08.ロブラック家へ
サンシュコートの話を聞いていた同僚達は、リルレイアがセレカティアへ来たのを知って驚いた、と言う。
父親はあんなことを言っていたが、ライオストーンとの繋がりがある少女には違いない。どれだけの力を見せてくれるだろう、と期待したが……。
同僚の中には、彼女とは顔見知りだから何かあれば手伝ってやろう、と思っていた人もいたが、リルレイアはこれと言って頼ってくることもなく。
現在は、顔を合わせたら挨拶をする程度、でしかないらしい。
「ライオストーンの家とは言っても、母娘二人で暮らすには大きいみたいだね。父親が生きてる時はそこそこの収入があったけど、それがなくなって母親の収入だけで家を維持するのは大変だろうって話だ。殉職だから、セレカティアから補償は出ているけど、いつまでもある訳じゃないし。今はエルサリアの所へ通う生徒があるくらいで、閑散としてるそうだ」
こうして玄関の扉前まで来て周囲を見回したが、広い敷地内に建っている家は、確かに二人暮らしするにはかなり広い。
ライオストーンがいた頃は弟子が居候していたそうだが、今はどれだけの部屋が余っているのだろう。
立派な屋敷がさびれかけているのを見るのは、ひどくもの悲しい。
「刊行されていないライオストーンの魔法書については、どこにも記述されてなかったよ」
サンシュコートの話がおおよそ終わると、次にヴィズが自分の仕入れた情報を伝えた。とは言うものの、有効な情報はなかったようだ。
「え……ヴィズ、まさか魔法書全部、読み返したのか?」
ガイに聞き返され、ヴィズは軽く肩をすくめる。
「魔法書はさすがに、ね。それ以外だよ。これまでに彼の名前がある本は全て目を通してきたつもりだけれど、リルレイアが話していたような魔法書に関しては記憶がなかったからね。図書館で、ざっくりと見て来た。貸出中の本もあったから、全部って訳にはいかなかったけれど」
「いや、十分だって。オレ、そこまで根性ないよ」
仕事ならともかく、ジンやガイはそこまでしっかり調べようなんて気にはなれない。活字好きで、早く読む特技を持つヴィズだから、できたのだろう。
「話は聞いていても、確実じゃない話を公の文書として出せないってことで、出版社が自粛したのかも知れない。もしくは、この話は弟子や身内だけのごく一部だけしか知らなくて、出す以前の話だったのか。魔法書やその関係本は影響力が大きいから、滅多なことをおいそれとは書けないからね。ゴシップ記事を載せる新聞や週刊誌とは訳が違うんだから。……昨夜、自分でそこまで考えてから、しまったって思ったんだよね。当時の新聞資料を探してみればよかったって。さすがにその時間にはもう図書館が閉まっていて、どうしようもなかったんだけれど」
「二百年以上前の新聞なんか、残ってるのか?」
「抜け落ちてるものも多いだろうけれど、魔法関係はかなり残っているはずだよ。魔法使い協会ができて、じきに二百九十年だろ。それより後のことだから、探せば何とかね。保存状態がどうかは、ちょっと不安だけれど」
とにかく、リルレイアが話していたような魔法書に関しては、世に全く知られていないらしい、というのが結果だ。
真剣な顔でリルレイアが頼んだくらいだ、ガセネタではないだろう。少なくとも、彼女の父や祖父達は「ある」と信じて探し続けて来たのだ。
しかし、部外者としては、心のどこかに「本当にそんなものが?」という気持ちがある。
書きかけ、と一言で言っても、どこまで書いたかによって価値なども変わってくるだろう。
そんな話をしながら、三人はロブラック家を訪れたのだった。
「庭はともかく、家そのものは保存状態がいいみたいだね。古く、趣があって、歴史を感じさせてくれるよ」
「うん。オレがライオストーンのいた時代に生まれてたら、弟子入りしてここに住んでたかも」
重厚感あるダークブラウンの扉には、鉄でできた竜の顔のノッカーがあった。ヴィズがそれでノックする。深い音が響いた。
