【閑話】補佐官レベッカは大変! 2
翌日、昨夜の激しい雷雨が噓のように晴れ渡り、執務室に現れた陛下の顔も穏やかである。
対して、目を見張ったのは私たち側近のほうだ。
(陛下、その腕に抱かれているニャンコはなんですか?)
皆、そう思っているに違いないが誰も訊かない。
「昨夜、王宮で迷子になっていてね、私が面倒を見ることにしたんだ」
陛下がその黒猫を「リリ」と呼び、愛おしそうに身体をなで、自ら食事を与え、自分の膝に置いて執務を行う姿を見て、私を含めた側近たちはすぐにピンときた。
この愛猫が陛下の「番」のリンリンさんであり、彼女は先祖返りの獣人だったのだ、と。
そりゃ、探したって見つかるわけないよね。猫だもん。
なんてことはない、手練れはリンリンさん本人だったってわけだ。
しかし、猫といえども、王の居住区の警備は世界最高レベルなんですよ。
なのに目撃証言すらないなんて、彼女、何者?
資料を取り寄せてもたったの一枚。驚くほど情報が少ない。
異父兄がこの王宮とも取引のある薬局の店主というのが唯一まともで、本人の出身校も勤務先も職歴も何もない。
我が国には一応、義務教育ってものがあるんですけど、まさか受けてない?
それに無職ってなんだ? どうやって暮らしているの?
陛下にそれとなく訊いてみると、どうやら事情を知っているようだ。
ならば余計な口出しはすまい。
側近といえども国王の知る情報すべてを共有しているわけではないのだから。
私たちは互いに目くばせをして、何も言わず彼らを見守ることにする。
今は祝賀行事を滞りなくこなすことが最優先だ。
とにかく陛下が公務に出てきてくれさえすれば、それでよい。
触らぬリンリンさんに祟りなし、だ。
……と思っていたのに、やってくれたよ、あの王太子。
ああ、隣国スピレルのルネ王太子のことね。
あのシスコン、前からうちの陛下とセレーナ王女をくっつけたがっていたけど、今回はしつこい。
王女が二十歳を迎え、結婚適齢期ギリギリであとがなくなったのか? という意見が大勢を占める中、実は政略ではなく純粋な恋心だったとあとから知ったときは皆ズッコケた。
陛下に「番」が見つかって、「竜人の妻は生涯に一人だけ。『番』は唯一無二の存在です。申し訳ないけれど、貴国の王女を娶ることは万に一つもありません」とはっきり言ってやってようやく諦めた。
だけど今度は、陛下の愛猫が欲しい、って。なんなのそれ、初恋の記念にでもするつもりかしら?
そのせいで陛下の機嫌は悪くなるし、天気も悪くなるし、もう最悪なんですけど。
唯一の救いは、陛下とリンリンさんが、なんだかんだ言っても仲がいいってことよね。
アーサーは「手っ取り早くスピレルに侵攻するのもいいんじゃないか」と言う。
将軍イーサンも乗り気だけど、後始末を考えるとできれば避けたい。
だって、戦後処理やその後の復興って面倒くさいじゃない。誰がするの? 私は嫌よ。
ちなみに竜族って武力と科学技術だけじゃなく、魔術も相当なものなんですよ。
竜人の祖は、竜と女神マハマーティの子どもが人と結婚したところから始まっているのだ。いわば霊獣と神の血統ってわけ。
これが竜族が「獣人」ではなく「竜人」と呼ばれ、他種族とは一線を画す所以である。
王宮でおなじみの魔術契約なんて、子どもでも使えるからね。
でも結界などの上位魔術となると、私たち若手の「ひよっこ」は使えない決まりになっている。
それでも、他国の魔術師なんかより百倍は強い。
アーサーたちが「手っ取り早く」と言うのも頷けるでしょう?
ただ、さすがの竜族でも治癒魔術は使えない。
それを使えるのは、愛と癒しの女神マハマーティと契約した魔女だけ。
女神はその力の使い手を自ら選ぶ。
子孫である我々竜族に与えられた女神の慈悲は、生涯に一度だけ逆鱗を触媒にして「番」の寿命を延ばすことができる秘術のみだ。
しかも逆鱗って我々の弱点なんです。それを代償にしてやっと、二人で同じ時間を生きることが許されるのだ。
愛の女神は、なんとも手厳しいことよ。
ともあれ今夜は舞踏会だ。これさえ乗り越えれば一連の行事は終わり、仕事もぐっと楽になる。
私は朝から忙しい……はずだったんだけど、なぜかカミーユ・ルロワと彼と同じ馬族で副補佐官のエタンが率先して業務を代わってくれたのでかなり余裕ができた。
陛下の愛がこれでもかと詰まったブラックダイヤモンドの首輪を国王居住区まで届けた帰り、突然、ライオンの獣人レオナルドに声をかけられた。
彼は隣国バレンの王で、同じ学校に通った旧知の仲でもある。もっとも、その頃はまだ王太子だったけれど。
レオナルドと会うのは数年ぶりだ。しばらく見ない間に、以前よりもずっと精悍な顔つきになった。
「おう、元気か、レベッカ。相変わらずキレイだな」
「あなたも元気そうね。今夜は……奥様方は?」
獅子族の国バレンは一夫多妻制である。多くの女性を養い幸せにすることが男らしさの象徴であり、ステータスなのだ。彼も十人の妃を持っている。確か子どもは八人いたはずだ。
「国に置いてきた。大所帯になるし、全員と踊るわけにいかないからな」
なるほど。妃は皆平等に扱うという彼らしい主張である。誰か一人を特別扱いせず、よって正妃を置いていない。
卒業式の日、「お前だったら、正妃にしてやってもいいぞ」と言われたけれど、そのとき、既に三人の妃の輿入れが決まっていた。
あのときは、どの口が言うのだ、と怒りに身を震わせたものだ。
竜人は、唯一を求める生き物なのだ。その他大勢では決して満足できない。
そのままを彼に伝えると「そうか」と一言残し、さっさと結婚し、さっさと子を儲けた。
そして、何もなかったかのように、いつもこうして雑談を交わす。私たちの仲はあの頃と少しも変わらない。
だけど――――この人なのだ。
この先、きっとこの男と結ばれることはないのだろう。
すべての竜人が運命の人と結ばれるとは限らないのだ。
「そんなわけだから頼むよ」
レオナルドがニカッと笑う。
「頼むって、何がよ?」
「聞いてないのか? 舞踏会のパートナーだよ。誰もいないからレベッカを貸してくれって言ったら、快諾してくれたぞ」
「はあぁ? 誰が?」
「誰って……アルベールだよ。その代わりファーストダンスを踊れってさ」
聞いてないんですけど。別にパートナーがいなくても舞踊会には参加できるでしょうよ。
それにダンスなんて、そんな暇もない……ってまさか、カミーユとエタンが積極的に仕事を手伝っているのは、こういうわけ?
「急に言われたって、ドレスなんか持ってないわよ」
「安心しろ。用意してきた」
私はレオナルドにガシッと腕をつかまれ、サイズ直しがあるからと引きずられるようにズルズルと連行されたのだった。




