14.光
「ねぇ、ここにある魔法書のさらに中、とかは? さっきみたいな封印のされ方なら、わかりにくいと思うけど」
ガラスに紙を封印できるくらいだ。本の中に別の本を隠すなんて、大魔法使いならいくらでもできそうな気がする。
木の葉を隠すなら森、本を隠すなら……大魔法使い限定で本の中、か。
「魔法書の中、かぁ。だとしたら、どれなのかが絞りにくいよな。これだけの数の本……って、何やってんだよ、ヴィズ!」
気が付けば、ヴィズはどんどん奥へと入っていた。
「本の並びが、何か関係しないかと思って。例えば、背表紙の頭文字を並べたら文章になるとか。ありがちなパターンだろ?」
書庫らしく、本を利用したヒント。確かに、ありがちではある。
ただ、ここを探した過去の魔法使い達が、本の並びを無意識のうちに変えていたら……終わりだ。
今のヴィズのように、背表紙を読んでさらっと済ませたはずはない。棚から本を抜き出し、その奥や周辺に手掛かりになりそうな何かがないかを見ただろう。
その後で、本を元の場所にちゃんと戻してくれているかどうかは、誰にもわからない。几帳面な者もいれば、がさつな者もいただろう。
本の並びが正しいかどうかを知るのは、恐らくライオストーンだけだ。
「で、文章になる部分はあったのか」
「いや、残念ながら……」
「結局、どんな本があるかのチェックをしただけになってるぞ」
ガイが肩をすくめる。
「あの、ヴィズ。読みたいなら、持って帰っても構わないわ」
「本当にっ?」
棚で見えないが、ヴィズの嬉々とした声は、今の彼がどんな表情かを容易に想像させた。
「あたしには難しくてよくわかんないし、お母さんはここへ入ったこともないから。ここで並んでいるだけより、本も誰かに読んでもらった方が嬉しいと思うもん」
「今のヴィズには、リルが天使に見えるだろうね」
「気前がいいな。本当に貸出料取ったら、学費になるぞ」
二人の言葉に、リルレイアは苦笑する。
「ここに置いておくだけじゃ、もったいないじゃない。あたしじゃ、こんなふうに奥まで明かりもつけられないし、どんな本があるかすらちゃんと把握してないもん。一度、奥の方へ入ろうとしたんだけど、何かがぼんやり光ってるような気がして、逃げたことがあるの。魔法を勉強していて魔法書を怖がってたりしたら、どうしようもないわよね」
「……」
ガイとジンが顔を見合わせたので、リルレイアは「余計なことをしゃべったかな」と思った。
こんな所で、わざわざ自分の間抜け加減を披露することもなかった、と。
「リルレイア、何が光ってたって?」
奥にいたヴィズがこちらへ戻って来ながら、真剣な口調で尋ねてきた。
「え? あの……」
「リル、本や魔法書は光らないよ。誰かが何かしらの目印を付けていた、というのなら話は別だけどね」
戸惑うリルレイアに、ジンが説明する。
ジンとガイが顔を見合わせたのは、彼女のどじ話にあきれたのではなく、その内容に引っ掛かるものがあったからだ。
「えっと……でも、本じゃなかったと思う。棚でもなかったと思うし……」
その話は、かなり前のこと。リルレイアの記憶もあいまいだ。
「光った物が何だったか。今、そこはいい。それより、どの辺りだったんだ?」
「……覚えてない。奥の方だったってくらいしか」
リルレイアは正直に言った。
今のように明るければ、何となくでも覚えていただろう。だが、ランプ一つしかない状況では、出入口の位置以外はまともに把握できない。
どの棚の辺りにいたのか、出入口までどういうルートで逃げたのか、と尋ねられても、半分パニックになっていたからまともに答えられないのだ。
「奥の棚を見たけれど、気になるような物はなかった。リルレイアに見えた光が仮にぼく達の探し物だとして、なぜその時だけ彼女に見えたんだろう」
そこにある物一つ一つをチェックしたのではないが、暗闇に怯えていたリルレイアと違って、ヴィズはしっかり状況を把握している。
しかし、その彼の目に「光る物体」など映らなかった。