ノックをしてから数秒後、遠く「はーい」という声と、こちらへ走って来る足音がした。
途中、ばたっという……たぶん、転んだのだろうな、と思われる音も。
「基本的に……あいつはかなりどんくさいな。魔法うんぬん以前に」
「ガイ、本人の前でそういうことを言わないようにね」
ヴィズが、さりげなく釘を刺しておく。
「一分の隙もない女性より、かわいいと思うよ」
どういう相手でも、ジンはフォローする。当人が聞いていようがいまいが。ただし、敵でない場合に限られる。
待つことしばし。ようやく、扉が開いた。
「お、おはようございます」
緊張した面持ちのリルレイアが顔を出す。
「ひざ、すりむいてないか?」
「ガイ……」
ヴィズの刺した釘は、あっさり抜かれたらしい。
転んだことを知られているとわかり、リルレイアの顔が赤くなる。
「おはよう、リル。約束通り、三人で押しかけて来たよ。早速、調べさせてもらえるかな」
失礼なことをのたまうガイを横へ押しのけ、ジンが前に出た。
「はい、お願いします」
招き入れられた三人は、やや広いエントランスに立つ。入って左側の壁には、全身が映る姿見が取り付けられていた。
リルレイアに案内され、来訪者は奥へ向かう。
古い建物だが、一見したところでは大きく傷んでいる所もなさそうだ。元々の造りがいいからなのか、魔法によって守られているのか。
廊下を歩いていると、階段の向かい側にある扉が開いた。そこから、四十代前半くらいだろう、と思われる女性が現れる。
明るい茶色の髪を頭頂部で一つにまとめ、シンプルな白いブラウスに濃紺のスカートといういでたち。目元がリルレイアに似ているし、彼女の母エルサリアだろう。
「おはようございます。まぁ、素敵なお友達がいらしたのね」
穏やかそうな顔に、笑みを浮かべる。
「あたしの母です。お母さん、この前話したでしょ。職務部の人達で……」
リルレイアが、お互いの紹介をする。今日彼らが何をしに来たかは、すでに伝えられているようだ。
リルレイアが「職務部の」と言ったのは、若い彼らを見て母に「級友」だと思われないためだろう。
こういう言い方をするということは「竜」だという点は伝えていないのかも知れない。
魔法使いでなくても「竜」と呼ばれる魔法使いがどんな存在かは、世間に知られている。家に来るのが「セレカティアの竜」で、しかも三人となれば母親を驚かせることにもなる、と考えたのだろう。
もしくは、話したところで自分の娘が「竜の三兄弟と知り合いなはずはない」と思われると考え、あえて話していないのかも知れない。
「リルレイアがとてもお世話になっているようで。色々しでかすと思いますけれど、長い目で見てやってくださいね」
おっとりして見えても、エルサリアは娘の行動をちゃんと把握しているようだ。
「朝からお邪魔しています。今日は少しお騒がせしてしまいますが」
代表して、ヴィズが挨拶する。
「ええ、構いませんよ。大したおもてなしはできないけれど、ゆっくりして行ってね」
そう言って、エルサリアは部屋へ戻って行く。
彼らも再びリルレイアに案内されて、奥へ向かった。
「ここが、ライオストーンの部屋です」
屋敷の一番奥にある、広い部屋。そこへ入ると、かすかに薬草の香りが鼻をくすぐる。魔法使いの部屋なら、よくある匂いだ。
奥には立派な机があり、左側の壁には棚が置かれて本がぎっしりと並んでいる。その本棚の上にあるのは、天球儀だろうか。年季の入った色をしている。
右側の壁沿いには左側の本棚よりも少し低い棚が置かれ、魔法道具とおぼしき物や薬学で使用されたのであろう瓶などが並んでいる。
獣の皮で作られたのであろう紙を丸められたものも、いくつかあった。
机の後ろには大きな窓があり、そこから中庭がよく見える。門から玄関へ向かう時に見えた大きな木も。
一見した限り、特に変わった様子はない。広さなど多少の違いはあれ、魔法使いの部屋なんてだいたいこんな感じだ。





