10.窓ガラス
考えてみれば、自室というわかりやすい場所に隠すはずはない。
そう考えた魔法使い達は、次に捜索範囲を建物全体に広げ、同じ方法で探ってみた。
とは言え、狭くない屋敷で部屋数も多く、しかもどの部屋も物が多い。ここで探し物をするのは、相当困難だったようだ。
それでも糸口になるようなものはまるでなく、範囲は敷地全体へとさらに広げられた。
当時の庭は今より手入れされていたが、春という季節柄、緑も多い。何かを隠すには好都合な場所だ。探す側にとっては、最悪の場所とも言える。
自家製の薬草に自分で作り出した栄養剤をかけて発育をうながしていたので、庭にもライオストーンの魔法が使われた痕跡はあちこちにあった。
魔法使い泣かせもいいところだ。
書きかけであっても「魔法書」と言うからには、本の形体をしているだろう。もしくは手帳。それを袋や箱などに入れ、封印された可能性もある。
それを隠すとすれば、土や水の中か。
わざわざ庭にある池の水を抜いてまで調べられたが、それらしい本も箱や袋も出て来ない。
屋敷内だけでなく、今度は協会内でライオストーンが使っていた部屋などにも捜査の手が伸びた。
しかしながら、ライオストーンの痕跡は協会のいたる所にある。
この辺りから、そろそろ脱落する者が増え始めた。
ライオストーンは仕事で世界を飛び回ってもいたし、そのどこかではないか、という話も出たが、記録書に残る彼が赴いた国や地域は数知れず。
まさに、砂漠の中から針を探すようなものだ。
それに「魔法書を封印した頃のライオストーンには、よその土地へ行ける体力はなかった」と判断され、少なくとも街の外へは出てないだろう、と考えられた。
と言うより、わずかな手掛かり一つない状態では、どの国かを絞り込むのは雲を掴むような話であり、まして国のどこにとなればさらに捜査は困難。
ライオストーンの居住区域にあると考えたかった、というのが本音だろう。
ここまで来ると、さすがに捜査も行き詰まってしまう。
最初からやり直して彼の部屋を探し始める者もいたが、次第にその人数も減っていき……やがて、誰も見付けることはできずに去って行った。
見付かっても、書きかけじゃあな……と悔し紛れに言い残した者もいたようだ。
後はライオストーンの子孫や親戚の中で魔法使いになった者が、時間のある時に細々と新しい発見がないかを探しているだけ、となる。
エルサリアの妹の夫、つまりリルレイアにとっては義理の叔父が魔法使いで、時々家に来てはこの部屋で手掛かりを探しているようだ。
つまり、一人だけが年に数回探すだけ、という状態になっている。
「こうして紙に書けばすぐに終わるけれど、現実には本当に長い時間をかけて捜査されたんだろうね。かなりの年月だったんじゃないかな」
二度読み返して、ヴィズがつぶやく。
書かれているのは「やったこと」だ。それを「やっている間」というのが、どれくらいの時間になるのか。
「何十年とか? いや、ライオストーンが亡くなったのが二百年前だから、それと同じ年月か。オレだったら、そんなことしてる間に精進するけどな。だけどさ、ライオストーンは書きかけの魔法書を完全にこの世から消したい、と思ってた訳じゃないよね。墓へ持って行きたい、なんて日記には書いてるけど、そんなことしなくても、本当に見られたくないなら燃やすなりすればいい話だろ。心のどこかで、見付けてもらいたいっていうのがあったんじゃないかな」
「見付けてもらいたいなら、もう少しヒントを残してくれればいいのに」
リルレイアが少し拗ねたように言う。ジンがそれを聞いて「そりゃそうだ」と笑った。
「で、ガイは何をしてるんだ?」
「魔法書を探してるんだよ」
「その格好で?」
ジンが首をかしげる。
ガイはいつの間にかライオストーンのイスに座り、机に頬杖をついていた。
「ジンが言ったように、俺もライオストーンは完全に魔法書を消したかったんじゃないと思う。見付けられてもいい。でも、簡単には見付けられたくない。どうすれば、弟子を含めた魔法使い達の目をあざむけるか。もしライオストーンがここに座ってそれを考えたなら、どういう景色が見えたかと思ってさ」
