■ 24
一夜明け、リンリンはソワソワと落ち着かない。今夜は舞踏会なのだ。
迷子になった日に、ジルが降らせた雨のせいで中止になった花火も見られるという。
祝賀行事最後のショーイベントのある今日ばかりは、各国要人たちも肩の力が抜けて砕けた雰囲気だ。
まさに宮殿中が浮足立っている。
「ジル、ジル、花火が見たいの。ねえ、一緒に見てくれる?」
リンリンは滅多に見られない打ち上げ花火が楽しみだ。
そんな「番」の可愛いお願いに、ジルは嬉しそうに目を細めている。
「もちろんだよ。居住区の最上階によく見える場所がある。そこで見よう」
「ホントッ!? 約束よ」
リンリンはソファの上を飛び跳ね、はしゃいだ。
本当は舞踏会でダンスをしてみたいけれど、ドレスはないし、この姿だ。ダンスもうまく踊れない。
十年に一度開催されるシベンナ王国の舞踏会は、豪華絢爛であることで有名である。
この日だけのための贅沢な大広間には、シャンデリアが光り輝き、世界中から取り寄せためずらしい料理の数々は注目の的だ。一流楽団が奏でる調べは優美な時間を彩り、そこに集う貴賓たちのドレスが華を添える。
一度は出席してみたいと、このためだけにやってくる妙齢の貴族令嬢や子息も多い。なので婚約者のいない若者たちの格好の出会いの場となっている。
また、格式にこだわらず、気楽に参加できるとあって各国からは好評なのだ。
「失礼します。陛下、これを」
二人のもとに、レベッカが仕事の合間を縫って顔を出す。
補佐官である彼女をはじめとする王宮勤務の者たちは、今日は朝から忙しい。舞踏会に不手際があっては国の威信にかかわるため、一秒たりとも気が抜けないのだ。
補佐官から小さな箱を受け取ったジルは、中を確かめると満足げに微笑んだ。
「リンリン、おいで」
手招きしてリンリンを自分の膝に乗せると、ジルは箱から首輪を取り出す。
(これは……ブラックダイヤモンド!?)
リンリンは、首輪にくっついている黒い宝石の大きさに目を剝いた。
ブラックダイヤは希少だ。単体で首輪の装飾に使える大きさともなると値段がぐんと跳ね上がる。さらにその周りをぐるりと小さなダイヤモンドが囲んでいる。
落っことしたら大変だ、とリンリンはハラハラしているのに、ジルの手つきは無造作だ。
ちなみにブラックダイヤは、何色にも染まらない漆黒の色と簡単には傷つかない硬さを誇ることから不屈の精神の象徴とされている。石言葉は「不滅の愛」。
「特殊な金属で加工した先祖返り用のアクセサリーだよ。獣化のときは首輪に、人の姿に戻るとペンダントになる」
ジルは、リンリンに首輪を装着すると「うん、可愛い」と悦に入っている。
「あら、ステキ。最初、黒って聞いたときは、どれだけ独占欲が強いんだと思ったけど……ふ、不滅の愛って……クククッ……」
レベッカは素直に褒める。が、茶化すのも忘れない。
彼女の言う独占欲とは、愛しい女性に男性が自分の髪または瞳の色のドレスやアクセサリーを贈る貴族社会のアレである。
(ま、一種のマーキングみたいなものかしら?)
隣国スピレルにもその風習があり、たとえばパートナーと同じ瞳の色のドレスを身に纏いダンスを踊れば、二人の仲睦まじさを世間にアピールできる。
しかもジルはこの首輪を、リンリンと出会った翌日にはもう発注していたというから驚きだ。
いや、もう驚かない。きっと「『番』とはそういうもの」なのだ。
だからこそ今日、この日に間に合ったとも言える。どれだけ急がせたとしても、オーダーメイドは時間がかかるのだから。
「いいじゃないか。黒は私とリンリンの色だ」
ジルは拗ねてプイとそっぽを向いてしまった。
昨夜、一番穏便な解決法として出した答えが「言い出す前に諦めてもらう」という月並みなものであった。
国王と同じ髪の色の、しかも超高価な宝石の首輪をつけていれば、彼が愛猫に注ぐ愛情がどれほどのものかが窺い知れる。
これを目にすれば、おいそれと「そのニャンコ譲ってください」とは言えないはずだ。
これで引き下がってくれれば、それでよし。
とりあえず、いきなり血生臭いことをするのはやめて、忠告なり牽制なりをして段階を踏もう、ということになった。
「ま、あの王太子だったら平然と言うかもしれないけど」
「だったら断るまでだ。むしろ無反応だったときのほうが厄介だな」
「ヤツら、平然と連れ去っていきそうですものね。特にあの侍女とか」
ジルとレベッカが物騒な会話をしている間、リンリンは鏡の前でブラックダイヤの首輪を眺めていた。
(黒い毛に黒の石って、センスとしてはどうなの?)
