【閑話】補佐官レベッカは大変! 3
私は緋色のドレスに身を包み、髪を丁寧に結い上げられ、今、バラの髪飾りを挿してもらっているところだ。
ここまで仕上げるのにメイド二人がかりで四時間かかった。
レオナルドにサイズ直しと言われたけれど、試着してみればまるで誂えたようにピッタリだった。
なんでこんなに時間がかかったのかというと、風呂に入れられ全身をピカピカに磨かれたから。
お陰で髪はツヤツヤ、お肌つるつる。連日激務で疲れた顔は、マッサージとエステで見事に蘇った。爪にネイルを施し、化粧をされる。
女の仕度は手間と時間とお金がかかる。
違和感なく肌にピタリと張りつくドレスの布が上質であることは言うまでもなく、一見、緋一色のそれには細かい同色のバラが刺繡され、この一着にどれほどの手間暇がかけられているのかが窺える。
あのさ、一晩の、いや一曲のために普通、そこまでする? あ、いや、彼は普通じゃないんだった。
女と見れば褒める、口説くは当たり前。そういうお国柄だ。
いちいち気にしていてもしょうがないのだ。
「おおっ、キレイだ。夜半の月のような銀の髪、アメジストの瞳、緋のドレス……まるでバラの妖精のようだ」
仕度が整った頃、どこからともなく現れたレオナルドが目を細める。こやつは学生の頃からこんな感じで、気障なセリフを臆面もなく囁く。
「そりゃ、どうも」
「はは、ご機嫌斜めだなぁ。ほら、そろそろ行こう、私のバラ姫」
彼はニカッと笑い、私の不愛想な態度も意に介さず、恭しく手を差し出す。
私は気恥ずかしくなりながらも、その手を取り会場へ向かう。
ファーストダンスが始まると、周囲から賞嘆のため息が零れた。
レオナルドと踊るのは卒業パーティー以来だけれど、竜人の私は運動神経がいい。ぶっつけ本番でも全然オッケー。無様に相手の足を踏んだりなんかしないし、急なターンだって難なく合わせられる。
しかし、周りがザワつくのはダンスがうまいからだけではなく、私の正体が不明だから。
「レオナルド国王の新しい妃かしら」
そういう声がチラホラ聞こえてくる。
いいえ違いますよ、ただの現地調達です。
「なんで私だったわけ? あなただったらパートナーくらい、いくらでもいたでしょう」
さっきから黙ってじっとこちらを見つめているレオナルドに疑問をぶつけると、「久しぶりにレベッカと踊りたくなったんだよ」とサラッと返された。
「あ、そ」
「そういえば、そろそろ妃の枠が一つ空くけど、お前、来る? なんなら正妃でもいいぞ」
心臓がドクンと波打つ。
彼の顔を見るも、本気とも冗談ともつかない表情でニカッと笑っている。
バレン王国の側妃はつねに入れ替わる。手柄を立てた部下に下賜されることもあれば、自分から去る者もいる。安定して後宮に留まるのは正妃と子を産んだ妃くらいで、それも子が成人すれば自由に生きることが許されている。
まあ、寿命も長いしね。人生は楽しんだほうがいい、と獅子族の気質はおおらかだ。
「は? 正妃って、あなたは妃を平等に扱うのが信条じゃなかったの?」
「いや~、お前は竜人だし? 竜人は一目置かれるから、妃同士のゴタゴタの心配はないと思って」
強者に従うのは獣人の性だ。それは獅子族も変わらない。獅子族よりも強いとなると竜人くらいだから、そりゃ、ゴタゴタはないかもしれないけど……。
「いや~よ。竜人は唯一を求める生き物だって、前にも言ったじゃないの」
「そうだよなぁ」
「それにあっちがゴタゴタしなくても、こっちが嫉妬で暴れたらどうすんのよ」
「なんだそりゃ」
レオナルドはクスッと笑うが、私はつい漏らしてしまった本音に思わず仏頂面になる。
竜人は強い。そして、その愛は重い。
陛下を見ればわかると思うけど、「番」の習性を持つ種族は独占欲が強いのだ。
