13.地下書庫
これという予想ができないリルレイアは、魔法の火に触れたのだからもっと違う反応が……と思っていた。
まさか、魔法書の紙であぶりだしなんて、リルレイアの予想の斜め上だ。
「もちろん、普通の火では出て来ないよ。これは、封印というより、仕掛けかな。この紙については、あまり難しくなかったね。ヒントがあったのは、おまけなのかな」
ジンの言葉に、リルレイアは首をかしげた。今日、何度目になるかわからない。
「ヒントって、どこにあったの?」
「ヴィズが魔法を解いた時、紙を包み込んでいたのが赤っぽい光だっただろ? ああいう色から連想するのって、普通は火じゃない?」
「あれがヒントだったの? 火の魔法を使えっていう……」
「珍しい反応するなぁと思って。解呪をしなれない人は、ああいうのって見過ごすんじゃないかな」
どうしてそう、当然のように次にするべきことがわかるのだろう。
実際にあぶりだしをしたヴィズ。説明してくれたジン。驚くことなく見ているガイ。全員が流れをちゃんと読んでいるのだ。
やはり、場数が物を言う、ということか。
「そうなんだ……あ、待って。それじゃ、この紙には三つの魔法がかかってたってことなの? ガラスへの封印と、文字の封印と、火で文字が浮かぶのと」
「お、ちゃんと理解できてんじゃん」
「そりゃ、一応注意して聞いてるもん。……じゃ、ヴィズは封印を解いても、それで終わらないってわかってたの?」
「封印を解く前から、あぶりだしの仕掛けがわかっていた訳じゃないよ。だけど、まだ何かありそうな気配はしていたからね」
ヴィズは何でもないように話しているが、レベルの差がありすぎてめまいがしそうだ。
これがもし自分なら……と考え、リルレイアはすぐにやめた。燃えるはずのない紙まで、見事に燃やしてしまいそうな気がする。
「いくら魔法書と同じ紙だからって、こんな仕掛けまでするなんて、ライオストーンって結構凝り性だったみたいだな」
「言えてる。最後の魔法だから、実は案外楽しんでたのかもね。で、ヴィズ。そこには何て?」
「短いよ。『魔法書の何かは地下』だって」
白い紙の中央には、ヴィズが読み上げたその一文だけが書かれていた。日記と同じ筆跡だから、ライオストーンの文字に間違いないだろう。
「地下って……地下書庫のことかしら」
「リル、そんなものがあるの?」
「うん。この部屋の真下よ。ライオストーンが生きてた頃に販売されていた書籍だと思うんだけど、それっぽい昔の本が棚に並んでるの。背表紙に書かれたタイトルだけでも難しそうだから、あたしは中身を見たことはないけど」
どんな本が並んでいるにしろ、魔法書を探していた魔法使い達もその書庫は調べているはず。今更このヒントをもらったところで、見付かるだろうか。
「もったいぶってるよなぁ。何かって、何だよ。絶対、魔法書そのものじゃないってことだろ」
「魔法書のありかの糸口、とかね」
「ヴィズ、そういういやな冗談、やめてくれよ」
ジンが力なく笑う。
たぶん、まともに魔法書のある場所を示していないだろう、とは想像していたが……。思っていた以上に、先が長そうな気配がしてきた。
「とにかく、地下だって書いてるんだし、行ってみよう。リル、構わないかな」
「ええ、こっちよ」
リルレイアに案内され、三人は地下書庫へと向かった。
☆☆☆
地下書庫は、一度家から出なければ行けない。
ライオストーンの部屋を出て右へ行くとすぐに、裏庭へ出られる扉がある。そこから外へ出て、右へ向かうと石段。壁をはさんで、ライオストーンの部屋にあった本棚の向こう側に階段がある、という位置関係だ。
そこを降りて行った先に、地下書庫がある。リルレイアが話していたように、ライオストーンの部屋の真下、という場所だ。
ランプを持ち、石造りの階段をリルレイアはゆっくりと降りた。
階段を降りきった所に、鉄の扉。取っ手の下にある鍵穴に、リルレイアは鍵を差し込んだ。ガチャリと重い音がしたが、鍵が外れるとあっさり扉は押し開かれる。
