■ 15
こうしてリンリンの外堀は埋められてしまったわけだが、どうにもスッキリしない。
とにかく話が、ちんぷんかんぷんなのだ。
「ルカ兄さん、お母さんはどこへ行ったの? どうして出て行ったの? 三年前に何があったの? ジル様も知っているんですよね?」
リンリンは興奮して矢継ぎ早に質問を浴びせた。
母は自由気ままに旅に出たのではなかったのか。
「まあ、落ち着きなさい」と口火を切ったのはルカである。
「金に目が眩むのは夫だけじゃないということだよ。どこぞの貴族や政治利用したい王族、他国の闇組織みたいなのもいたな。攫って秘薬とその富を独占しようとしたり、魔女に子を産ませようと画策したり。だからリンリンにも再三、気をつけるように注意してきたのにお前ときたら…………」
(えっー、そんなに危険だったの!?)
しかし、そんな目に遭ってまで、癒しの秘薬を作り続けていた母も人が好い。
大抵の魔女は薬作りを辞めてしまうか、人の悪意に失望して力を失っても不思議ではないだろう。
「さらに先祖返りだなんて知られたら、攫われて工作員にされるか、研究材料にされるか……ああ、一部に愛好家なんて輩もいるから、そいつらに奴隷として売られるかもしれないな」
ルカはこれでもかと妹を脅した。
研究材料だなんて、血を抜かれたり手足を切り刻まれたりするのだろうか。
リンリンは、変態ジジイのもとに売られる自分の姿を想像して怖くなった。自然と身体がぶるりと震える。
「大丈夫だよ、リンリンのことは私が守るから。ルカもそんなに脅かさないように」
ジルは身を縮めるリンリンを宥めるように、必死に背中をなでている。
しかし、ルカは「妹はいつも危機感が足りないので、これくらいがちょうどいいのです」としれっと言い切った。
「でも、ローザは逃げ足だけは早かったらしいよ」とジル。
謎の危機察知能力を発揮し、いつもすんでのところで遁走していたという。
「で、母さんだが、今は『429』の適用を受けて、専用施設で保護されている」
国民法第429条、『国家防衛に基づく国民義務』である。
――なんと、あの母が429とは!
保護施設は、施設というよりは一つの町らしい。どこにあるかは国家機密で、万が一、場所が漏れても、竜族の施す認識阻害の魔術と封印で町に入ることはおろか、たどり着くことすら困難だそうだ。
噂のすっごい肉料理を食べたのか、いつか会えたら尋ねてみたい。だが、ひとまずリンリンは、母親が無事だと知り安堵した。
「三年前――」
「ここから先は私が話したほうがいいだろう。発端はスピレル国の王位継承争いだ」
ルカの言葉を引き取り、ジルは静かに語り始めた。
隣国スピレルは、国王のオズワルドを頂点とした厳格な身分制度がある人間の国である。
オズワルドには二人の妃がいた。正妃は前王の妹を母に持つ侯爵家の娘マーガレット、側妃は建国より続く由緒正しい公爵家の娘パトリシアである。
王宮内の両者の力は拮抗していた。
スピレル国の王子は二人。正妃の息子ルネ第一王子と側妃の息子レナード第二王子だ。
そのため、王位継承争いの勃発は自然な流れだったと言えるだろう。
今から三年前、ルネ王子二十歳、レナード王子十二歳のとき、国王が病に倒れたことをきっかけに、その争いは激しさを増した。
まずルネ王子が、帝国の皇女との婚約を発表した。
国内勢力が二分しているのであれば、スピレル国より強大な帝国の後ろ盾を得ようと考えたのだ。
一方、これが面白くない側妃派は、正妃派の要の一つであるゴドウィン公爵家の取り込みに奔走する。
レナード王子とまだ三歳にも満たない公爵令嬢との縁談を持ちかけたのである。
泥沼の様相に危機感を抱いた正妃マーガレットは、オズワルドの病を治そうと決意する。
国中の名医を集めても治癒が見込めず、誰もが諦めている状況であったが、マーガレットは以前、外交の際にたまたま出席した茶会で耳にした「魔女の万能薬」の存在を思い出したのだ。
当時は荒唐無稽な噂と聞き流したものの、これに一縷の望みを託すことにした。
これで病が治れば事態は一旦落ち着き、王を救った功績で継承争いから一歩抜きんでることが可能だ。何よりマーガレットは、夫のオズワルドを愛していた。
かくして、彼女は必死に伝手をたどり、その秘薬を取り寄せることに成功する。
国王の病は治り、思惑どおりその功績は讃えられたが、側妃派はこれに不服だった。
そして怒りの矛先は「魔女の万能薬」の作り手であるローザに向かう。
秘薬は高値で取引される。彼らはローザを金の卵を産む鶏として生け捕り、薬を独占しようと企んだ。ローザを傷つけるより、その富で正妃派の貴族の買収をしたほうが有益だと考えたのである。
しかし、ローザが捕まることはなかった。あと一歩のところでシベンナ王国の庇護下に入ったからだ。
大国の、しかも世界最強と言われる竜族を敵に回すことは、王族とはいえ一介の側妃にはできなかったのである。竜人の前では、人間など非力な存在にすぎない。
焦った側妃派は、今度はルネ王子との輿入れのためにやってきた帝国皇女の暗殺を謀った。
正妃の娘であるセレーナ王女主催の茶会の席で毒を盛ろうとしたのだ。だが、ギリギリで回避され、これも未遂に終わる。
皇女を害することは帝国側に侵攻の口実を与え、自国を危機に陥れる行為だ。
しかし、余裕のない側妃はそのとき、婚姻を阻止し、ルネの後ろ盾をなくすことしか考えられなかった。
さらに、セレーナに罪を着せるつもりだったことが、オズワルドの逆鱗に触れた。王は娘をたいそう可愛がっていた。
こうして側妃派は失脚した。
ただ、茶会が私的のごく小規模なものであり、箝口令が敷かれたため事件は公になっていない。
国内外の混乱を避けるよう秘密裏に、ゆっくりと、確実に側妃派の粛清は行われた。
主犯のパトリシアは毒杯を賜り、表向きは病死として処理された。
レナードは母の死で精神に異常をきたしたとされ、王位継承権剥奪のうえ、療養という名の生涯幽閉となった。
側妃の実家は国費横領の罪で取り潰しとなり、残った側妃派の貴族たちもほかの罪で投獄されるか、代替わりを余儀なくされた。
「――で、国内が落ち着いて正式にルネ王子が王太子になったのが一年程前。帝国皇女である王太子妃との仲は良好、間もなく子どもも産まれる……と、私が知っているのはこんなところだね」
ジルは話し終えると「湯沸かしポットくん」で茶を沸かした。ルカにもティーカップを差し出し、「何か質問ある?」と尋ねると渇いた喉を潤す。
「とどのつまり母は、隣国の王位継承争いに巻き込まれたってことですか?」
「……そういうことだね」
リンリンに長い講釈をバッサリ一言で片づけられて、ジルは少し寂しそうだ。
「後継争いが終わったのなら、母はもうすぐ帰ってきますよね?」
「そのことですが陛下」
ジルが返事をするより前に、ルカが口を挟んだ。
懐から見慣れた薬瓶を二本取り出して、ソファ前のローテーブルの上に置く。
「秘薬がスピレル国に買い占められています」