彼が「スピレル国を滅ぼしてしまうかもしれない」と危惧したように、竜人は「番」のこととなると理性が飛びやすく、気性が荒くなるきらいがある。
それは、女の私だって同じだ。
ヘタすると国……はないだろうけど後宮壊滅なんて事態になりかねない。
愛する人の愛する人たちを傷つけてしまうかもしれない。
嫉妬なんかのために――。
醜さを晒さないのは、私のプライド。
幸せを見守ることが、彼に捧げられる唯一の愛だ。
もうすぐ曲が終わる。私たちは最後の時間を惜しむように、黙ってダンスに専念する。
ダンスのあと、レオナルドにつき合って会場を一巡りしてから着替えのため控室へ戻った。
ドレスを脱いで元の動きやすい服装になる。髪だけは、いつもの一本結びではなく、結い上げたままの状態だ。
花火の準備に向かう途中でどこかの令嬢に抱っこされているリンリンさんを見かけたけど、第二騎士団長デルヴァンクールがあとを追っているので大丈夫だろう。
よし、準備完了! あと後は花火が打ち上がるのを待つだけ。この祝賀行事最後のビッグショーだ。
これが終われば、明日から楽できるぞぉ~!
ひとまず安堵して広間へ向かう廊下を歩いていると、レオナルドが立っていた。私の仕事着にチラリと目をやる。
「すっかり元に戻っちまったな」
「ダンスに誘ってくれてありがとう。久しぶりに踊れて楽しかったわ」
「ああ、こちらも楽しかった」
「このあとは花火なの。盛大に打ち上がるからとってもキレイよ」
「シベンナの花火の美しさは有名だからな。ぜひ見させてもらうよ」
レオナルドは懐から髪飾りを取り出す。一歩近づき、バラの飾りを外してすっかり無防備になっていた私の髪へスーッと挿した。
銀髪をなでるように整え、「やはり、君はキレイだ」とボソッと呟く。
「今夜の礼だ。明日、国へ帰る。仕事もいいが、身体には気をつけろよ」
そう言って去っていくレオナルドの背中に、私は「ありがとう」と小さい声で返す。
竜人って身体が頑丈なのが取り柄なんだけど、それでも心配してくれるところが彼らしいというか。
ああ、やっぱり……この人なのだ。
私はレオナルドの後ろ姿が見えなくなるまで、その場から見送った。
パーンッ パーンッ………。
花火が大輪の花を咲かせ始めると会場がどよめいた。
皆が油断しているこのときこそ、警備は一層気を引きしめなければならないし、王宮の職員たちは会場の片づけ準備と明日の段取りに余念がない。
今宵のショーがクライマックスを迎える頃、私は明日からの貴賓たちの帰国に向けた最終スケジュールの確認のため、書類とにらめっこしていた。
ふう~。
一息つこうとコーヒーの入ったカップを片手に窓辺に寄ると、大小色とりどりの花火が高速で連発しているところだった。
「キレイ……」
ふと窓に映った自分の髪に挿さる髪飾りが目に留まり、手に取る。
銀細工の櫛は、スタールビーの周りにダイヤモンドやアメジスト、ピンクサファイヤなど小粒の宝石が品よく散りばめられ、とても繊細で美しいものだった。まるでこの花火のように――。
(本当にキレイ……)
レオナルドもあの会場のどこかで、この光彩を眺めているのだろうか。
感傷にひたっていると、自分の名を呼ぶ補佐官カミーユの声がして現実に引き戻される。
「レベッカさん、大変です! スピレル国の王太子と王女が滞在延長の申請を行いました」
「なんですって!」
明日、帰国すると思ったのに。
あーあ、また陛下の機嫌が悪くなるのか。
まあ、滞在延長してシベンナ国内を観光するゲストは結構いるけどね。
よりにもよって、こんなギリギリに申請しなくてもいいじゃないか。
政には事務作業ってものもあるんですからね? 現場の職員に愚痴られるのはいつもこっち。
とりあえず明日、陛下に判断を仰がなければ。
ほーんと補佐官って大変なんだから!




