06.誰も知らない魔法書
「誰も読んだことのない魔法書、か。面白そうだね。よかったら、もう少し詳しく教えてくれないかな」
本好きのヴィズが、リルレイアの話に目を輝かせる。
「え?」
思ってもみなかった反応に、リルレイアはきょとんとなる。
「あ、もしロブラック家の人間以外が首を突っ込むな、と言われるなら、もちろん引き下がるけれど」
「あ……ううん、家だとかそんなの、全然関係ないわ」
ヴィズに言われ、リルレイアは慌てて首を横に振る。
この話は、聞かれた流れで言ったものだ。魔法使いになろうとする理由を答えようとしただけ。まさか、竜の興味を引くとは思っていなかった。
「あの……あの、それを話したら、協力してもらえる?」
「へぇ、ガキでも少しは駆け引きができるんだな」
「ガキって……あたし、これでも十六なんだけど」
リルレイアは少々ふくれながら、反論する。
「へ? 本当に?」
一方で、ガイは信じられずに聞き返す。
「うそじゃないもん。先月、なったばかりだけど」
「てっきり、十二、三かと……。あ、そうか。そんなはず、ないよな」
修学部の規定にある入会の年齢制限は、最低でも十歳だ。これは魔法を失敗して反動があった場合、あまり幼すぎると危険だから、という理由でそうなっている。
それさえクリアしていれば、何歳からでも入会は可能だ。
リルレイアが何歳で入ったにしろ、彼女はセレカティアに五年いる。それらを合わせて考えれば、最低でも十五歳になっているはずなのだ。
リルレイアは背も低いし、顔も幼いので、ガイが勝手に実際より年少に思い込んでいただけである。
「どうせ、伸びてないもん」
その辺りは、本人も気にしているらしい。
「いいんだよ、リル。小さくても、それはそれでかわいいんだし。これから伸びる可能性は十分にあるから。ガイは単に伸びすぎてるってだけだよ」
「伸びすぎって何だよ、ジン。俺達の身長、ほとんど変わらないだろ」
「でも、一番年下のお前が一番高い」
「そうだけど。単なる個人差だろ。それって、俺が悪いのかよ」
「今の場合は悪い」
「じゃ、悪くないのはいつなんだよ」
身長のことから妙なぷちバトルが勃発し、リルレイアがぽかんとしている。
「リルレイア、この二人のことは放っておいていいから。このくだらない言い合いは、いつものことなんだ」
「はぁ……」
びっくりしていたリルレイアだが、急に笑いがこみ上げてくる。
ガイを探して食堂へ入った時も、心臓が飛び出しそうだった。ガイを見付けたはいいが、そばには金と銀の竜までいるとわかって緊張はピークに。
そんな所へよく近付けたものだ、と自分で自分に感心する。
さっき魔法をかけた時も「呪文の発音が悪い」と指摘されたが、そもそも声がまともに出ていなかった。それを自覚したら、ますます萎縮して。
なのに、こうしてくだらないケンカをしている光景は、教室でクラスメートの男の子達がしているものと変わらない。
竜と呼ばれていても、普段はみんなと同じなんだと思うと、笑いがこみ上げてきた。
「ねぇ、リルレイア。ぼく達もいつどんな仕事が入って席を外すことになるかわからないけれど、できる限り手伝うよ。それじゃ、駄目かな」
「え? あ……」
身長の話でちょっと脱線してしまったが、魔法書探しの協力について話していたのだった。
そう、彼らには仕事がある。しかも、かなり忙しいのだ。その気になれば、いくらでもさぼれていくらでも時間をつくることができる、見習いの自分とは違う。
彼らがいてくれればもしかして、なんて甘いことを考えた自分が浅はかだった。
「うん、いいの。協力してっていうのは、言ってみただけだから」
そう、話を聞いてもらえるだけでも十分だ。会話するチャンスさえない人も大勢いる中で、三人の竜が自分の言葉を待っていてくれている。
本当に協力してもらえたら。少しでも、何か助言をもらえたら。それだけでありがたい。
ゆっくり息を吐いて、リルレイアは話し始めた。