家で何か書き物をする時、彼はここに座っていただろう。彼と同じ景色を見れば、少しでも彼の気持ちに近付けるかも知れない。
何を見て、彼は隠し場所をひらめいたのか。見えぬものを、ここでどうやって見たのだろう。
「ちょっと、窓を開けましょうか。空気を入れ替えれば、何か変わるかも」
言いながら、リルレイアは窓へ近付いた。
「きゃっ」
床に敷かれたジュータンに足をすべらせ……るとは思えないが、リルレイアはつまづいた。
倒れかけて、窓の横に置かれていたコート掛けを掴んだ。が、彼女を受け止めてはくれず、同じように倒れてゆく。窓へ向かって。
ガチンッという少し耳障りな音がして、コート掛けの先端が窓ガラスに当たる。一瞬のことで、一番そばにいたガイも手を出し損ねてしまった。
「リル、大丈夫かい」
「な、何とか……」
結局はコート掛けにかろうじて支えられた格好になり、完全な転倒は免れた。
「よかった。ガラスも割れなかったようだね。リルレイア、ケガはしてない?」
「うん……よくやるの」
「だろうな」
何もない所で転ぶのはお手の物なんだろうな、という気がする。
リルレイアは赤くなりながらコート掛けを戻すと、改めて窓を開けた。春というにはまだ早い、ひんやりした風が入ってくる。
その様子を見ていたガイは、立ち上がるとコート掛けに触ってみた。
年季が入った色の木製で、重いコートを掛けるのだから、しっかりした造りだ。少し傾けてみたが、そこそこ重量もある。
重い物を掛けられても簡単に傾いたり倒れたりしないようにされているが、さすがにリルレイアのタックルには耐えられずに倒れたようだ。
「この窓のガラス、普通のガラスだよな?」
こんこんと叩きながら、ガイが尋ねた。
「うん……そうだけど?」
ガイの言葉に、ヴィズとジンもそちらを見た。
「ヒビ一つ入ってない。さっきの音なら、割れてもおかしくないのにな」
音がしたのだから、間違いなくコート掛けは当たっている。それなりに大きな音だったから、衝撃も大きかったはず。
「えっと……でも、音の割に大した衝撃じゃなかった、とかじゃない?」
「かもな」
言いながら、ガイはペーパーウエイトを取り上げる。机の上に置かれているメモが飛ばないよう、押さえていたものだ。
不思議そうな顔をしているリルレイアを横目に、ガイはそのペーパーウエイトをガラスに向けて投げ付けた。
大きな音がして、リルレイアはびくっと肩を震わせる。
「ガイ、何を……」
「丈夫なガラスだな」
「え?」
リルレイアは、傷一つないガラスを見た。
さっきの事故とは違い、ガイは今、明らかにガラスを割るつもりでペーパーウエイトを投げ付けたが、やはりヒビ一つ入っていないのだ。
「魔法で守られてるのか?」
ジンの質問に、ガイは首を横に振った。
「いや、守られてるっていうのとは、ちょっと違うみたいだぜ」
「ふぅん。ガラスをうんと強化する方法でも研究してたのかな~」
ジンが、床に落ちたペーパーウエイトを拾い上げる。
シンプルな円柱形をしているペーパーウエイトは、真鍮でできているのだろう。ずしりと重い。
こんな物が力を込めて投げられたのに、窓ガラスは傷付いていないのだ。
「まさか、そこに?」
リルレイアも、ようやく気付いた。
家のガラスは全て、どこにでも売られている普通のガラスのはずだ。これだけ力を加えられて、何ともないのは「普通ではない」から。
一見、何でもないガラスだが、何かしらの魔法がかけられている。
別の部屋のガラスは割れたことがあるので、家全体が守られている訳ではない。守られているのでないなら、隠されている、という可能性があるのだ。
「見えぬもの、か。なるほど。ガイがさっきみたいに座れば、窓は後ろにあるから見えなくなるね」
ヴィズが来て、窓に顔を近付けた。見た目は、他のガラスと変わらない。





