05.リルレイアの目的
ひんやりした廊下で立ち話も何なので、談話室へと入った。
職務部の棟の二階にある。指導室や会議室のような堅苦しい部屋ではなく、来客などがあった時に使う個室だ。
「んー、ずいぶんがんばったね」
小さな円卓を囲んで、四人が座る。そこに置かれた紙の束。それにかけられた魔法の紐の結び目をつまんで、ジンが笑みを浮かべた。
不格好な結び目の団子は、持ち上げると肘から指先までの長さよりさらに伸びている。一度や二度の失敗でこうなることはないから、相当な回数を重ねたのだ。
普通の紐ではないから、紐本来の長さなど関係ない。同じ呪文を唱え続ければ、紐は伸びて延々とこんな結び目ができていくのだ。
「どういう呪文をかけたんだ?」
「え、どういうって……あの、ここでやるの?」
困った顔でリルレイアはガイを見るが、ガイは大きくうなずく。
「ぜひ見たいな。何をどうすれば、ここまでなるのか」
リルレイアは恐る恐るといった様子で、小さな手を結び目の上にかざすと呪文を唱えた。
「エサワイマラク」
……また結び目が増えた。
「あぁ、そういうことか。なるほどねー」
ジンが納得したようにうなずく。ヴィズは黙って苦笑いし、ガイは頭を抱えた。
「あの……」
おろおろと、リルレイアは三人の顔を見回す。
「そんな呪文で解けたら、驚き以外の何ものでもないぞ」
「やっぱり……間違ってる?」
「間違ってる」
ガイは容赦なく切り捨てた。
「それ、逆だろ」
「逆?」
「今きみが唱えたのは、結び目を作ってしまう呪文だよ」
ヴィズが優しく指摘する。
「え……あ」
ガイがこの魔法をかけた時、無詠唱だった。もし、その時の呪文を聞いていれば、リルレイアが今の呪文を唱えることはなかっただろう。
今の呪文を唱えて結び目が増え「え? あれ、なんで?」となり、失敗したと思ってもう一度。さらに結び目が増えてしまい、混乱。
リルレイアは「失敗した」と思い込み、間違った呪文を唱えていることに気付かずにいて、こういう状態になってしまったのだ。
「ついでに言うと、微妙に発音がよくない。だから、結び目を作れたとしても、こんな不格好な形になるんだ」
ガイが再び切り捨てた。
「最悪、こういう場合はこうすりゃいいんだ」
結び目の根っこ付近を人差し指と中指ではさむと、ガイはハサミで切るように紐を切る。もちろん、詠唱なしだ。
「こういうやり方、本当はかなりみっともないけどな。解けないって言ってるようなものだけど、この紐さえなくなればいいって時はこれが一番楽だし。ほら」
ガイが、ぽいっと何かをリルレイアに放った。彼女が作り続けた結び目の連なった部分だ。
結び目の団子の間隔がもう少しあって、さらに全体がもっと長くなれば、縄ばしごの代わり……くらいにはなるかも知れない。
「それを使って、結び目を解く練習しろ。自分が今まで唱えてた呪文が違うってわかったんだから、今度は逆をやればいいってわかる……よな?」
「は、はい……」
返事はするが、その表情を見ていると心許ない。
逆、つまり「ほどく」呪文を唱えればいいのだが……。
「ウコドー、だよ」
ヴィズが呪文を教えると、やっとリルレイアも「そうだったのか」と納得した顔になった。一応、知ってはいたらしい。
思い出せなかったことは問題だが、知っていたのならまだ救いはある。
「今日、俺が一期以上セレカティアにいるのかって聞いたら、一応って答えたよな?」
「うん……」
「さっき、この二人と話してたんだけど、修学部に五年いるのか?」
ガイの質問に、リルレイアはうつむきながらも小さくうなずいた。
彼らが食堂でしていた話題の中身に、やはり間違いはなかったようだ。
「三年でも五年でも、一期以上には違いないよね。リルは嘘をついてないぞ」
「ジン、そういう変なフォローはしなくていいって」
ガイがリルレイアに言ったように、これはほんの初歩的な魔法だ。それすらまともに解けないのであれば、認定されないのも当たり前。
