04.大魔法使い
ライオストーン・ロブラック。
魔法使いなら、誰もが知る大魔法使いだ。ここアムシーチェスの出身で、最初の魔法使い協会であるこのセレカティアを立ち上げた一人でもある。
今から二百年前の聖暦1326年に百二十歳で亡くなるまで、魔法使いの世界に大きく貢献した。現在でも、彼に憧れる魔法使いは多い。
その技の多彩さ、高度さについてはもちろんのこと。魔法書の編さんや監修、魔法道具の発明などにも、その名を残した。
セレカティアや他の魔法使い協会の図書館にも、彼が関わった魔法書や彼にまつわる著書が数多くある。
そんな大魔法使いの血筋である少女が、セレカティアの修学部へ入って来たのだ。
あの名高い魔法使いの子孫が、セレカティアへ来た。どれだけの大物になるだろう……などという噂が、しばらく飛び交っていたものだ。
が、これと言って、その後は何も騒がれるようなこともなく……。
「あれ? ちょっと待てよ。その子が入って来たのって、俺が修学部にいた頃だぜ。確か、俺が入って一期か二期くらい後で……」
リルレイアの話題が出た時、ガイも興味を覚えてこっそりと彼女のいる教室を覗きに行ったことがあった。
その子を見た時「何だ、まだ子どもじゃないか」などと思った覚えがある。
当時は自分も十二歳の子どもだ、ということはともかく。彼女は本当に小さくて華奢で、人形みたいだったのだ。
それはそれとして「大魔法使いの血筋だからって、そう簡単に負けるもんか」とガイは勝手にライバル心に燃え……。
思い返せば、それ以降は彼女の姿も話も頭から吹っ飛んで、ずっと鍛錬に励んでいた。
今、二人からその名前を聞くまで、ガイはリルレイアのことを完全に忘れていたのだ。
そう言えば、今日会った少女は、あの日に見た人形みたいな少女と同じ髪の色をしていたような気がする。
教室を覗いた時は少し遠目だったし、記憶もおぼろげではあるが。
「修学部で三年、仕事を始めて二年……。俺と同じ時期に入ったとして、もう五年だぜ。大魔法使いの子孫が、まだ修学部にいるのか? ライオストーンの子孫なら、四年もいれば認定されるだろ」
修学部の最短修行期間は三年。ガイ達のように、どれだけ優秀でもその期間は正式な魔法使いとして認定してもらえない。
三年は無理でも、ライオストーンの血筋であれば、すでに認定されて当然……と思ったガイだが、現実はそうではないようだ。
「そうじゃないから、みんなあえて話題にしないようにしているんだよ。大魔法使いの子孫が、五年もいるのに魔法使いになれないなんて、教師陣の教え方がまずいんじゃないかって話にもなりかねないからね。もしくは、わざと課題をクリアさせないでいるんじゃないか、とか」
ヴィズの説明に、ガイは首をかしげる。
「どうして、そんな話になるんだ? わざと認定しないようにして、誰にどんなメリットがあるんだよ」
「さぁ。そんなことをして誰かが得をするなんて、ぼくも思わないよ。ただ、そういう話が世間に広まると、修学部の権威も下がりかねないし、ひいてはセレカティア全体に響きかねない。今では、リルレイアの話はほとんど禁句みたいなものだよ。ぼくも、その後の話は全然知らないし」
辞めた、という話は聞いていない。だとすれば、まだリルレイアは修学部にいるはず。
本人が自主的に辞めるか、退会処分になるような規定違反でもしない限り、十年でも二十年でも在籍は可能だが、現在はどうなっているのやら。
「真実がどうあれ、大魔法使いの子孫ってだけで騒がれたら、当人には迷惑な話だよな。俺、普通の家に生まれてよかった」
誰がよくて誰が悪いにしろ、そういった大きな存在が自分の上にあると、本人の意思とは関係なく、色々な弊害が出てくる。気の毒な話だ。
自分達も「竜」という称号をもらい、それが重く感じる時がある。賞賛や尊敬はありがたいが、実力以上に評価されている気もしているから。
大きな存在。大きな称号。受け取る側は、大変だ。
