12.紙一枚
「助けは?」
「いらない」
ヴィズの申し出を断り、ガイは再び手をガラスにかざした。
「たぶん、あちこちで解呪しまくってたら、たまたま見付かりました、な状態にならないようにしてあるんだ。かなりしっかりした魔法がかけられてる。でも、解けない力じゃないからな」
魔法書を探す魔法使い達が、この部屋で解呪を使いまくるだろう。
ライオストーンはそう考えて、偶然に解けたりしないようにしておいたのだ。
「リル、ちょっと下がっていた方がいいよ」
「は、はい」
ジンに言われ、リルレイアはその場から二歩下がった。
ガイは何でもないような顔をしているが、それでもガラスを見詰める目は真剣だ。見ている方が緊張してくる。
再び、ガイが呪文を唱える。今度はさっきよりたくさんの光の粒がガラスから飛び出し、やや遅れて音も響いた。
まるで、火のついた花火をこちらへ向けられているみたいだ。
しかし、その時間はそんなに長くない。
光が出なくなったかと思うと、最後に「パンッ」と弾けた音がして、リルレイアは思わず「きゃっ」と小さな悲鳴を上げる。近くにいたら、もっと大きな声を出して飛び上がっていたかも知れない。
音がした後、ガラスから何かが浮き上がってきた。見ている間にそれは一枚の紙になり、ふわりと舞って床へ落ちる。
本当に……魔法書じゃないんだ。紙が一枚だけ?
三人がそう言わなかったので、魔法書が現れるとは思っていない。だが、まさかぺらぺらの紙が一枚だけとは。期待外れすぎる。
ヴィズがその紙を拾い上げた。
「どんな具合かな、ガイ。まだありそう?」
「……いや。それだけみたいだ。もう魔法の気配はなくなってる」
ガイは息をつきながら、かざしていた手を下ろした。
「どうだった? ライオストーンの魔法は」
興味津々の表情で、ジンが尋ねてくる。
「亡くなる前とは言え、やっぱり強い力だよな。けど、全然本気じゃなさそうだ。あと、すごく丁寧にかけられてたぜ。力で押し切っても十分通用するのに、何て言うか……ハンカチの角と角をぴっちり合わせて畳むような、几帳面さを感じた。繊細だったんだろうな」
「そんなところまでわかるものなの? ずっと昔にかけられた魔法から」
「ああ、わかるぜ。魔法だって、個人差がある。使った奴の性格なんかも見えてくるぜ。こいつは大雑把だとか、こいつは神経質だとかな」
リルレイアも魔法書を探すため、ライオストーンについては自分なりに調べたつもりだ。
しかし、立派すぎる、という先入観があったからか。
こんなすごい人にはついて行けない、という感覚ばかりが勝ってしまい、肝心な部分はあまり見えてなかった。
ガイも彼の著書は何冊も読んでいるだろうが、ガイは魔法でライオストーンの人となりを知ることができるのだ。
リルレイアはそれを聞いて、ひたすら感心するだけ。
「で、ヴィズの方はどう? その紙、何か書いてあるかい?」
「いいや、白紙」
「ええっ? 白紙なのっ?」
リルレイアの声がひっくり返る。
せっかく何か見付けたと思っても魔法書ではないし、封印を解いても現れたのは白紙。肩すかしにも程がある。
「まさか、惑わせるためのニセモノなの?」
「いや、そうじゃないと思うよ。それなら、普通の紙でも十分だと思うしね」
「……どういうこと?」
ヴィズは現れた紙の端を持って、ひらひらさせる。
「これはね、魔法書で使われる時の紙と同じものなんだ。えーと、リルレイアは知っているかな。魔法書は、普通の火の中へ放り込んでも燃えないんだよ」
「え……そうなの?」
呪文だの何だのと覚えることが多すぎて、そんな雑学のようなことにまで手や頭が回らなかった。なので、ヴィズの話は初耳だ……たぶん。
「大切な本だからね。特殊な紙でできてるんだ。だから、特殊な方法でなければ、その存在を消すことはできない。燃えたり、水につかって破れたり、文字が消えるなんてことはないように作られているんだよ。何と言っても、魔法使いが使う本だからね」
修学部の教室にいるより、ずっと勉強している気になってくる。
