07.協力
リルレイアが魔法使いになろうと思ったのは、父の遺志を継ぐためだった。
しかし、大魔法使いの血筋であっても、直系であっても。
残念ながら、その才能は全くと言っていい程、リルレイアには受け継がれていなかったらしい。
働きながらどころか、進級することすら難しい状態。必死に勉強しても、うまく魔法が発動してくれないのだ。
やはり向き不向きがあるんだ、と思いながらも、魔法書を見付けるためにはあきらめられない。
だから、セレカティアを去ることができないのだ。
「気の毒な話だよなぁ」
「え……何が?」
大方の話を聞き終えたガイの感想に、リルレイアが首をかしげる。
魔法書を探す、という話を聞いて「気の毒」という言葉が出て来るとは思わなかった。
「ライオストーンって、弟子に恵まれなかったんだなって。元気な時ならともかく、命が長くない、自分では続けられないってわかってるのに、それでも隠した。つまり、研究途中の魔法を引き継がせる弟子がいなかったってことだろ。信用できる奴がいなかったか、信用できてもその魔法を完成させられる実力がなかったか……ってところか。ライオストーンくらいの魔法使いなら、弟子だって一人や二人じゃないだろうにさ。任せて安心な弟子がいたら、今頃こうやってリルレイアが苦しむこともなかったんだ」
「苦し……あたし、苦しそうに見える?」
意外なガイの言葉に、リルレイアは戸惑った。
そんなにつらそうな顔で歩いていただろうか。今日初めて会話した相手から、そんなことを言われる程に。
「まさかこの環境で、悩みゼロじゃないだろ。だいたい、リルレイアの本当の夢は何だよ」
「え……あたしの……夢?」
ますます困惑する。
自分の夢なんて、今まで考えたこともなかった。
「自分の意思で魔法使いになりたい、と思ってここにいる訳じゃないだろ。あくまでも、親父の遺志を継ぐための手段でしかないんだからな。もし無事にその魔法書が見付かったとしても、リルレイアは魔法使いであり続けるつもりか? まぁ、なれたら、の話だけど」
「……」
リルレイアは、すぐには答えられなかった。
魔法書を探すために勉強しようと考えていたが、全て終わった時のことはまるで考えていなかったから。
そんなことを尋ねられるなんて、思ってもみなかった。
「今は夢の話をしてる時じゃないな。魔法書に話を戻すか。ヴィズはどう思う?」
「魔法使いが血眼になって探しても見付からないとなると、難しいね。ライオストーンの弟子だけじゃなく、何かしらの関係者も含めれば、相当の人数がいただろうから」
相手は単なる魔法使いではなく、大魔法使い。その上、魔法使い協会という大きな組織を立ち上げるような人だ。
しかも、百二十歳という長命だったので、ライオストーンに関わった人は何百人、いや、何千人といたに違いない。
その中の一部の人間だけしか魔法書に関わっていないとしても、かなりの人数のはず。腕の立つ魔法使いも大勢いただろう。
にも関わらず、見付けられていないということは、とんでもない難問だ。
「けどさ、オレ達みたいに完全な部外者が見る所と、その当時の魔法使い達が見る所って、違うんじゃない? 当時から時間もたっぷり流れてるしね。ライオストーンの魔法が、時間が経過することで解けるものだったって可能性もある。絶対的に不利ってことはないはずだよ」
「それに、意味深な日記の言葉ってのも気になるよな。前情報がない分、俺達なら素直に読めるぜ。そこから見えてくるものも、案外あるんじゃないか?」
「うん、ありえる。やはりここは現地調査と、唯一の手掛かりらしい日記の確認だね」
ヴィズの言葉に、二人もうなずく。
「ああ。ここで話を聞いてるだけじゃ、判断できないものもあるしな。じゃ、どうする?」
ガイが、ヴィズとジンの顔を見る。
「当然、その日記がある場所、ライオストーンの屋敷へ行かないとね。リルレイア、きみはいつの時間なら空いているかな?」
戸惑いながら三人の会話を聞いていたら、急にヴィズが予定を聞いてきた。