それどころか、この様子だとまともな進級課題すらもできていないのではないか。話題にならなくなったのもよくわかる。
ライオストーンの子孫ということだが、こうなってくるとそれが真実かどうかも怪しくなってきた。
本当に、かの大魔法使いライオストーンの子孫なら。
ガイ達と同じく、修学期間最短の三年で正式な魔法使いとして認定され、今頃はこの三人と一緒に仕事をしていてもおかしくないはず。
そうなれば、リルレイアも竜の呼び名を持っていたかも知れない。竜の姫、とか何とか……。
現実からは程遠いが。
「今、どのクラスなんだ?」
「初級クラス……です」
リルレイアの答えを聞いて、ガイは「ああ、それで」と思った。
なぜ、あんな初歩の魔法に戸惑った顔をしていたのか、と不思議だったが、初級クラスなら、その人のレベルによってすぐにできたり、できなかったりする。
で、リルレイアは後者だった、という訳だ。
修学部のクラスは、六段階ある。
最初は「初心者クラス」から。進級すると「初級クラス」になり、中級1と2、上級1と2へ上がっていくのだが……。
五年もいて初級クラス、というのは、恐らくセレカティアどころか魔法使い協会全体でも初めてだと思われる。
「あのさ……本当に魔法使いになりたいと思ってる?」
「え?」
ガイの言葉に、リルレイアが顔を上げた。
「はっきり言うけど、あんたは魔法使いに向いてないと思う。初級クラス五年は長すぎる」
本当にはっきり言われ、リルレイアは悲しそうにくちびるをかむ。
「ガイ、そこまで言わなくてもいいんじゃないか?」
「だけど、ヴィズも……それに、ジンだって思ってるだろ。五年勉強して、この程度の魔法が解けないなんて奴、そういないぜ」
ガイと同時期に修学部へ入った見習い魔法使いは、ほとんどが正式に認定されているか、あと少しで、という者ばかり。
多少は時期がずれるものの、リルレイアも同期のようなもの。しかし、彼女程レベルの低い同期生はいない。
この年数を勉強に費やしても、初歩の魔法すらまともにできないとなれば……やはり「向いていない」としか言いようがなかった。
「いやな言い方だけど……先祖のプレッシャー?」
「ガイ、もう少しオブラートに包む言い方ってできない?」
ジンが、テーブルの下で軽く足を蹴ってくる。
「いいの。ライオストーンがあたしの先祖だってことは本当だし、そのくせあたしに魔法使いの才能がないのも本当だし」
「先祖がそうだったからって、子孫もそうあるべきだなんて決まっていないよ。人が進む道は、それぞれだからね。……リルレイアは何か別の目的があって、無理に魔法使いになろうとしているんじゃない?」
リルレイアは驚いた顔で、ヴィズを見た。
「どうしてわかるの?」
「ガイがさっき言ったけれど、今のきみを見る限り、確かにぼくもきみが魔法使いに向いているようには思えないんだよね。五年もすれば、本人だっていい加減その点については考えるようになるだろうし。かと言って、それでも絶対魔法使いになりたいんだ、という勢いみたいなものも、辞めようという意思もきみにはなさそうだしね。だとしたら、別の目的があるのかなって」
「あたし……ライオストーンの魔法書を見付けたいの」
これまでの会話の中で、一番はっきりとした声だった。
しかし、その内容を聞いて、三人は互いに顔を見合わせ、首をかしげる。
「よくわからないけど……図書館にある魔法書のこと……じゃないよな?」
魔法書や本人の著書など、ライオストーンが関わった本、彼について記された本は世の中に何百冊とある。
セレカティアの図書館については、ライオストーンが監修して発行された魔法書の全てが棚に並んでいるはずだ。
探したいなら図書館へ行けばいい、となりそうなものだが……さすがにそこまで単純な話ではないだろう。
「刊行されてない魔法書があるの。だけど、それがどこにあるのかわからなくて、お父さんやおじいさん達がずっと探してきたわ。それでも見付からなくて」
想像していたより、妙な展開になってきた。





