■ 14
リンリンの話を聞き終えたルカとジルはプルプルと震えている。
片や怒りに震え、もう片方は笑いを堪えていた。
「うちの愚妹がご迷惑をおかけし、申し訳ございませんでした」
ルカは深々と頭を下げた。
リンリンもジルの膝の上でしゅんとなる。
ジルは「見かけによらずお転婆だよね」とおかしそうに肩を震わせている。
「いいよ、そんなに謝らなくても。リンリンは王宮で迷子になったけど、すぐに私に保護され、今はつつがなく暮らしている……ただそれだけのことだよ。ただ、私の愛猫がリンリンだとはまだ話していない。でもたぶん、アンナや側近たちは薄々気づいてると思うよ」
「え?」
「だって、つねに一緒だし? 手ずから食事を与えるのは、『番』への愛情表現の一つだ。それが突如現れた黒猫とくれば、ね。リンリンが黒猫の獣人なのは側近たちに知られている。彼らはそんなに鈍くないよ」
言われてみれば、一日のほとんどをジルと過ごしている。
そこでリンリンは思い出した。参謀マクシム・カルネは確かこうも言っていた。「番」を見つけた竜人は『自分の匂いを染み込ませるまでは、離れることを嫌う』と。
「夜も一緒に寝てるから、少しぐらいは匂いが移ってきたかも」とジルがリンリンの背中に顔を埋めてスンスンと匂いを嗅ぐと、それを見たルカの表情が引きつった。
(ちょっ……! 変態!)
リンリンは思わず身をよじる。しかし、慣れとは恐ろしいもので以前ほどのショックはない。
「陛下、至らない妹ではありますが、どうぞよろしくお願いします」
ルカは保護者らしい態度で改めて頭を下げた。
「ちょっとルカ兄さん、なんでそうなるのよ!」
「え、だって一緒に寝てるんだろう? それに、そろそろ結婚したいって言っていたじゃないか」
「そ、その、寝てるって、そういう意味じゃないわよっ」
「わかってるよ。だけど、竜人の男の匂いをプンプンさせた女をほかの男が娶るわけがない。それに変な男に嫁がれるより、ずっと安心だ。兄さんの気苦労が減るんだよ」
「変な男?」
リンリンは、出会った日に「番」の名前を連呼するジルの姿を思い浮かべた。
(それならジル様も十分、変な男だと思うけど?)
「リンリンは母さんの離婚理由を知らないのか? 一緒に暮らしていると、どうしたって魔女だとバレることになる。秘薬で得られる大金に目が眩んだ夫に、有り金を全部奪われそうになったり、ヤバイ筋に身を売られそうになったりしたんだよ」
「何それ、知らないわ!」
「お金というのは恐ろしいもので、真面目だと信じていたヤツでも簡単に変わることがある。まだ浪費するくらいなら可愛いもんだ。その点、陛下にその心配はないぞ。金に目が眩む必要がないほど金持ちだし、死んでも『番』を裏切らない」
「そのとおりだ。竜人は命がけで『番』を守る」とジルも自ら力強く同意する。
「では、そういうわけで。結婚式はいつ頃がよろし――」
「ちょっと待ってよ! それじゃあ、私の夢はどうなるのっ?」
まるで決定事項のように話が進み、リンリンは慌てて割って入った。
「夢?」
ジルとルカが顔を見合わせる。わけがわからないという顔だ。
「し、白い赤ちゃんが産めなくなっちゃう!!」
リンリンは叫んでから、余計なことを言ってしまったと後悔した。
ルカは口に手を当てる。考えごとをするときの癖だ。
「そういえば、この前、妙なことを言ってたな。『白い獣人』がどうとか」
「リンリン?」
二人にジトッと睨まれ、仕方なくリンリンは夢を語った。
白い猫に獣化できる子どもが欲しいこと。
それが無理でも、白耳と白いしっぽの子どもがいいこと。
そのためには、白耳と白いしっぽの獣人と結婚するつもりだったこと。
家事に自信がないので、家事育児を手伝ってくれる人が理想であること。
「ジル様のことは好きだけど、黒竜だから……」
「産まれるけど?」とジルが遮った。
「へ?」
「白猫獣人の赤ちゃん、産まれてくるけど?」
呆然としながら目をパチパチさせるリンリンをなでながら、ジルはたった今「番」に「好き」と言われて頬が緩んでいる。
「そんなことで悩んでたの? 毛が黒でもどちらかが白の遺伝因子を持っていれば白い子どもは産まれるよ。竜人はすべての色の因子を持ってる。しかも、竜人とのハーフは、獣化できる子が多い。竜族は血が濃いからね」
「あのな……親の毛色がそのまま子に受け継がれるとは限らないんだよ。私たちにだって、親の毛色とはまったく関係ない茶トラ耳に茶髪の兄がいるんだぞ」
妹のおつむの弱さを哀れむようなルカの視線が突き刺さる。
(う、うそぉ~!)
母親か父親のどちらかの毛色が、そのまま受け継がれると信じていたリンリンは、今までの理想の夫像はいったいなんだったのかと愕然となった。
茶トラ耳の兄がいると言われたって、彼はリンリンが物心ついたときは既に家を出てしまい記憶にないのだ。
「それに竜人の子は、産まれたては白なんだ。成長と共にその子本来の色に変化していく。ロロは狼族の母親と緑竜の竜人との子どもだけど、小さい頃は白かった。ほかのどんな獣人と結婚するよりも、夢が叶う可能性は高いと思うよ?」
「そう、なの?」
「ついでに言うと、『番』の世話は男の役目だ。私は王になる前は庶民として他国で暮らしてきたから、家事は一通りのことができるし、料理はサム並みにうまい」
だから私にしておきなさい、とジルはご機嫌な顔で愛しの「番」をぎゅっと抱きしめた。