首輪自体は美しいが、それを黒猫がつけると身体と色が同化してしまい、ぶっちゃけ目立たない。小さなダイヤの縁取りのお陰で、近くに寄ってやっと「おおっ、これは!」と気がつく程度である。
まあ、パジャマの裾を三つ折りにしているジルの美的感覚に期待するほうが無駄なのかもしれないが……。
とはいえ、リンリンはこの首輪を思いのほか気に入っている。
(まあ、逆に黒に黒っていうのも、ありかもしれないわね)
人知れず夜に紛れたり、宮殿の屋根に登ったりと一般市民にしては隠密行動が多いリンリンにとって好都合である。
黒猫姿では目立たない宝石も獣化を解けば、滑らかな肌、ぷっくりとした唇、黒髪黒耳と相まって蠱惑的に映るに違いない。
「いいんだよ、これで。リンリンは可愛いから、これ以上目立つとほかの男が放っておかないだろう?」
ジルは、いつまでも鏡を覗いている愛猫に気づいてひょいと抱き寄せる。
リンリンが猫姿であっても、ほかの男の存在が気になるらしい。
ここまでくると親バカならぬ、「番」バカだ。
それを聞いたレベッカは、もうやってられないとばかりに「はいはい、ごちそうさまで~す」と言って去っていった。
入れ違いでやってきたのは、諜報部員のサシャである。
ルカからの手紙を届けにきたのだ。
妹へ
しばらく留守にします。
新婚旅行だ。
そちらが落ち着いた頃に戻るよ。
兄より
誰かに読まれることを警戒するような簡潔な内容であった。
リンリンは「新婚」の二文字にぶったまげた。
いつもお小言ばかりのあの兄が、である。
恋多き猫族にはめずらしく、今まで浮いた話の一つもなかったのに結婚だなんて寝耳に水である。
「あ、相手は誰!?」
うっかり声に出してしまった疑問に、「黒豹の獣人、クレアさんです」と優秀な諜報部員は即答した。
(いつの間に!)
リンリンは、いつもご飯を恵んでくれたクレア姉さんが相手だと知り、二度びっくりだ。
「『あとは任せた。よろしく』とのことです。では」
サシャは無表情でメッセージを伝えると任務に戻っていった。
「さすがローザの息子だ。逃げ足が速いね」
「逃げ足って……」
「何か面倒なことが起こりそうな予感がしているんだろう。少なくとも今は秘薬の取引ができないし、長期旅行にはいいんじゃないか。新婚旅行なら、下手に探りを入れられることもない」
「でも『あとは任せた』って、これは絶対、面倒ごとをこちらに押しつけてるよね?」
「ああ。もっと信頼してって言っちゃったからね」
「…………」
やっぱり兄はしっかり……いや、ちゃっかりしている。
一方、ジルはといえば、どうってことない顔で「大丈夫だよ。リンリンは私が守るからね」と鼻歌交じりに愛猫の背中にブラシを当てていた。
(そりゃ、ジルは、その気になれば隣国を半日で征服できるんだものね)
余裕綽々のはずだ。
ホントに血の雨が降っちゃったらどうしよう……と少しばかり心配になりながらも、リンリンは、これだけは伝えておこうと思い立ち、ジルの肩に飛び乗った。
「素敵な首輪をどうもありがとう。……その……ジ、ジルだと思って、大切にするわ」
耳元で囁く。
次の瞬間、ジルはかぁ~っと顔を赤らめ動かなくなった。




