■ 27
リンリンとジルが向かった国王居住区の最上階の一室には、オードブルとフルーツサンドが用意されていた。サムとメイドたちが気を利かせてくれたのだ。
リンリンは、舞踏会の間、何も食べていなかったのでお腹が空いていた。
二人で生ハムとトマトのブルスケッタを齧りながら、花火が打ち上がるのを待つ。
「それにしても釘を刺した傍からアレとはね」
ジルは、救いようがない、というように顔をしかめた。
「ん?」
「ブロンデル家はスピレルの正妃の実家だ」
「あ……じゃあ、フローラ嬢は正妃の姪?」
「そういうこと。急遽、デルヴァンクールを向かわせたんだが間に合ってよかった」
会場の安全に万全を期すために、私服の騎士たちを多数紛れ込ませているという。デルヴァンクールは非番でもなんでもなかったのだ。
「助けてくれてありがとう。巫女姫様もジルが?」
「いや、彼女は想定外だ。何かあった?」
「ううん、巫女姫様って神秘的ね」
「ああ、あそこの皇家は最も歴史が古いし、独自の文化で世界的に存在感が際立っている。中でもキリコ姫はまだ十四歳なのにしっかりしているよ」
(まだ十四歳だったのか!)
猫族の成人は十五歳だが、人間は十八歳、国によっては二十歳だ。リンリンは、そんな少女がジルや他国の令嬢と渡り合っていたのかと恐れ入る。
――誰にだって闇と光が存在していて、一つに染まりきれない、それが人なのだと思います。
(こんな達観したセリフ、普通は言えないわ! 巫女姫様ってすごいわ……)
リンリンは尊敬の念をもって、まだあどけない丸顔の少女の言葉を反芻した。
「ニャン」
ジルは「番」の口にエビのフリッターを入れ、自分用に白身魚のフライにタルタルソースをのっけている。
それからリンリンは、ニンジンのラぺ、キノコのアヒージョを次々に平らげ、デザートのフルーツサンドに取りかかった。
「リンリン、ついてる」
ジルが甲斐甲斐しく、リンリンの口についた生クリームをナプキンで拭う。
お腹が満たされて落ち着いた頃、リンリンは切り出した。
巫女姫ほど達観していないが、リンリンにはリンリンの魔女としての矜持があるのだ。
「ねえ、ジル。もうこんな茶番は終わりにしたい」
「ん? どういうこと?」
ジルは優しく、だが真剣に向き合う。
「彼らの本当の望みは、黒猫でもジルとの結婚でもないと思うの。なのに、そんなものに手間暇かけて腹の探り合いをするなんて不毛よ。きちんと会って、本音を聞くべきなんだわ」
「真正面からぶつかっても、彼らが素直に本音を明かすとは思えないけどね」
ジルの言いたいことはリンリンにもわかる。とにかく彼らは、はっきりと言葉にしないし、弱みを気取られないように紳士、淑女の仮面を被っている。腹芸と忖度の世界の住人なのだ。
「でもそうしないと、母はいつまでも施設に入ったままだし、ルカ兄さんはこれ幸いとずっと旅行から帰ってこないわ。何より、このままだと秘薬が作れないのよ。作ったとしてもスピレルに買い占められるだけ。それは困るの」
「やっぱり、手っ取り早く滅ぼしてこようか?」
にっこり笑うジルをリンリンは睨めつける。
「血生臭いのはダメ。これでも人の命を救うために頑張ってきたんですからねっ?」
「はは、そうだね。で、リンリンはどうしたい?」
ポンポンと頭をなでる手を逃れ、リンリンはジルの肩に登ると耳元に口を寄せ、ゴニョゴニョと囁く。
それを聞いたジルの眉間にしわが寄る。
「それは――本当に?」
「だって、それしか考えられないわ」
「ウ……ム、とりあえず彼らの本音を引き出せるようにするか……。ヤツら、矜持のためなら死を選ぶとか言い出しかねないけどね」
彼らは、面子とプライドを何よりも重んじる生き物でもある。
(でも、死ぬなんて許さないんだからっ)
リンリンが意気込んでいると、パーンと花火の音が聞こえてきた。
「ジル、見て。花火よっ!」
ピクリと身体が跳ね、ソワソワしながら窓の外を見る。夜空に赤い大輪の花が広がっていた。
リンリンは、ジルの肩に乗ったままバルコニーへと移動する。
パーン パーン ドドーン パンッ………。
ドーン ドドーン ドンッ パパッーン…………。
ヒューン バパンッ ヒューン ドンッ ドンッ………。
(わぁ、キレイ……)
次々と打ち上がる百花繚乱の花火にリンリンは目を輝かせた。
視界を遮るものは何もない。しかも、ど真ん中だ。
バチッ……バチバチバチバチバチッ バチバチバチバチバチッ…………。
しばらくして急に花火が打ち上がらなくなったかと思えば、今度は大広間に隣接する大庭園に、滝を模した流れる仕か掛け花火が出現する。幅何十メートルもある荘厳な白銀の滝だ。
もっとよく見ようと、つい身を乗り出して肩から滑りそうになったのをジルが受け止める。
「リンリンのことは、私が守るよ」
幾度となく繰り返されたその言葉は、彼が自分の唯一に捧げる最上の愛の誓いだと、リンリンはもう気づいている。
だから、しっかりと抱き留められたジルの腕に安心して身を任せた。
「なら……」
――ならば、ジルのことは、私が守るわ。
そう言おうとして発した声は、花火の音に掻き消された。
ヒューン バンッ…… ヒューン ヒューン バンッ…… ヒューン……。
大玉のしだれ花火が連続して打ち上がる。夜空一面に黄金一色の花々が乱れ咲くさまは、圧巻の一言に尽きる。
舞踏会の大広間から、観客たちのどよめきが聞こえてきた。
感激して思わずジルを見ると、ジルもリンリンを見つめている。
彼は優しく微笑む。
ペリドットの瞳が揺れた。
どちらからともなく顔が近づき、唇に触れるだけのキスを交わす。
ヒューン ヒューン バンッ……。
続いて、大小色とりどりの速射連発が始まり、歓声は一層高くなった。
シベンナ王国の豪華絢爛な夜は、まだ終わりそうにない。




