■ 34
ブロンデル侯爵令嬢の証言と攫われた本人が顔を見ていることもあり、王女の侍女イザベラは牢に捕らえられている。
ルネとセレーナは部屋で監禁されていた。彼らは抵抗せず、大人しく従っているようだ。
翌日の昼には、第二騎士団と入れ替わるように近衛隊長アーサー・クレマンがスピレル国から戻ってきた。
彼は国王の護衛なので、長くジルのもと元を離れることをしないのだ。
スピレル国を発つ際に竜殺しの毒を回収し、薬学研究所へ渡してきたという。
(それでこの早さ!)
リンリンはアーサーの有能さに感服した。
「無事、届けてまいりました」
ピシッと姿勢を正し報告するアーサーは不眠不休にもかかわらず、その疲れをおくびにも出さない。
「ご苦労だった。あちらの様子はどうだった?」
「はい、オズワルドはスピレル側が陛下の宝に手を出したことに驚愕しておりましたが、ブロンデル侯爵の娘の証言もあり、すんなり信じました。陛下のご命令どおり、この一件が外に漏れないよう厳戒態勢を敷いているため、王宮に混乱はありません」
「毒薬は素直に渡したのか?」
「少々渋っていましたが、解毒薬を作ると言ったらあっさりと」
アーサーは首をすくめる。
オズワルドもセレーナの身体を心配しているのだ。
もしかしたらジルとの縁談は、毒薬を渡して解毒薬を作ってもらうための体裁を整える意味もあったのではないか。夫婦になれば、スピレル王家の事情を明かす口実にはなる。彼らは王女の恋との一石二鳥を狙ったのだと見るのは考えすぎだろうか。
(なんてたって、ドロドロだもんね……)
人の心は複雑だと東国の巫女姫は言い、蓋を開ければ意外と単純なものだとヴィクター・ロロットは言う。
リンリンには難しいことはわからないが、愛と憎しみは同じ感情の表と裏だと思っている。
愛に裏切られた傷の深さを憎しみと呼ぶのなら、あえて門外不出の毒を用いるほどの憎しみ、あるいは愛なのだ、と。
(ドロドロだもんねぇ……)
リンリンは諜報部の資料を読んだが、パトリシアの輿入れと前後して、彼女の侍女と公爵家の護衛が一人亡くなったこと以外に注目すべき点はなく、よくわからなかった。当人はもういないので、彼女が何を思い、行動していたのかを知るすべはない。
リンリンはセレーナが毒を飲んだとすれば、あの毒殺未遂のあった彼女のお茶会だと推理している。
狙われた皇女の身代わりになったのであれば、あのガゼボでの『お前には申し訳なくて、このままでは私の気が済まない』と謝るルネのシスコン発言にも納得がいくからだ。
だが、そのときの資料にもセレーナが毒を飲んだ記述はなかった。箝口令が敷かれたあの茶会で、帝国皇女の毒殺未遂があったことを探っただけでもロロたち諜報部は優秀なのだろう。
(ま、いっか。セレーナ王女の解毒さえ終われば、秘薬の件は片がつくんだし)
でも願わくば、もう一つだけ――――リンリンは、心の中で女神マハマーティに祈った。
「では、さっさと片づけようか」
ジルが立ち上がると、アーサーは顔をしかめた。幼馴染の気安さである。
「どうでもいいけどよ、お前、その格好はないんじゃないの?」
「そうか? リンリンがカッコイイって言うから」
「あー、ハイハイ。ごちそうさまっす」
今日のジルは白い軍服姿である。黒の軍服に見惚れていたリンリンは「白もあるよ」と言われ、着てみてほしいと強請ったのだ。
白に金ボタンの軍服には、ご丁寧にマントと帽子もついている。黒いマントよりは春にふさわしい装いだが、ずいぶんと仰々しい。
(えー、カッコイイけどなぁ)
リンリンには何がダメなのか、さっぱりわからない。
「まあ、いいや。王太子を連れてくる」
アーサーはそう言って執務室を出た。
ジルはその間にレベッカを呼び寄せる。
このところジルがこの女性補佐官を多用しているのは、ただ単にほかの男を自分の「番」に近づけたくないからである。それを側近たちはちゃんと察しているが、リンリンだけがまったく何も気づいていない。
アーサーの指摘を気にしたのか、それとも部屋の中では邪魔だと思ったのか、ジルは帽子とマントを外し椅子の上に放った。手櫛で髪を整え、隣のソファセットに移動する。
そしてリンリンを肩の上に乗せ、静かにルネの到着を待った。
ルネは執務室へやってくると僅かに瞠目した。それはアルベール国王の大仰な白い軍服姿にではなく、通された場所が王の執務室であることと立ち会い人の少なさについてであろう。
この部屋には、ルネとジルのほかは護衛のアーサーと補佐官レベッカ、黒猫一匹だけだ。
ジルは、この件を非公式に内々で処理するつもりだ。それがリンリンの希望であるし「手っ取り早い」からである。
その意図は今、ルネにも伝わったはずだ。
(そろそろ来るわっ)
リンリンが身構える。次の瞬間、室内に竜人の威圧が放たれ、黒猫の背中の毛が逆立った。
竜人は最初にガツンと圧をかけることで、相手を戦意喪失させ無駄な腹の探り合いを避ける傾向がある。兄のルカが登城したときもそうだった。
なぜならそのほうが「手っ取り早い」からだ。チートな彼らは面倒くさいことが大嫌いなのだ。
この頃になると、さすがのリンリンもそれを学習していた。
ジルはリンリンを肩から下ろし、そっと背中をなでている。申し訳なさそうな顔をするが、そこに威圧を発しない選択肢はないようだ。
「私は忠告したはずだよ? この子は私の『番』だと」
ジルは、ルネを鋭い視線で射貫き、尊大な態度で言い放った。
ルネは表情こそ崩さなかったものの、その顔色は白に近い青だった。
あのとき、シベンナの王の言葉を本気にしなかった彼は「たかが猫一匹」と侮ったことを後悔しているのかもしれない。何か言いかけたが、ジルはそれを許さなかった。
「私の宝をセレーナ王女へ捧げると、君の名にかけて誓ったことも知っているよ。今、我が国の将軍イーサン・ブランジェと第二騎士団がスピレル王宮のオズワルドのもとにいる」
将軍イーサンの実力は言わずもがな、デルヴァンクール率いる第二騎士団は攻撃力に秀でた軍の精鋭だ。彼らを派遣したということは、スピレル国とその後ろ盾の帝国を滅ぼすに足る戦力を投入したということであり、国王であるオズワルドの喉元に刃を突きつけているに等しい。
それは、いかなる釈明も受け入れず、一切の駆け引きをするつもりがないことを意味していた。
ルネは諦めたように黙って目を閉じた。




