11.カードの勝者
「魔法使いの部屋へ入って来て、最初に窓ガラスに注目する奴もいないしねぇ。こういう場所なら、本や道具類に目が向けられるものだし。オレ達だって、さっきまでそうだった。見えない、と言うよりは見てなかったな」
「魔法がかけられた物を調べはしたものの、窓そのものに細工されているとは気付かなかったんだね。反応があったことはわかっても、ここはライオストーンの部屋だから、反応があっても当然だと考えたんだ」
サンシュコートのメモにもあった。
ライオストーンの部屋だから、彼の魔法がかかった、もしくはかけられたことがある物ばかり、と。
窓ガラスからライオストーンの魔法が感じられても、近くに魔法道具などがあったりして、それのせいだろう、などと思われていたのだ。
「リルレイアに転ぶくせがあって、助かったよなー」
「ガ、ガイ! くせじゃないもんっ」
「自分でそう思ってるだけじゃないか?」
リルレイアの抗議も、ガイは笑いながらさらっと受け流す。
「きっと、他の奴らは薄氷の上を歩くみたいに、慎重にやってたんだぜ。おかしなことをして壊したら、大変だからな。リルレイアみたいにそそっかしい奴は、部屋から放り出されてたんじゃないか?」
「ガイ、リルのおかげで糸口が見付かったんだから。彼女の過失は、起こるべくして起きたんだ」
ジンのフォローも、あまりフォローになっていないように聞こえる。
彼らの前ではすでに何度もどじをやらかしているので、リルレイアは強く反論できない。
「もう……それよりもっ」
このままでは自分がからかわれ続けそうなので、リルレイアは強引に話を戻す。
「ねぇ。それじゃあ、魔法書はそこに隠されてるってこと?」
「さぁ、どうだろうな」
ガイは軽く肩をすくめた。
「え? だって」
明らかに怪しい場所なのに。
「ここには、何度も魔法をかけられた痕跡が見当たらない。日記の言葉を素直に読むなら、魔法書には複数回の魔法がかけられてるみたいだからな。俺達が探している魔法書、という可能性は高くない。実は全然関係ない物、だったりもするぜ」
しかし、割れないガラスに何か隠されてるのは事実ではないのか。ここで隠されていると言えば、魔法書以外に考えられないはずだ。
リルレイアはガイの言葉に首をひねるしかできないが、ヴィズもジンも「魔法書が見付かった」とは一言も口にしていない。
つまり、彼らも「見付かった」とは思っていないのだ。
「まぁ、この窓ガラスに隠されてるのが何かはともかく……どうする? やりたい奴っ」
ガイの言葉に、ヴィズとジンが手を上げる。もちろん、ガイも。
「よし。ヴィズ、いつものな」
リルレイアは三人について行けず、横できょとんとしながら見ている。
な、何? 何が始まるの?
三人は完全に窓ガラスそっちのけで、輪になった。
ヴィズが宙から三枚の白いカードを出し、それを目に見えない速さでシャッフルさせる。ジンが「ストップ」と声をかけると、カードはヴィズの前で横一列に並んだ。
リルレイアには、宙で並ぶカードの動きが、まるで何かの生き物にも思える。
その中から、ガイが真ん中の一枚を手に取った。次にジンが一枚、最後に残ったカードをヴィズが取る。
「勝負!」
三人同時に、カードを返す。ガイの持つカードに、赤い星マークがついていた。
「よっしゃあっ、俺の勝ちーっ」
ガイは嬉しそうに拳を上げ、残りの二人は「あーあ」と言いながら自分の持っていた白紙のカードを宙に弾いた。カードは床に落ちる前に消える。
「あの……何やってるの?」
「ん? ガラスにかけられた魔法を誰が解くか、決めてたんだ。で、俺の勝ち」
嬉しそうに、マークのあるカードをリルレイアに見せるガイ。
「早い話、くじ引きしてたってこと?」
「ああ。これならケンカにならないからな」
ヴィズがカードを出してシャッフルし、ジンが好きな時に止める。何も手を出さなかったガイが一番にカードを引き、カードを出したヴィズが最後に引く。
三人の中で誰かを選ぶ時、公平になるように決めたルールだ。これで恨みっこなし。