「リルに見えて、ヴィズには見えない。この場合、一番あり得そうなことは一つだね」
ジンの言葉に、うなずく二人。一人だけわからないままでいるリルレイアは、三人の顔を見回す。
ありえそうなこと? えっと……女の子にしか見えない。それはなさそう。身長差、とか。でも、あたしの背より高い所で見えたような気がするし、それなら背の高いヴィズに見えないってことはないわよね。それじゃあ……。
戸惑ったような顔のリルレイアに、ガイが笑いながら言った。
「同じ状況にするってことだ。ランプ、持って来てくれ」
☆☆☆
出入口へ走り、リルレイアは扉付近に置いていたランプを持って、三人の元へ戻った。
ガイがそのランプに火を点し、その後で壁際に据え付けられた燭台の火を消す。一気に部屋の中が暗くなった。
手元のランプが、最初にここへ入って来た時よりも強いように感じる。周囲が暗く、その光に集中してしまうせいだろう。
だが、明るいのはランプを持つガイの手元周辺だけ。見回せば、ほぼ暗闇だ。目に映るのはこの明かりと、出入口からもれ入る光だけだ。その光も、やけに遠く感じる。
「ここへ入って来た魔法使い達は、俺がやったみたいに魔法で燭台に火をつけたはずだ。そうするのが普通だし、そうしないとここでは何も見えない。だけど、そうしたら今度は見たい物が見えなくなる。強さにもよるけど、光の中で別の光は相殺されてわからなくなるからな」
「そっか。暗かったから、ぼんやりした光が見えたんだ。でも、どこだったか本当に覚えてないわ」
「リルが覚えてなくても、この中でならランプ以外の光は目立つよ」
さっきのヴィズのように、手の中に火を出したガイ。ジンもガイより小さめの火を出し、ガイの後につく。
ランプを持つヴィズとリルレイアが別方向へ進み、それぞれ「彼女が見た」という光を探した。
棚という障害物があったが、ここは大広間ではない。求める光は、すぐに見付かった。
「ジン、ガイ。こっちだ」
二人はヴィズに呼ばれ、ランプの灯りが見える方へ向かう。
ヴィズとリルレイアが待つ先に、ぼんやりと暗い緑色の光が見えた。入口から一歩を入ったくらいでは棚が障害物となり、絶対に見えない位置。入口から対角線上の、一番奥だ。
光っているのは、ある燭台のロウソクだった。白いはずのロウソクが、薄ぼんやりと暗い緑色の光を放っている。
がんばって奥まで入って来たリルレイアは、それを見て逃げ出したのだ。
「あの日記の言葉が、ここでも効いてるってことかな。見えぬものを見るって。他のろうそくの火が周囲を照らしている中で光っても、まず気付かないような弱い光だね。魔法使い達が見過ごすはずだよ」
ヴィズが持っていたランプをそのロウソクに近付けると、それほど強くもないランプの光に負けてしまい、ぼんやり見えていた光がわからなくなってしまう。
さっきまでのように部屋を明るくした状態では、絶対に見付けられるはずがない。
ライオストーンの部屋でガラスに封じられていた紙を見付けられなくても、ここへ来てこの光を探すことはできるだろう。
だが、ここへ来るのは魔法使いであり、中へ入ろうと思えばやることは決まっている。
その力のために、見付かるはずのものも見落とされていた。皮肉なものである。
「これが……魔法書? すごい。一日で見付かるなんて」
過去、大勢の魔法使い達が探し回り、しかし見付けられなかった。それを、竜達は簡単に……と言うと語弊があるが、見付けてしまったのだ。
リルレイアは何か一つでもヒントが得られれば、くらいにしか思っていなかったが、まさかここまでたどり着けるなんて考えていなかった。
「やっぱり、竜ってすごいのね……」
竜の呼称は、伊達じゃない。頭脳と技を兼ね備えてこそ、最高の称号で呼ばれるのだ。
「何言ってんだよ。ここまで来たのは、誰のきっかけのおかげだと思ってるんだ」
ガイの言葉に、リルレイアはきょとんとする。
「え? 誰のって……あたし、何もしてないわ」





