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【電子書籍化】黒猫魔女リンリンの結婚 ~白猫に憧れる黒猫魔女は竜王さまに愛されてます (再掲)  作者: ぷよ猫


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■ 23

 ジルが執務室へ入るなり、彼を見た側近たちはギョッとする。

 それはそうだろう、とリンリンは思う。

 髪を振り乱しズボンに赤いシミをつけた国王と、顔面を赤い液体で汚したニャンコが不快感を露わに登場したのだから、明らかに異常である。


「血?」


 一瞬、側近たちがどよめいたが、ソースの匂いですぐさま誤解が解ける。彼らは鼻が利く。

 アンナに渡されたのだろう、おしぼりを手に後ろを追いかけてきた補佐官レベッカに口を拭いてもらい、リンリンはやっと落ち着いた。


「で、皆さんは、なんで集まっているんですか?」


 デザートを食べ損ね、すっかり拗ねてしまったリンリンは質問する。

 レベッカによると、ジルのことを心配してのようだが、わけがわからない。


「急にこの天気ですからね。きっと陛下に何かあったのだと。それでレベッカに様子を見にいってもらったのですよ」


 宰相のユーゴ・バイエが答える。


「天気?」


「陛下が理性で押さえられないほどの精神的ショックを受けると、嵐になるのです。聞いたことありませんか? 竜人には天気を操る者が存在すると」


「それがジルなんですか?」


「はい。黒竜の竜人に稀に産まれてきます。特異体質みたいなものですね。もともと黒竜は数が少ない。黒は魔力の象徴ですから、おそらく陛下は黒竜の竜人の中でも魔力が強いのでしょう」


「なるほど……」


 魔女にとって、黒は魔力の象徴だ。きっと、魔術を扱う竜族にも同じことが言えるのだろう。

 補佐官レベッカも頷き、揶揄うようにニヤリと口の端を上げた。


「前回こうなったのはリンリンさんが、行方不め……いえ、迷子になったときだったかしらね」


(ハッ! そういえば、あの日も急に雨が降ってきたんだったわ)


 あの落雷はジルの動揺の表れだったということなのか。

 そう考えると、リンリンはなんだか面映ゆい。

 ジルを見ると、図星を指されたように薄っすら頬が赤らんでいる。


「そういうわけなのですが、陛下、いったい何があったんです?」


 ユーゴ・バイエは、レベッカと対照的な、ニコリともしない真面目な顔でジルを見た。


 実は、かくかくしかじかである――とリンリンは側近たちと一緒に、ジルの口からもう一度、あの長い話を聞くことになってしまった。

 事情を聞いた側近たちの反応はさまざまである。

 宰相ユーゴ・バイエは「あいつらはバカか」とバッサリ切り捨てた。

 参謀マクシム・カルネは「恐ろしいことが起こりそうですねぇ」と穏やかではない予想をし、補佐官カミーユ・ルロワも「嫌な予感しかしません」と賛同する。

 将軍イーサン・ブランジェは「たまには暴れるのもいいもんです」とやる気満々。

 それに追随するのは近衛隊長アーサー・クレマンだ。

「久しぶりに腕が鳴るぜ」とボキボキ指を鳴らすアーサーを横目に、面倒くさいのはご免だと盛大なため息を吐いたのは、補佐官レベッカ・エメである。


「な~んか、しつこいと思ったのよね。あの王太子、こちらにメリットがないって断っても食い下がってくるし、挙句の果てには、以前、あんなに渡すのを渋っていた『必殺の毒』のサンプルをくれるって言い出す始末よ。それがまさか妹の恋愛結婚のためとはねぇ」 


 レベッカは呆れ顔である。

 カミーユも頷く。


「その毒薬だって、国の薬学研究所が研究材料に欲しがっていただけで、どうしてもってわけじゃないですし」


 カミーユによると、スピレル国には百五十年以上前に王家の依頼で魔女が作ったとされる「必殺の毒」という毒薬があるらしい。

 その名のとおり、どんな人でも必ず死に至らしめる魔女の秘薬だ。

 毒耐久を持つ竜族にすら効果があることから、別名「竜殺しの毒」とも呼ばれる猛毒である。解毒薬は存在せず、その危険性から王家管理の門外不出となっている。


(竜殺しの毒……聞いたことがあるわ)


 今出回っている毒薬には、ほぼすべてに解毒薬が存在する。

 シベンナ王国の薬学研究機関の功績も大きいが、金銭目的で毒薬を作る場合、解毒薬とセットで売ることがほとんどだからである。矛と盾、両方揃って価値があると考える者は多い。

