09.ライオストーンの部屋
「よく使う魔法書なんかも置いてあるから、父が生きてた頃はここを使ってたの。仕事や勉強のためだけじゃなく、問題の魔法書を探す手掛かりを見付けるためでもあったんだろうけど」
サンシュコートより前の代の家長も、ここを使っていたようだ。
過去、どれだけの人間がここへ出入りしたのだろう。身内だけでなく、魔法書を求める大勢の者達が来ているはずだ。
複数になると、中には突拍子もないことをする者もいたりする。
本当なら手掛かりになるはずの物を、知らないうちに踏み付けたりしなかっただろうか。
どさくさに紛れて、こっそり何かを持って帰った人間だっているかも知れない。
……疑い出せばキリがないが。
「それじゃ、まず日記を見せてもらえるかい」
部屋の検分は後にして、まずは日記だ。
ヴィズに言われ、リルレイアは奥の机まで行くと、一番上の引き出しから一冊のノートを取り出した。
「これよ」
深く暗い緑色の革表紙で、厚さはだいたい一センツちょっと、といったところか。
見た限り、何と言うことのない、でも普通よりお高めだろうな、と思われるノートだ。
「古いし、たくさんの人が読んでるから、ずいぶん汚れちゃってるけど」
確かに、リルレイアがヴィズに渡したノートは、革表紙の所々がすり切れているし、全体的に汚れている。
しかし、ぱらぱらとページをめくってみたが、折られたり破られたりはしていないようなので、多くの人間が回し読みした割には保存状態がいいと言えそうだ。
「おじいさんやお父さんは、四月の最後の日記を気にしてたみたい。他の人もそうだったって、お父さんの覚え書きにあったわ」
父の遺品を整理した時に、魔法書探しについてのメモが数枚見付かったらしいのだが、大したことは書かれていなかったようだ。
サンシュコートが書いていたのは、父、つまりリルレイアの祖父レンドルカートや過去の魔法使い達が「手掛かりではないか」と探し出したものばかり。彼自身が新たに見付けたものはなかったらしく、何も書かれてはいなかった。
つまり、探し尽くされた、ということか。
「四月の日記、ね。ライオストーンの命日は、五月だったかな。亡くなる直前に書かれたのなら、魔法書のありかについて書かれている可能性は高いね」
ヴィズは、ライオストーンが亡くなる前に書いたページを探す。
ノートは八割方埋まっており、みんながよく開いたのであろうページはくせがついていて、自然に開いた。
「ここか。四月二十日が最後になっているね」
この頃には体力もかなり落ちていただろうに、黒いインクで書かれた文字は思いのほかしっかりしている。
「ヴィズ、読んでみてよ」
ジンに言われ、ヴィズは文字を追った。
四月二十日
周りの者達が、私の魔法書を求めている。
直接的な言葉を使わずとも、目で催促しているのがいやでもわかる。相手の思惑や感情が読めてしまうというのは、時としてつらいものだ。
何がそんなに彼らを駆り立てるのか。たかだか一人の老いぼれが書いたというだけの、まだ完成もしていない魔法の覚え書きではないか。これを「魔法書」と呼ぶのもおこがましい。特別な価値など、まだ何もない。私の文字に特別な力などないし、書いている魔法も特別になりえるかどうか定かではない。
できるものなら、墓場へ持って行きたいくらいだ。未完の物を見られるのは、心の内側まで透かし見られているような気分で落ち着かない。だが、実際にそうしたところで、分別のない者が墓をあばくだろう。
その後、研究段階の魔法を完成させてくれるならいいが、それだけの力がない者が手に入れても周りが不幸になりかねない。魔法で人が不幸になるのは私の望むところではないが、ここでどんなに叫んだところで、私が死んだ後では人々の耳には届かないだろう。
私の命はもう長くない。全てを完成させ、世に送り出すには時間がない。
ならば、いっそのこと封印しようと思う。私が使う、恐らく最後の魔法だ。
