■ 31
「秘薬を必要としているのはセレーナ王女なのか?」
聖道女が落ち着くのを見計らって、ジルが核心を突いた。
最初にマーガレットが秘薬を集めていると聞いたとき、リンリンが気になったのは、その理由だった。
入手困難な秘薬を手に入れようとする人の目的は主に二つだ。
一つは「お金」のため。実際、買い占めにより価値が上がった。
もう一つは人を助けるため。いわば「愛」である。
「金」か「愛」か? なんとなく「愛」だとリンリンは思った。
過去にマーガレットは夫であるオズワルドを救ったし、「王家はお金に困らない」という固定概念もあった。だが、ぶっちゃけ野生の勘だ。
その勘は、聖道女とマーガレットの関係が明らかになって確信へと変わった。
皆に尊敬されている聖道女が私情を挟んでまで秘薬を都合したからには、王家に助けたい人がいるのだ。
それは誰なのか。
(迷ったら行動を見てみる、か)
侍女のイザベラがマハマーティ像に祈るのも、黒猫を攫うのも主人たるセレーナへの愛。
兄のルネ王太子が強引に縁談を取りつけようとしたのも妹への愛。
彼らの愛のベクトルは、セレーナに向かっていた。
それに、セレーナのドレスの中で見たあの細い足――。
「……はい。詳細は存じません。魔女の万能薬では癒えないこと以外は」
「秘薬を大量に必要とするのは延命のためなのか?」
ジルはもう一歩踏み込む。
聖道女は、力なくコクリと頷く。
あの秘薬が最期の苦痛を和らげ、延命に使えることを発見したのは、この老女である。当然、王家もその使い方を知っていることだろう。
「直接何かを聞いたわけではありません。ただ、徐々に服用の間隔が短くなっているようで、このところ秘薬を求める頻度が増しているのです。私はセレーナ様の病が癒えぬ理由を知りたくて、癒しの魔女を探しましたが叶いませんでした」
「わかった。この件は私が預かる。聖道女殿は、これ以上かかわらぬように」
ジルの声にもう怒りはなかった。
聖道女も竜王に対する信頼からなのか、安堵の表情を見せた。
「だが、あなたも聖道女としてあの秘薬にかかわったのなら、一度くらいは癒しの魔女の献身に目を向けてほしい。我々の慈悲の女神は甘くはない。貴重な薬を作り続ける限り、つねに誰かに狙われる危険をはらんでいて、平穏な暮らしなど到底望めないのだから」
聖道女は驚いた顔で、目前の竜王を見澄ました。
「もしや竜王様は、癒しの魔女をご存じなのですか?」
「ああ。私の知る癒しの魔女は、泥にまみれても美しい花を咲かせる白い蓮花のような人だよ。学校で学ぶ機会を奪われ、友と語らうこともできず、人らしい暮らしを捨て、兄弟に存在を忘れられてもなお、誰も憎まず、腐らず、清廉な心で癒しの薬を作り続けている。それがどれだけ孤独なことか聖道女殿ならわかるだろう」
ジルは、ポンポンと優しくなでて懐にいる癒しの魔女を慮った。
(えっ、ジル……知ってるの……?)
リンリンは、物心つくまで人ではなく、黒猫として暮らしてきた。
母のローザは、夫に裏切られた経験から家族にも警戒を怠らず、可能な限り世間との接触を避けて魔女の継承たる黒髪の娘を隠匿した。そうやって守ってきたのだ。
そのためローザ薬局を受け継いだルカ以外の兄たちからは、リンリンは妹ではなく、いつも家にいる猫だと認識されている。
学校に通ったこともない。必要なことは母に習い、当然、友人も作れず、誰かと遊んだ記憶もない。親友ミーナとは数か月前に街で偶然声をかけられ知り合ったのだ。
成長し、いざ黒猫獣人として生活をスタートしてみれば、あまりの世間知らずっぷりに今度は兄のルカが頭を抱えた。そんなことがあってか、ルカは妹が獣化することにあまりいい顔をしない。
リンリンの生い立ちは普通ではないのだ。
聖道女は苦悶の表情を浮かべ、長いこと目を閉じて押し黙っていた。
「竜王様のおっしゃるとおりです。私は長年、秘薬を授けてくださる魔女の善意に甘えすぎていたようです。あのとき、保護するどころかオズワルド様を救っていただいたお礼さえ言いませんでした……恥ずかしいことです」
聖道女は自責の念をにじませると、最後に「あとはよろしくお願いいたします」と深く頭を下げて場を辞した。
スッと背を伸ばし振り返らずに去ってゆく姿は、曲がりなりにもスピレルの元貴族であったことが偲ばれた。
二人きりになると、やっとジルはリンリンを懐から出した。
「リンリンの言うとおりだったね」
「でしょ!?」
リンリンは得意気に鼻を膨らませている。
――正妃マーガレットが、娘のセレーナの延命ために魔女の万能薬を買い集め、聖道女も協力している。
そう推測し、花火の夜にジルへ伝えた。
翌日、ジルはその漠然とした推論の裏を取るべくいろいろ調べてくれたのだ。
彼らの真の望みは、セレーナの命だ。
(まったく! 王侯貴族って、どうしてハッキリ言葉にしないのかしら)
「スピレル王家は、ジルが母を保護しているのを知っているんだから、最初から問い合わせればいいだけなのにっ!」
リンリンはプリプリと語気を荒げた。
「万能薬が効かないんだ。ローザに解決できる確証がないからだろう。それに王族の健康状態は国家機密の一部だし、ローザに限らず私が誰を保護しているかはシベンナの国家機密に当たるから、彼らも表向きは知らないことになっている」
どうりでローザを探しているのに、ジルへの打診が皆無だったわけである。
「もうっ、いろいろ面倒くさ~い!」
「ははは、そうだね。でも、もう終わらせる。あとはルネ王太子から直接事情を聞こう。今なら話すだろう」
予定にない聖道女との面会で、リンリンの主張は概ね肯定された。だが、セレーナがなぜこんなことになっているのか。聖道女も詳しい事情を知らず、こればかりは本人に話を聞いてみるしかない。
ただ一つ言えるのは――。
「そうね。でも、万能薬が効かない、効かないって言うけど、効くわけないじゃないの」
(そうよ、まるで秘薬が不良品みたいじゃないの。万能薬は万能なんだからねっ!)
リンリンは完全にお冠である。
「ん? それだけ重い病なんじゃないのか?」
「万能薬は『すべての病』に効く薬なんですぅ~。例外なんてないんですぅ~」
ついにリンリンが本格的に拗ねてしまい、ジルはあたふたする。
「ごめんっ……ごめんなさい。ってことは、王女は病気ではないんだな?」
「そう。王女が侵されているのは病気じゃなくて毒よ。大量の万能薬で毒の巡りを遅らせ、苦痛を和らげることはできても解毒まではできなかったってこと」
「ちょっと待った、毒?」
「スピレル王家に門外不出の毒があるって言ってたじゃない。毒耐性のある竜人にも効くっていう猛毒が」
そう、魔女が作った必殺の毒。
――「竜殺しの毒」だ。