「……なぁ、ジン。俺が話してた子、本当にリルレイアだったか?」
ふと思い出したことがあり、ガイはジンに確かめる。
「だと思うよ。オレも目の前で直接話したことがないから、絶対とは言えないけどさ。八割方、間違いないはず」
「だよな。ジンが女の顔を見間違うなんて、そうそうありえないだろうし」
「ガイ、人が聞いたら誤解するような言い方、しないでくれる?」
ジンの抗議など、ガイは全然聞いていない。
「俺、あの子が持ってた紙の束に、魔法をかけたんだ。軽く紐で束ねる奴。あの子、それを見てすっげー困った顔してた。困るような魔法、かけたつもりはないんだけど」
彼女がリルレイアだとすれば、修学部に五年いることになる。それなら、あんな初歩の魔法に戸惑うはずがない。
しかし、ジンが「あれはリルレイアだ」と言うなら、なぜ彼女はあんな表情になるのか。
ヴィズの情報と、ジンの情報がかみ合わない。
「あの……」
か細い声が、三人にかけられた。いや、正しくはガイに。
そこに立っていたのは、今まさに話題の中心人物。リルレイア……かも知れない少女だ。
「どうした? こんな所まで来て」
ここは、職務部に勤める人間が利用する食堂。職務部の棟の中にあり、遅くまで仕事をする人もいるので、開いている時間が長いのだ。
修学部の食堂は修学部の棟にちゃんと別にあり、見習い魔法使いがここへ来ることはない。
しかし、彼女が来ているということは、時間的にガイがいるのではないかと考えて、探しに来たのだろう。
つまり、どうしてもガイに会いたかったのだ。
「やっぱり……解けません」
一瞬、何のことかと思ったが、彼女が抱き締めるようにして持っている紙の束を見て、すぐにガイは彼女が言わんとすることを悟った。
紙の束には、あの時ガイがかけた魔法の紐がかかったまま。彼女は「この魔法が解けない」と訴えに来たのだ。
「なぁ、あんたの名前、聞いていい?」
「……リルレイア・ロブラック、です」
消え入りそうな声だったが、三人はしっかり聞き取った。
彼女は間違いなく話題の主で、ライオストーンの子孫だったのだ。
それならそれで、ガイはまた首をかしげることになる。
「俺、そんなに難しい魔法をかけた覚えはないんだけど。ちゃんと自分で解く努力はしたか?」
「しました。でも、やればやるほど、紐がこんがらがっちゃって」
「こんがらがる?」
リルレイアがガイに見せた紙の束。そこにかけられた魔法の紐の結び目は、ガイが魔法をかけた時とはまるで違う様相を見せていた。
紙の中央にある結び目が団子状に連なり、それだけで紐がかけられた紙より長くなっている。
彼女が抱き締めるように持っていたのは、失わないようにと言うよりは、この結び目を人に見せたくないからなのだ。
「もう収拾がつかなくなっちゃって……」
最初はもちろん、自分で努力した。しかし、結び目はほどけるどころか増える一方。
それを解こうとして、さらに悪循環におちいってしまう。
もう誰かに「解いて」と頼むことすら恥ずかしい。だが、このままでは困る。
この紐を解かない限り、紙はこの束から一枚すらも抜き取ることができないのだ。そのための、魔法の紐なのだから。
いっそ、これが普通の紐だったら、はさみで切ることができる。しかし、魔法の紐だから、普通の刃物では切れないのだ。
もう恥も外聞もない。リルレイアは最初にこの魔法をかけたガイに頼もうと、あちこち探し回ってここへたどり着いたのだ。
「ちょっと場所を変えようか。人の目もあるしね」
ヴィズがうながした。
普段ならここへ来ることのない修学部の見習い魔法使いがいて、しかも竜の三兄弟と話をしている。(実際には、ガイとしか会話していないが)
これでは「何をしているんだろう」と周囲の目が集まるのは仕方ないことだ。そんな中で、ゆっくり話していられないだろう。
ここはヴィズが言うように、場所を変えた方がいい。
三人はテーブルを立ち、リルレイアをともなって食堂を後にした。





