15.魔法書の……
今の言い方だと、まるでリルレイアが一番の功労者みたいに聞こえた。
しかし、実際は彼らの話をすぐには理解できず、ずっと首をかしげていたような気がする。説明してもらい、遅れてようやくわかる、という程度で。
リルレイアがきっかけと言うなら、最初に「協力してほしい」と言ったことくらいだ。
「コート掛けが窓ガラスに当たっただろ。あれがなかったら、オレ達だって今もずっと部屋の中を探し回ってたと思うよ。頭を付き合わせて、ああでもないこうでもないってね」
「この光だって、リルレイアが話してくれなかったら気付かなかったんだよ。一番貢献度が高いんじゃない?」
「そ、そうなの……?」
あまり持ち上げられても、反応に困る。
「魔法ができなくて、よかったな」
ジンが後ろから「余計なことは言わない」とガイの肩をはたいた。
「じゃあ、今度は文句なしで、ジンの番だね」
「ああ。よかったぁ、オレの出番があって」
本日負け続きのジンは、本当に嬉しそうだ。
みんなより一歩前へ出ると、光の前に手をかざす。
「フーウエカリヒ」
封印を解く呪文を、ジンは静かに唱えた。
火が点いていないロウソクは、ジンの呪文で一瞬全体が明るく輝く。その後、一気に暗くなり、ランプの小さな明かりしかない暗闇の中で、黒い物がぱさりと床に落ちた。
「……本にしては、ずいぶん軽い音がしたぜ」
どれくらいの厚さにしろ、本が落ちたのならそれなりの音がしそうなもの。しかし、耳に入った音は、紙ですらなかった。
ヴィズが足下を照らし、ジンが落ちた物を拾い上げる。
「……革?」
その手触りに、ジンが首をかしげる。
「もういいよな」
ガイが指を鳴らし、書庫の燭台にもう一度火を点した。
そうして、改めてジンの手の中を見ると、確かに革でできた何かだ。
「これは……鍵穴っぽいね。もしかして……これって、本の表紙じゃない?」
光の中から現れ、床に落ちた物は、あの日記と同じ暗い緑の革でできた本の表紙だった。
……まさに、表紙だけ。
中には、一ページもない。形は本の様相を呈しているが、言うなら本の皮だけなのだ。
裏表紙から表表紙へかけて帯があり、その帯を外さないと開かない、ページがめくれない、という作りのもの。
表表紙の方には、帯の先端に鍵穴がついている。しかも、ちゃんと鍵がかかっていて、開くことはできない。
もっともページは一枚もないので、中身を確かめる必要はなかった。
「あ」
地下のことが書かれた紙をリルレイアはずっと持っていたのだが、手から抜け出してその表紙に入ってしまう。
ヴィズがそれを見て、ぽんと手を打った。
「ガラスから出て来た紙にあった『何か』って、これのこととか? 魔法書の何か。魔法書の表紙ってことだね。表紙とは書けないから、そんな表現になったんだ。そう書くと、ネタばれになるからね」
「えーっ。ここまで来て、表紙だけなのぉ? じゃあ、中身は?」
光を見た時、今度こそ見付かったと思っていたリルレイアは、それを聞いて泣きそうになる。
「どこだろうな。まぁ、何かって書かれてた時点で怪しいとは思ってたけど。あの紙も、魔法書の一部だったってことか」
革の背表紙部分の厚みは、五センツくらいあるだろうか。それだけの厚みがあるということは、ページ数もかなりのものになるはず。
しかし、そこにページは何もない。さっきの紙が一枚見えるだけ。次はその中身を探さなくてはならない、ということだ。
「ジン、それって……もしかして、栞じゃないかな」
「え? ああ、この細いリボンのこと?」
本来ならページがある部分から、様々な色の細いリボンが出ていた。ページがないので、上から見れば下が筒抜け状態であるはずなのに、リボンは宙に浮いている。
さらには、そのリボンを一本引いてみると、細い長方形の紙が現れた。
まさに、本から栞を引き抜いたような格好になったのだ。
「どこにでもありそうな栞だよ。まぁ、絶対に普通じゃないだろうけどさ」
ジンが栞をひらひらさせる。こんな所から出て来たのだ、ただの紙であるとは思えない。