地下なので当然だが、入口付近以外は暗闇だ。
扉には上部に小さな格子窓があり、万が一ここへ閉じ込められてもこの窓から叫べば外へ声が届くだろう。
もっとも、ここへ来るのは魔法使いだろうし、それなら別の方法でいくらでも出られるはずだ。
「広さとしては、たぶん上の部屋よりちょっと大きいくらいだと思うわ」
「暗くて奥まで見えないぞ。ここって、いつもそのランプだけか?」
リルレイアが持つランプでは、入口付近でかたまる四人の顔がぼんやり見えるだけ。外からの光は、わずかにランプの灯りを手助けしているにすぎない。
今が夜なら、さらに暗さが増すのだろう。
「えっと……この壁沿いに燭台が等間隔に並んでるんだけど……。お父さんがここへ来る時は、そこに明かりをつけてたわ」
「魔法で、だろ」
「……うん」
リルレイアにはそんな芸当ができないから、ランプ持参なのだ。
「ったく、仕方ないな」
ガイが軽く指を鳴らす。
と、入口から奥へ向かって順に、燭台に火がついた。最後に天井中央の大きな燭台に火がつき、書庫は一気に明るくなる。
自分の背より少し高い位置で静かに燃えているロウソクを、ジンが見上げる。
「特殊な魔法でコーティングされた、特別なロウソクが使用されているようだね。読書には向かないレベルの明かりだけど、ここで目的の本を探すくらいならいい具合だ」
魔法の火しか点かない代物らしい。白く太い胴体部分に、ロウが溶け流れた跡が見えないのだ。これなら、あえて処分しない限り、半永久的。
「うわぁ、すごいな」
ヴィズが目を輝かせる。
リルレイアが「上の部屋より少し広いくらいだ」と言った書庫には、何列かの棚が並んでいた。その棚には、上の部屋の本棚に負けず劣らず本が並んで。
ここには光がほとんど入って来ないので、表紙が灼けて色褪せることもない。本の厚さにもよるが、ざっと見ても二千冊、いや三千冊は軽く越えていそうな気配。全て、魔法関連の書籍ばかりのようだ。
背表紙に目を走らせ、ヴィズは手近な一冊を抜き出すと、そのページをめくりだす。
「これ、ライオストーンが監修した、魔法用語辞典の初版本だよ」
「はは、ヴィズにはちょっとまずい所へ来ちゃったかな~」
ジンがその様子を見て、苦笑する。
「どうして?」
「ごらんの通り、本の虫なんだよね。放っておいたら、一年でも二年でもここにこもってるよ」
言われてみれば、リルレイアが魔法書の話をした時、最初に食いついたのがヴィズだった。
ライオストーンのものだから、ということで他の二人も興味を引かれたのだろうが、目的物が本だから一番にヴィズが話にのったのだ。
「リルレイア、ヴィズ限定で商売したらどうだ? 一冊貸し出すのにいくら、とか。ふっかけても出すだろうから、いい儲けになるぜ」
「ガイ、聞こえているからね」
そう言いながら、ヴィズは本から目を離さない。
「ヴィズ、目的が違うだろ。今は魔法書探しだぜ」
「……ああ、そうだね」
名残惜しそうに、ヴィズは持っていた本を閉じた。
「これらの本に、ライオストーンが直に触れて読んでいたんだろうなぁ……」
本の表紙を見詰めつつ、ヴィズは一人、感慨深げである。
「虫は無視しようね。あの文面からだと、地下に何かあるらしいけど……大雑把すぎるなぁ。糸口も何もありゃしないって感じだし」
「地下がここのことを指してるって可能性、高いよな。最初のヒントが、ライオストーンの部屋にあったんだし。これについては、素直に考えてもいいか」
「うん、オレもそう思うよ。よその地下に私物を隠すはずはないし。だけど、ここも恐らく探し尽くされてるだろ。場所をここに限定するとして、他の魔法使い達が見落とした部分ってどこかな。窓はないし」
「さすがに、同じ手は使わないだろ。まさか、さらにこの床の下、なんてのはやめてもらいたいけど……実は隠し扉もどきがあったりしてな」
ヒントを読み解けない状態では、どこで何を探せばいいのかわからない。