「ライオストーンは魔法書をたくさん残してるけど、書きかけで世に出してない魔法書があるの。たぶん、ちゃんと書いた後で刊行するつもりだったんだろうけど、病気になったから最後まで書けなかったみたい。それを、当時の弟子や親戚なんかが見せてくれってせまったのね。だけど、書きかけを見せるのはいやだって言って、どこかに隠したらしいの」
「ガキっぽいことをするじーさんだったんだな」
ヴィズに軽く睨まれ、ガイは口をつぐむ。
どんなに素晴らしい魔法使いであったとしても、彼もまた一人の人間であり、歳を取り、やがて病に倒れた。
件の魔法書は、その直前くらいから書き始めていたものらしい。
当時の弟子達は、ライオストーンが新たに魔法書を書いていることは知っていたが、誰一人としてその中身を知る者はいなかった。
ライオストーンは新しい魔法の研究にも非常に積極的で、現在使われている魔法の二割以上が彼の編み出したものだ、とも言われている。
その書きかけの魔法書にも、研究中の新しい魔法が書かれているのではないか、と考えられた。
だとすれば、どんな魔法なのか。
ライオストーンの直筆、ということだけでも価値はあるのだが、もしその魔法書の中に新しい魔法が書かれているとすれば、さらに価値は上がる。
魔法を使う者はその魔法を知りたいと願ったし、魔法が使えない者はそれを手にすることで多くの報酬が得られると期待した。
しかし、まだ完成していないものを見られることを、ライオストーンはひどく嫌ったのだ。
書きかけとは言え、魔法書は個人の日記などとは違う。中途半端な力で用いれば、使った本人やその周囲の人間を巻き込んで、どんな惨事になるか予測できない。
そういった理由から、彼は研究中の魔法を人にもらすことはこれまでも決してしなかった。その時に限ったことではないのだ。
この時も、誰かに託すつもりはなかったらしい。
自分が魔法書を書きかけていることは、周囲に知られている。このまま誰かの手に渡った時、いい結果を生むとは考えられなかった。
元気な時、少なくとも息をしている間は、拒否すればおとなしく引き下がっている人々。
しかし、自分がこの世を去れば、目の色を変えて探し出そうとするだろう。いや、もうすでに目の色が変わっているのがわかる。
数十年もすれば、今研究している魔法も他の誰かが編み出して使われるようになるかも知れない。しかし、今はまだ完成していないもの。
まして、欲に目がくらんでいたり、楽して力を得ようとしている者がこれを手に入れれば、どんな使われ方をするのか……。
そういった輩は、だいたいが発案者の思いとは違う形で使うものだ。
あれこれ危惧したのであろうライオストーンは、その書きかけの魔法書を隠した。研究を続けられるだけの力はなかったが、残った力で魔法書をどこかに封印したのだ。
それを知った人々は、手掛かりはないのか、と病床の彼に詰め寄った。それでもライオストーンは見付けるための糸口すらも明かさず、静かに息を引き取ってしまう。
その後、その魔法書を求めて多くの人々が探し回った。
彼の部屋や屋敷はもちろん、当時の魔法使い協会や彼が関わった場所など、思い付く限り探したが……。わずかなヒントすらも、見付けることはできなかった。
ライオストーンの日記に意味深な言葉が綴られていたが、それを読み解ける者はおらず、現在に至る。
「当時のお弟子さんだった人達がいなくなって、後は親戚だけが探し続けたわ。あたしのお父さんも、ずっと探してたの。お父さんも魔法使いだったから、すごく興味を持ってて。だけど、仕事でケガをして……あたしが五つの時に亡くなった。その頃はよくわからなかったけど、お父さんが探してた物を見付けてあげたいって思うようになったの。だけど、普通に探してるだけじゃダメだって思って。魔法使いが隠したんだもの、魔法がわからなきゃ見付かるはずないって思ったから、魔法使いになる勉強をしようって考えたの。勉強して、セレカティアで働きながらでも探して行こうって」





