【閑話】補佐官レベッカは大変! 1
「離せっ、レベッカ! 今行かなければ見失ってしまう!」
優勝パレード中、走る車上からいきなり飛び出そうとしたこの男の腕を、すんでのところで捕まえた自分を「よくやった!」と褒めてあげたい。
「陛下、落ち着いてくださいっ! どうしたんですか?」
「『番』だっ。私の『番』を見つけた。離せ、とにかく時間がない!」
「番」と聞いて一瞬ひるんだ私の手を振り切り、猛スピードで走り去っていったのは、このパレードの主役にしてこの国の王である。
その名は、ジル・ヴァレンティン・アルベール・デ・ヴァリ・デュ・ドラゴ。
名前が長いって?
ざっくり説明すると「竜の谷からやってき来たアルベールさんちのジル君」という意味だ。
竜の谷とは、我ら竜族の故郷のことで、まあ、谷というより都市と言ったほうが正しい。
竜族の叡智がぎっしり詰まったその地は、同じ国内にありながら他国より文明的なこのシベンナ王国よりも、はるかに発展している。が、長老たちの強力な結界に阻まれ、竜族以外、その正体を知る者は誰もいない。
「若いときの苦労は買ってもせよ」という長老たちの教育方針のもと、若手は竜の谷をおっぽり出され、他国を巡り勉強したり、労働したり。
あ、シベンナ王国を治めるのも私たち若手の役目ね。
「デ・ヴァリ・デュ・ドラゴ」とは、王位経験者に与えられる名というか称号みたいなものなの。
もし、どこかでこの名に出会ったら、かつてこの国の王だった竜人という認識でオッケー。
陛下は竜族でもめずらしい黒竜の竜人で、魔力量が生まれつき多かったため、神殿で長老たちから洗礼名が与えられ、それが、セカンドネームのヴァレンティン。
「強靭な肉体を持つ者」という意味だが、その名のとおり、彼は十年前に圧倒的な強さで王位を得て、先日の武闘大会で二期目の続投を決めた。六十歳の若さで。
え? 若くないって?
竜人は寿命が長いんですよ。おおよそ三百年。長寿といわれる狼族や獅子族でさえ百五十年だから、その差は歴然だ。
そんなこんなで、ただのジル・アルベールだった青年は、こんなに立派な名前になったってわけ。
私はレベッカ・エメ。白竜の竜人、七十三歳。陛下の補佐官をしている側近の一人だ。
側近といえば聞こえはいいけど、陛下の雑用係みたいなものである。
ほーんと大変なんだから。
たとえば、主役のいなくなったこのパレード。
こんなときに限って、近衛隊長のアーサーはいないし、国王がパレードを途中ですっぽかしたのを目撃した観衆たちは騒いでいる。
きっと、私たちの会話を聞きとがめた耳のいい獣人がいたんでしょうね。ウサギ族かしら?
「陛下が『番』って叫んでた」なんて声がさざ波のように広がり、もはや誤魔化しようもない。おそらく、数日中には王都中の噂になっていることだろう。
「ホント、どうするの………?」
その後、なんだかんだとその場を収め、後処理を近衛副隊長に任せて戻ってみれば、王宮がザワついている。
どうやら陛下が「番」と一緒に戻ってきたらしい。
ああ、この調子だと諸外国の貴賓の方々にもバレてるってことね。
近くの職員を捕まえて宰相のユーゴ・バイエの居所を尋ねると国王の執務室だという。では、ほかの側近はいないかと探すが誰もいない。
陛下の護衛アーサーはともかく、将軍イーサンも参謀マクシム・カルネも、もう一人の補佐官カミーユ・ルロワも誰も自分の持ち場にいないってどういうこと?