「え? あの……」
気が付けば、どんどん話は進んでいる。
「ロブラック家へ行くとなれば、きみ抜きではまずいと思うんだ。いきなり訪問して、ライオストーンの日記を見せてくださいって言っても、怪しまれるだけだろうし。あ、ライオストーンが住んでいた家が、きみの住所……だよね?」
話について行けないまま、ヴィズに聞かれてリルレイアは小さく何度もうなずいた。
「次の休みは? 俺達もその日は仕事を入れないでくれって、事務局に頼んでおくからさ。もう予定が入ってるってんなら、別の日にするけど」
「予定は……ないわ。あの、本当に来てくれるの?」
「自分から手伝えって言い出したんだろ」
「ここのところ、まともに休みがなかったんだよね、オレ達。まず却下されることはないと思うよ。じゃ、次の修学部の休日ってことでいいかな」
「えっと、えっと……お願いします」
さっきガイに渡された結び目だらけの紐を強く握り締めながら、リルレイアは深々と頭を下げたのだった。
☆☆☆
セレカティアに所属する者は、地方から来ている者も多いため、寮がある。
だが、アムシーチェスに住む者は、通うのに余程の時間がかかる場合を除き、自宅から通う。
リルレイアは通い組で、彼女が住んでいる家はライオストーンが住んでいた家でもある。
どれだけ周囲が「本当にリルレイアはライオストーンの子孫なのか?」と疑ったとしても、全く無関係の人間がライオストーンの家に住めるはずもない。
言ってみれば、リルレイアの住所が子孫である証拠、みたいなものだ。
ガイ達は無事に休みをもらい、リルレイアの家までやって来た。
かつては大魔法使いが住んでいた所、というが、特に周囲の家と代わり映えしない。何か目立つものがある訳ではないし、せいぜい「他より少し敷地が広いな」というくらいだ。
なので、両隣の家とは多少距離があるが、他に特筆することがないような普通の家。
もっとも、この界隈は大きな家が多いので、普通と言っても「本当の普通」と比べれば家は大きい。世間では「屋敷」と呼ばれる建物だ。
やや西寄りの、南側に門がある。門扉を開けて玄関まで、少々歩く。それまでに庭が広がっているのを見られるが、少し荒れかけているようにも思えた。
木々が剪定されていないし、芝も伸びている。東の方に他より大きな木があるが、何の木だろう。北西方向には、池があるようだ。
ゴミは落ちていないので、全く手入れしていない訳ではなさそうだが、少なくとも職人が仕事をしたのはかなり前だろう。
ジンの仕入れた情報が正しいってのが、庭を見ればわかるな。
横目で庭を見ながら、ガイはそんなことを考える。
「リルの父親サンシュコートは、彼女が五つの時に魔物退治で負傷して亡くなってる。レベルとしては、それなりの実力ってところかな。彼もライオストーンの名前で、色々苦労しただろうね。さすがに、初級クラスに五年間ってことはなかったようだけど。母親のエルサリアは、普通の人。家でピアノを教えてる」
待ち合わせてロブラック家へ来る道中、ジンがそんな情報を二人に伝えた。
「ジン、どこでそんな話を聞いて来たんだよ」
「父親が魔法使いだって、リルが話してただろ。ちょっと調べてみたら、昔の協会名簿に載ってた。で、彼と同年代の先輩達に聞いたら、話してくれたよ」
およそ十年前のことなので、サンシュコートを知る魔法使いは何人もいる。おかげで、情報収集が楽だった。
「今回の話に、親父の情報は必要なのか?」
「さぁ。だけど、どこに重要な手掛かりが転がってるか、わからないだろ。ライオストーンの魔法書については調べようもないけど、サンシュコートについては多少なりともわかるからね」
サンシュコートは、リルレイアを魔法使いにするつもりはなかったらしい。
父親のすることを見てはいたが、特に興味を持っている様子はないから無理強いはしない、と同僚に話していたようだ。
娘にその才能がないことを、父は見抜いていたのだろうか。





