■ 25
今宵、ホスト国の王であるジルは、ホワイトタイを着用し、国王が身に着ける勲章を首から下げて、二期目の王位を表す副章をつけている。
「王子様みたい!」
(やっぱり美形の正礼装はカッコイイわ!)
物語の王子様然としたジルの姿に、リンリンはときめいている。
「王子じゃなくて、国王だけどね」とは言うものの、ジルはまんざらでもない様子だ。
「では、行こうか、リリ」
ジルは背筋をしゃんと伸ばし、リンリンを肩に乗せてゆっくりと会場へ向かう。
居住区から一歩外に出れば、リンリンは黒猫リリになる。
うっかり声を漏らさぬよう、グッと口を結んだ。
注目のファーストダンスは、なんと補佐官レベッカだ。緋色のドレスにバラの髪飾りをつけている。
相手は獅子族の国、バレンの国王レオナルドである。
燃えるような情熱のオーラ漂うたくましい体躯、赤い髪、凛々しいヘーゼルの瞳は、目前の銀髪美女に熱い視線を注いでいる。こんなふうに見つめられたら、落ちない女性はいないだろう。
(さすがハーレムの国!)
レオナルドには複数の側妃がいる。王族は十人の妻を持てるが、彼は正妃を置かずにすべての枠を側妃で埋めている。
「妃を平等に扱いたいんだって」
そのため妃を伴わず祝賀行事に参加し、彼の希望で急遽レベッカがパートナーを務めることになったのだとジルは言う。
二人はかつて、同じ学び舎で友情を育み、生徒会運営にも携わった気安い仲だそうだ。
そのせいだろうか? ふと彼らを見ると、時折何か話をしてはレオナルドが笑い、レベッカは仏頂面だ。
二人のダンスが終わると、皆もそれぞれのパートナーとダンスを始め、やっと舞踏会らしい光景となった。
さて、リンリンは料理を取りに行きたいけれど、そういうわけにもいかない。動物がビュッフェコーナーに出入りするのはお行儀が悪いし、衛生的にもよろしくないのだ。
東国の「どら焼き」なるスイーツに心奪われるが、じっと我慢だ。
ジルは、壇上から動かない。要人たちが代わるがわる挨拶に訪れているのだ。
だからリンリンも、彼の肩の上で大人しくしている。
獅子族と狼族は、強さと寿命共に対をなす存在だ。チートの竜族を除いた獣人の最強を挙げるとすれば、間違いなくこの二族だろう。
レオナルドが情熱の王なら、今、目の前にいるラウル国の王ガレンは氷である。
銀の髪、切れ長なグレーの瞳、引きしまった細身の身体に無駄な動きは一つもない。既に中年に差しかかっているこの王が纏う空気は、実にクールだ。
「――――に久しぶりに会って行かれてはいかがです? 彼も喜ぶ」
リンリンがふと我に返ると、二人は親しげに言葉を交わしている。
ガレンは僅かに首を横に振った。
「いや、元気でやっていればそれでよいのだ。甥も『番』に恵まれ、私なんぞに時間を取られるくらいなら、二人で過ごしたいだろう。なに、またいずれ会う機会はあろう」
「そうですか」
「アルベール殿。甥を……ヴィクターをよろしく頼む」
狼族は仲間同士の結束が固い。一見冷淡そうなこの王もまた、情に厚い男であった。
(っていうか、ヴィクターって……ロロさん!? まさかの王族?)
ガレンの後ろ姿を見送りながら首を捻っていると、ガレンの一番下の妹がロロの母親であるとジルに耳打ちされる。母親が竜人の「番」であったため、ロロ自身は「竜の谷育ち」なのだそうだ。
なんだか世間って狭い――と感じるリンリンであった。
そのあとも、立て続けに他国の貴族や要人の挨拶があった。明日から帰国の途に就く貴賓も多く、彼らは最後にシベンナ王国の王と言葉を交わしたいと考えているのだ。
その一人一人に丁寧に対応していく。これ一つとっても、国王はとてもハードな仕事だ。
挨拶の列が途切れてからややあって、いよいよ真打登場となった。
(茶番が始まるわ)
ルネの接触は予想していたこととはいえ、リンリンは少々げんなりしている。
しかし、これを超えねば先に進まない。
リンリンは、つんと澄ましてジルに寄り添った。
スピレル国ルネ王太子は型どおりの挨拶を済ませてから、黒猫に視線を移した。
ブラックダイヤの首輪がルネの目に留まる。一瞬、青目が揺らぐが顔には出さない。
そして、フッとほころぶように微笑むと「可愛らしい黒猫ですね」と切り出した。
「そうでしょう。片時も離れがたくて、こうして連れて歩いているのですよ」
ジルも応じる。これで牽制になったはずだ。
「陛下が猫を可愛がってばかりでは、『番』様も寂しがるのでは?」
「ご心配なく」
ジルは、にっこり笑ってリンリンを肩から腕に抱き直し愛おしそうに頭をなで、とんでもないことを口にした。
「この子が私の『番』ですから」
(ちょっと! 何言っちゃってんの!?)
リンリンは秘密を暴露されてギョッとなるが、かろうじてポーカーフェイスのまま踏みとどまった。猫の表情など誰も気にしていないのだが、それに気がつく余裕はない。
さすがのルネも、放心したかのように棒立ちになっている。だが、すぐに立ち直り、声を上げて笑う。
「ご冗談を。一瞬、本気にしてしまいましたよ」
「本当ですよ? それほどまでにこの子が可愛い。今夜は誰ともダンスをする気が起きず、ファーストダンスをバレンのレオナルド国王に譲ったくらいですから」
「陛下と踊りたがっているご令嬢も多いでしょうに。妹も楽しみにしていたのですが残念です」
「私のことは気にせず、楽しんでください。ルネ殿下からダンスに誘われれば、ご令嬢方も嬉しいでしょう」
終始笑顔で繰り広げられるこの会話に、リンリンはぞわぞわした。
(二人とも目が笑ってないわ……)
ルネはこの辺が引き際と見極めたのか「では一曲踊ってまいります」と打ち切ると、ダンスフロアへと去っていった。
そして、セレーナと踊り出す。彼女は薄水色のドレスをふわりと揺らし優雅にステップを踏む。彼らは徐々に遠ざかり、やがて同じフロアで踊る貴賓たちに紛れ見えなくなった。
「〇×▲◎※~!」
ルネがいなくなるなり、リンリンは声にならない抗議の声を上げた。
しかし、ジルは「大丈夫だよ、気づいてないから」と悪びれもしない。
「親切にはっきりと教えてやったんだ。私の愛猫は『番』と同等だとね」
それでも手を出すなら、それ相応の覚悟をしてもらわなければと不敵に笑う。
そんなジルを見て、こりゃ本気で血の雨が降るかもしれないとリンリンは思った。