祝賀行事中に、仕事を放り出して何をやっているんだ! と憤る気持ちを抑えつつ、ひとまず王の居住区へ向かう。
「番」が見つかった竜人はすぐに蜜月を迎えるから、二人っきりで過ごすための部屋が必要なのだけど、きっとヤツらはなんの手配もしていない。そういうところに気が利く男たちではないのだ。
案の定、メイドのアンナ、リタ、ケイトからは、「『番』様のお部屋? いいえ、指示は受けておりません」と言われてしまった。
私は陛下の寝室の続き間に迎え入れの用意をお願いし、執務室へ急ぐ。
はぁ~。
今晩は国王主催の晩餐会なので、その準備もしなきゃならないのに。
途中、王宮の専属医師とすれ違ったので、晩餐会に向けて各薬の用意が万全かどうか再度確認する。胃腸薬のみならず、万が一の毒薬混入に備え、あらゆる解毒薬を取り揃えているのだ。
何せ各国要人が一堂に会するのである。用心に越したことはない。
なんだかドッと疲れが押し寄せてきた。
無意識に執務室をノックする音も乱暴になる。返事を待たずに扉を開ければ、むさ苦しい男どもが、か弱い女の子を取り囲んでいるではないか。ここで私の怒りが爆発した。
「ちょっとぉ! この忙しいときに、揃いも揃って油売ってるんじゃないのっ。パレードの後始末を全部こっちに押しつけて、何をやってるの!」
側近たちを追い出すと竜人が放つ威圧が霧散した。
改めて、か弱い女の子に見入る。黒髪黒耳、大きくて明るいグリーンの瞳。少女のあどけなさを残しつつも、ぽてっとした唇が妙に艶っぽくて、同性の私でもドキッとする。
(うわ~、めちゃくちゃ可愛いっ!)
これが陛下に抱きつかれた女の子、リンリンさんの第一印象だ。
こりゃ、男はほっとかないわ。
正直、猫族と知ったときは、既に結婚しているんじゃないかと思ったくらい。
猫族は早熟で恋多き種族だというのが一般認識なので、十五歳ならもう子どもがいたっておかしくはない。
しかし、リンリンさんは陛下に抱き上げられると硬直し、手にキスを落とされて赤面する初心なお嬢さんだった。
これは奇跡だ。そしてホッと胸をなで下ろす。
やっと見つけた「番」が、既婚者子持ちだったら厄介なことになっていたに違いない。
ところが彼女、結婚したくないと言い出していたらしい。
こう言っちゃなんだけど、竜人の「番」って年頃の女性たちの憧れなのよ。竜人は強くてカッコイイし、「番」をめちゃくちゃ溺愛する。浮気なんて絶対しないもの。
その中でも特に陛下は眉目秀麗で、女性に絶大な人気があるんです。
いったい何が気に入らないのか、さすが自由奔放な猫族。一筋縄ではいかない。
苦労したけれど、なんとかリンリンさんを王宮に留め、渋る陛下を公務に戻すことに成功した。
これで一安心。
もう時間がないんですよ。晩餐会の前に、着替えもしなきゃいけないんですからね?
でも、陛下は今までで一番幸せそうな顔をしていて、少し羨ましいと思う。
男と違い、女には「番」を求める激しい情動がない。
ただ、やはり「番」の習性を持つ種族だからなのか、自分の運命の相手は出会えばわかる。
――この人なのだ、と。
晩餐会も順調で、ドタバタな一日だったが無事に終われそうだと油断していたら甘かった。
「ど、ど、どうしましょう。陛下の『番』がどこにもいらっしゃいません!」
国王居住区専用メイドのリタの報告に戦慄が走った。一瞬、頭が混乱する。
嘘でしょ? なんで? あのエリアの警備は一番厳重なはず。いないってどういうこと?
リタと一緒にいた護衛騎士によると、誰も部屋を出ておらず、バルコニーにリンリンさんが履いていたと思われる靴が落ちていて……って、何よそれ! 事件臭がプンプンするんですけど。
陛下に報告しようにも晩餐会の真っ最中だ。もう終盤だから、あと三十……いえ、二十分だけ座っていてくれさえすればなん何とか格好がつくのだけれど、無理かもしれない。
あのパレードの悪夢、再びか!? と思うと、耳打ちするのに躊躇してしまう。
竜人は「番」のことになると、途端に融通が利かなくなるのだ。
結局、将軍イーサンと近衛隊長アーサーが捜索に当たることで、陛下は晩餐会終了まで席に着くことになった。
けれど、平然とした顔の裏で、心はそうはいかなかったらしく外は雨と雷で荒れ狂っている。
貴賓たちは、この雷鳴が陛下の所業だとは夢にも思わないだろう。
予想外だったのは、イーサンとアーサーの腕を持ってしても、リンリンさんの行方がわからなかったことだ。
見つかったのは、彼女が着ていた若草色のワンピースのみ。しかも、宮殿の外で。
まさか誘拐? であれば、リンリンさんを攫ったのはどれだけの手練れなのか。
ガラガラ ガッシャーン!
雷雨は、陛下がリンリンさんを見つけるまで降り続いた。
そのせいで私とカミーユは、予定していた花火の代わりの余興を手配すべく奔走することになったのだった。
ほーんと、補佐官て大変なんだから!




