセレーナは、誰が見ても冷静ではなかった。
勢いで脱げてしまったのか、ドレスの裾のすぐ後ろに靴の片方がコロンと転がっている。
そこには、高貴な者としてつねに優雅に立ち振る舞う王女らしさが少しも感じられない。
ジルが、困った様子でおろおろする職員を下がらせ、再び扉は閉ざされた。