「竜殺しの毒」がどのような経緯で作られたのかは定かではないが、その魔女は解毒薬を作る前に当代王に殺されたと言い伝えられている。

 そのような曰くつきの劇薬を取引材料にしてまで、妹の縁談を成立させたかったのだと、リンリンはルネのシスコンぶりに脱帽した。


「それで縁談がダメなら猫だけでも、ってか。えらい惚れられようだな」


 アーサーも感心している。


「幼少の頃から交流があったって侍女が言ってたわ」


 リンリンは、その頃に何かあったのではないかと含みを持たせると、ジルは慌て出す。


「幼少と言ったって、私が王になった十年前からだし、私的な交流なんて何もないよ! 夜会だってスピレル国の王家主催が数回あった程度だし、ダンスの相手も毎回していたわけじゃない」


「十年前って王女が九歳か十歳くらいの頃よね」


「そうだな。初めて会ったのは私の即位の祝賀行事に、オズワルド国王に連れられてやってきたときだ。最終日の舞踏会で王に頼まれてダンスの相手をした」


「それ絶対に、舞踏会のファーストダンスでしょ」


「そうだった……かな?」


(それだ!)


 スピレル国の王家主催の夜会のファーストダンスは、国王と正妃が踊るのが通例だ。

 この国の常識を知らなかったであろう幼い姫は、正妃と自分の姿を重ね合わせ、若く麗しい竜人の王にときめいていたのだろう。

 自由な恋愛が許されない王女にとって、それは宝石のように美しい想い出だったに違いない。

 リンリンはようやく合点がいった。


「そんなことより、リンリンがスピレルへ行くことになんてなったら私は――」


 ジルが切なげに腕の中の愛猫を見ると、側近たちも心配そうな顔になる。


「大丈夫よ。たとえ攫われたって、こっそり抜け出して戻ってくるわ。心配しないで」


 ロロにも身のこなしが軽いと太鼓判を押してもらったし、リンリンは、城から抜け出して帰ってくることぐらい簡単にできそうな気がしていた。

 しかし、リンリンの発言に「違います」と、ユーゴ・バイエは静かに首を振った。

「え?」と声を発する間もなく、ジルが声高に吐露する。


「リンリンがいなくなったら、私は……私は、スピレルを滅ぼしてしまいそうだっ…………!」


(ええっ~、そっちの心配なのっ!?)


 国王の過激発言を聞いても、側近たちは驚きもしないどころか「でしょうね……」と納得している。

 リンリンは、この人たちはどこかおかしいと思い始めていた。

 猫一匹、いや獣人一人のために国を滅ぼすだなんて、その発想はあり得ないだろう、と。


「ははは、そりゃ、リンリンさんが自力で帰ってくるより、お迎えに行ったほうが早いですからね」


 陽気な口調なのは、将軍イーサン・ブランジェだ。

 彼の顔は笑っているが、その目はいつも冷静沈着だ。ジルがいなければこの国の王だったはずの男もまた、王者の風格を持っていた。

 リンリンは、ジルの次に怒らせてはいけない相手は彼だと思っている。

「それも、いいんじゃね? 手っ取り早いし」とアーサー。

 国王ジルと将軍のイーサン、近衛隊長アーサーは、武闘大会の強者トップスリーであり、スピレル国くらいであれば、半日で制覇できるのだという。


「しかしスピレル国は帝国と同盟を結んでいますよ」


 さりげなく指摘するのは参謀マクシム・カルネである。


「あー、じゃあ近衛隊からあと三、四人連れてくか。広大な帝国も、これなら一日もあれば余裕だろ」


 アーサーは「これで決まりだな」と言わんばかりに腕を組んでいる。

 これに異を唱えたのはレベッカだ。


「ちょっと、やめてよ! 血の雨が降るわ。暴れたあと、いったい誰が後始末するのよ? 私は嫌よ。もっと平和的に解決しましょ」


(さすが竜族、最強だわ……)


 リンリンは気力が失せてしまい、黙って成り行きを見守ることにした。

 どうせこの人たちは、ジルが暴走して面倒くさいことになるのが嫌なだけなのだ。

 ジルを含め、側近たちはそれからしばらく「血の雨」を防ぐための対策を話し合っていた。

 当事者なのに蚊帳の外に置かれてしまった黒猫は、そのうちジルの膝の上で、うつらうつらと船を漕ぎ始めたのだった。


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