二人の時はコイントスで決められるが、三人ならいつもこの方法で決めているのだ。
魔法は使い方次第で色々なことができるが、こんな遊びのようなことまでできるなんて、リルレイアは知らなかった。
「窓ガラスの魔法を解くのに、どうしていちいちくじ引きなんてするの? そんなの、誰でもいいじゃない」
リルレイアにすれば、一番近くにいた人がやればいいではないか、と思う。
この三人の誰がするにしろ、竜と呼ばれる魔法使いなら簡単かつすぐに終わるはずだ。
「リルにとっては、先祖の一人ってだけかも知れないけどね。オレ達にすれば、ものすごい人の魔法に関われる、またとないチャンスなんだ」
「チャンス?」
「ぼく達だって、最初から魔法ができた訳じゃない。先生に教えてもらったり、魔法書を読んで勉強したんだ。その魔法書で、一番影響の大きい人がライオストーン。雲の上の人って感じかな。その彼がかけた魔法に直接関われる機会が来るなんて、考えてもみなかったからね」
「今は本当に雲の上の人、だよな」
ガイが茶々を入れ、ジンに肩をはたかれる。
「そんなもの……なの」
「うん、そんなものだよ。亡くなって長い年月が経っているのに、その人の魔法に触れられる。遺跡や何かの魔法ならともかく、こういうことはまずできっこない体験だよ」
そう話すヴィズはもちろん、ジンやガイもうなずいている。
ライオストーンは偉大な魔法使いだ、というのは、リルレイアも幼い頃から聞かされていた。こんなすごい先祖がいたんだよ、と。
セレカティアに入る前も入ってからも、その名前を見聞きしない日はないくらいだ。
確かに「すごい人なんだ」とは思っても、リルレイアにとっては身内。ライオストーンを初代とすれば、リルレイアは十三代目だ。
当然ながら会ったこともないし、直系ではあっても、遠い親戚のような感覚しかない。すごいという知識はあっても、実感が伴わないのだ。
しかし、彼らにすれば。
憧れの魔法使いに会えるような感覚に近いのだ。
かつてライオストーンが住んでいた家を外から見るくらいなら、そんな感慨深くはならない。だが、中へ入れるとなると……。
しかも、彼が使っていた部屋へ入れるなんて、大チャンス以外の何者でもない。さらに、本人がかけた魔法に関われるなんて、一生に一度あるかないかだろう。
表面では、どこかに手掛かりがないか、と冷静にあちこちをチェックしていた。しかし、内心では彼らもかなり舞い上がっていたのだ。
そのことに、リルレイアはようやく気付いた。
さっきのカードでも目を輝かせていたし、外れた時の顔は本当に残念そうで。年長者で一番落ち着いて見えるヴィズでさえ、子どもみたいだった。
まるで兄弟がおやつを賭け、勝ち負けを競っているような。
「ってことで、今回は俺な。けど、二人にも絶対、順番は来るはずだぜ」
「だといいなぁ」
「ぼくも期待はしているけれどね」
「とにかく、まずは俺から」
本当に残念そうな二人を横目に見ながら、ガイは窓へと近付いた。
どういう角度から見ても、ガラスは透明な普通のガラスでしかない。今日、竜の三兄弟が来るというので、リルレイアが昨日拭き掃除しておいたのできれいなものだ。
窓は二枚一組の、開き窓タイプ。一枚が木枠で八つの正方形に区切られ、透明なガラスがはめ込まれていた。
件のガラスは、右側の窓の右下にはまっている。
ガイは大きく息をつくと、そのガラスに手をかざした。
「フーウエカリヒ」
低い声で解呪を唱える。ガラスの表面で、ぱちっと光の粒が跳ねた。音と光に驚いたリルレイアの肩が、わずかに震える。
「やっぱり、手抜きはしてないな。大魔法使いってのも、伊達じゃないってことか。生きてたら、竜王なんて呼ばれてるんじゃないか?」
一旦手を引きながら、ガイはそんなことをつぶやいた。
レベルの高い魔法使いを「竜」と呼ぶようになったのは、ここ百年ほどのこと。ライオストーンが生きていた頃にそういった呼称があれば、ガイが言うように「竜王」などと呼ばれていたかも知れない。