「で、この紙だけど、その魔法書と同じ素材でできているんだ。目くらましのつもりでここへ封印するなら、その辺りにあるメモ用紙でもいいはずだよね。逆に言えば、間違いなくこれは手掛かりの一つなんだ」
さっき窓ガラスが割れなかったのは、封印の魔法をかけることで外側からの衝撃を跳ね返したためと、簡単に破れない紙がガラスと同化するようになっていたことによる相乗効果だ。
「手掛かりの紙が魔法書の紙と同じ物ってことは、探してる魔法書と同じってことになるの?」
「そうだろうね。書きかけだから手帳みたいな物ではないか、とも考えられていたようだけれど。魔法書と関係しているという可能性は、これを見る限り高いよ」
「だけど、今探してるのは書きかけの魔法書よね。途中なのに、そんな紙に書いても大丈夫なの?」
「相応の呪文をかければ、文字の書き換えは可能だよ。もちろん、完成された物にはそんなことができないようにされるけれどね」
「はぁ……」
他の魔法使い達は、こんな細かいことまで知っているものなのだろうか。知っているとすれば、自分はまだまだ勉強不足だ。
この五年間、手抜きしていたつもりはないが、知らないことが多すぎる。
「だけど、白紙ってのはいただけないぜ。次の手掛かりになるようなことが書かれてしかるべきだろ」
「うん。だから、これにも魔法がかけられているようだよ。簡単に見せる気はないってことだね」
ヴィズが紙を光に透かしてみるが、これという文字は見えてこない。
「ガラスの時程に強い力ではないけれど、封印の魔法みたいだよ」
「んじゃ、お次の番だな」
言いながら、ガイが宙から金色のコインを取り出した。
「もしかして……またやるの?」
「これだってライオストーンの魔法なら、当然。さっきは俺がやったから、次はこの二人のどちらかだ」
ガイはコインを上へ弾き、落ちてきたそれを手の甲で受け止めて隠す。ヴィズが表を、ジンが裏を選んだ。
「表」
ガイが嬉しそうにコインを二人に見せ、ジンは二度目の敗北にがっくりと肩を落とした。
「悪いね、ジン。お先に」
「どーぞ……。三つ目があることを、本気で祈るよ」
ヴィズは、窓ガラスから現れた紙の上に手をかざした。
「フーウエカリヒ」
さっきのように火花が飛ぶのでは、と思いながら見ていたリルレイアだが、そんな光や音は全然ない。
ヴィズが呪文を唱え終わると、赤みを帯びた黄色い光が紙全体を包み込む。
「きれい……」
光の色に、リルレイアは思わずつぶやいた。
やがて、光はゆっくりと消えてゆき、さっきと同じ状態で再び白紙が現れる。
「何も書いてないわ。……封印は解けたんでしょ?」
自分がしたのならともかく、まさか竜が失敗するとは思えない。
「うん、解けているよ。ガイが言ったように、丁寧な魔法だった。病身でここまでできるなんて、本当に頭が下がるよ」
「魔法が解けたのに、どうして白紙のままなの? これに封印が複数回されてる、とか?」
「んー、これはそういうのではなさそうだよ。リカアオンヒ」
ヴィズは、自分の手のひらに火を出した。まるで赤い木の実を持っているかのように、彼は赤い火を直に持っているのだ。
「あの、熱くないの、ヴィズ?」
「全然。自分の出した火だから、火の大きさも自由自在だよ」
見ている方が熱くなってくる気がする。この魔法は絶対、見ている方の心臓によくない。
引き気味のリルレイアをよそに、ヴィズは魔法で出した火で紙をあぶり始めた。
「本当に……燃えないんだ……」
目の前で見ていても、まだ半分信じられない。
火は確かに、紙の表面をなめている。普通の紙なら、火の先端が触れた部分から焦げて穴があくはず。
それなのに、紙は燃えるどころか、まるで焦げないのだ。
やがて、リルレイアが見詰める紙に、黒い物が浮かんでくる。
最初は、やっぱり紙が燃えて燃えかすになったのでは、と思ってしまったが、よく見ればそれは文字だ。白かった紙に、文字が浮かび上がってきたのである。
「え……魔法書の紙で、あぶり出しなの?」