ある場所を見付け、封印を最後まで解ける者になら、その熱意と力を見込んで頁を開くことを認めよう。
見えぬものを見る者なら。
その日の日記は、そこまでだ。これがライオストーンの最後の直筆、ということになるのだろう。
「素直に読むなら、ラストの行がヒント、と考えるべきかな。あからさまな引っ掛けって気もするけど」
言いながら、ジンが苦笑する。
「今まで探した奴らも同じことを思ってるぜ、きっと。他にそれらしい文章、なかったしなぁ」
「ぼくも二人と同じことを思ったんだけれど、それに加えて『封印を最後まで解ける者』も気になるね。単純に考えて、何重にも魔法をかけているってことだと思うけれど、かなり力のいる作業だろ。病気で弱っていたライオストーンに、そこまでできたのかな。年齢と、この時の体力を考えれば、少し……かなり無理があると思うんだけれど」
大魔法使いであっても、人間だ。まして病身であれば、魔力も激減していただろう。
彼の当時の体力がどうであれ、何重にも魔法をかけることは命を縮めるようなものだ。
もしくは、日記に書かれているように「自分の命は長くない」と考えていたのなら、今更数日短くなったところで、と考えたのかも知れない。
何が書かれているのかはともかく、命をかけてまで隠さなければならなかったのだろうか。
これまでにも聞いた「途中までだから」という理由もわからなくはないが「絶対に見せたくない」と思う程のものなのだろうか。
中身が何であれ、そうまでされては、当時ライオストーンの周囲にいた人々は、余計手に入れたくなったに違いない。これでは、むしろ逆効果だ。
それに、いくつも魔法を重ねてかけたのであれば、魔法の反応が大きくなる。何度も魔法をかけていれば、残る気配が強くなるのは当然のこと。
たとえうまく気配を隠したとしても、特定の人の魔法がかけられた物や場所を探し出す魔法は、ライオストーン自身が過去に編み出している。
その魔法を使って魔法書がある場所さえ特定できれば、あとはどれだけ時間がかかっても、封印を解いていけばいいだけ。たくさん魔法をかけた意味がなくなってしまう。
しかし、そう簡単に手に入らないようにしたのは、さすがは大魔法使い、といったところか。
「ねぇ、この『見えぬもの』って何なのかしら」
この日記を読んで、やはりリルレイアもずっとそこで引っ掛かっていた。
「そのまんまだろ」
「まんまって?」
「そこにあるけど、見えないもの。昼の星とか、空気とか。存在はしているけど、目に見えないだろ。引っ掛けかどうかは置いておくとして、俺達に見えてない、つまり当たり前すぎて、あっても気付かない物ってことじゃないか?」
「そ、そっか……」
リルレイアは、それを聞いて素直に感心する。
自分はずっと考えていてもわからなかったのに、彼らはたった一度読んだだけなのにいとも簡単に答える。
こうなると「悔しい」というような感情は、かけらも浮かばない。
「その解釈が正解だったとしても、それ以上が見えないんだよね、この文章では。場所を暗示してるものが一切ないから、どこを見ればいいのやらって」
ジンがヴィズから日記を受け取って、他の日付のページをめくってみたが、これと言って特に気になるような文章が書かれたところはない。
ヴィズはリルレイアに言って、サンシュコートのメモを見せてもらった。
以前、魔法書を探していた魔法使い達が「何をどこまで調べたのか」を知りたいからだ。
渡された数枚の紙には、丁寧な文字がきれいに並んでいる。それを読むと、過去の魔法使い達は「この部屋で魔法がかけられているものがないか」を調べたようだ。
この状況なら、そこは基本中の基本だろう。
しかし、ここはライオストーンの部屋。ほとんどが彼の魔法がかかった、もしくはかけられたことのある物ばかりだ。絞りようがない。
魔法書、魔法道具、日記、走り書きなどのメモやノート、地図、天球儀、水晶玉……などなど。
部屋に置かれた物は調べ尽くされたが、何も出なかった。