「つまり、それにも魔法がかかっていて、それを解いたらこの栞があった前後のページの隠し場所がわかるってことか?」
ガイの言葉に、全員の視線が栞に集中する。その後、竜の三兄弟が吹き出した。
「やられたな。日記の『最後まで』って、こういう意味かよ」
「てっきり、二重三重に重ねて魔法をかけたって意味にとらえてたのになぁ。オレ、もっと頭がやわらかくなるように、トレーニングしないと」
「こういうのもありなんだなぁ。しかも、鍵付の本か。また色々考えさせられそうだね」
「ちょっとぉ。みんな笑ってるけど、魔法書は見付かってないのよ」
三人はなぜか受けてるが、リルレイアは笑っていられない。魔法書が見付かったと言っても、表紙部分だけでは意味がないではないか。
「いいじゃん。楽しみが増えたんだから」
「……楽しみって」
「この栞の分だけ、ページはどこかに散らばってるってことだ。ついでに鍵も。もし鍵が先に見付かったとしても、たぶんページが全て揃わないと開かないと思うぜ。ここまで来たら、絶対に鍵を開けてやるって気になるよな」
ガイの言葉に、二人も大きくうなずく。
「中身よりもいっそ、探すことの方がオレは興味あるな。この本、探し甲斐がありそうだよ」
「解呪したらこの栞もページの一部として戻る、ということかな。だけど、これまでのことを考えれば、そう簡単にはいかないだろうね」
「あの……続けてくれるの?」
どうやら先はまだまだ長そうだ、とわかった。
リルレイアはてっきり「これ以上、こんなことばっかりやってられるか」と言われるのではないか、と思っていたのに。
「続けるのって、リル、最初からそういう話だったじゃない」
「え……」
「魔法書を探すってことで、俺達は話を受けたんだぜ。まだ表紙しか見付かってないのに、終われるはずないだろ。ここでやめたら、俺達の仕事を疑われる。まぁ、これは仕事じゃないけどな」
「一日目でこれだけの物が見付かるなんて、ペースが速すぎるくらいだよ。過去に何人も魔法使い達が探し回って、でも見付けられなかった物なんだから」
三人にやめるつもりなど、かけらもなさそうだ。それどころか、わくわくした顔をしている。
彼らにすれば、またライオストーンの魔法に触れられる、という楽しみもあるのだ。それも、一度や二度では終わらないのだから。
「とりあえず、今抜いた栞の魔法だけ解いてから、この先のことは考えよう。一度に手を出しても、さっきまでのことを思えば手こずりそうだからね」
ヴィズの提案に、反対の声はなかった。
「それじゃ」
再び、ヴィズが宙にカードを出した。栞の魔法を誰が解くか、の勝負だ。
「……またやるの?」
「さっき、ジンの番がきて、一巡したからね」
「次もいただきだぜ」
「冗談。今度はオレがもらうよ」
上の部屋で見たのと同じ手順で、三人がカードを手にする。
これまでリルレイアは、ライオストーンの名前を迷惑に思ったことはあっても、ありがたいと思ったことは一度もなかった。
彼の血筋だということで過大な期待がかけられ、才能がないらしいとわかればひどく冷めた目で見られて。
本当にあの大魔法使いの子孫か、と陰口を叩かれていることも知っている。面と向かって、というのもあったし、似たような言葉を何度聞いたことだろう。
しかし、今は彼が残した魔法書のおかげで、普通なら話す機会すらほとんどないセレカティアの竜達と同じ部屋にいる。互いの名前を呼び合い、何でもないように会話している。
今程、ライオストーンとのつながりを持っていてよかった、と思うことはなかった。
ぽかんとしながら三人を見ていたリルレイアだが、彼らのやけに真剣な、しかしわくわくしている顔に、思わず笑みがこぼれる。
三人は、本当にこの探し物をすることを楽しんでいるのだ。
あたしだけじゃ、絶対に無理だった。魔法ができるようになっていたとしても、ここまで推理できない。でも、この人達がいれば、必ず魔法書のページは全部揃うわ。うん、大丈夫よ。
三人が、カードを返す。
「勝負!」





