08.クレーム
次の日の金曜日。
授業が終わってから、リルレイアは図書館へ向かった。
ジンと話した後、ガイからの通信は入って来なかったので会えるはずだが、図書館に彼の姿はまだなかった。
予定が変わって、まだセレカティアへ戻って来られなかったのかな。朝、家を出る時にもひよこを見たけど、光ってなかった。だから、寝てる間に連絡は入ってないわよね。
ってことは、予定通り図書館で待ち合わせ、のはずだけど。授業が終わってすぐに来たから、あたしの方が少し早かったってことかしら。
あれこれ考えても、図書館にガイの姿はないのだから、来るのを待つしかなかった。
入口から見えやすい席に座ったものの、ただぼんやり待つのも時間がもったいない。それなら、本当は昨日探すはずだった魔法書を探して、少しでも通信魔法の勉強をしようと思い立った。
そういう魔法書って、確かあっちの棚だったはず……。
リルレイアが席を立ち、目指す魔法書の置かれた方へ歩き出そうとした時。
「ちょっと、リルレイア」
後ろから呼ばれ、リルレイアは振り返った。
そこには、リルレイアと同じ頃に修学部へ入り、そこそこ順調にレベルアップしていった元クラスメイトのコリーヌが立っている。
他にも、見覚えがあったりなかったりの女子が四人。
リルレイアの思い過ごしでなければ、ちょっと緊迫した空気が漂っていた。
「コリーヌ……久しぶりね。どうしたの?」
なるたけ平静を装って、尋ねてみる。
「聞きたいことがあるんだけど。あなた、最近やたら竜達に近付いてない?」
「え……あの……」
コリーヌの言葉に、リルレイアは「来るべきものが来た」ような気がした。
ディーナが「公認ではないが、竜のファンクラブがある」と話していたし、門の付近でガイと話をする姿は、他の生徒達も見ているはず。
この前ガイと一緒に帰ったところを見られてもいるようだし、それを知った竜のファンが不愉快に思っても仕方がない。
こうして文句を言いに来たとしても。
しかし、抗議に来られた時にどう対処するか、のシミュレーションまではしていなかった。
「二、三日前にあなた、黒の竜と一緒に歩いてたそうじゃない。それだけじゃないわ。昨日は、銀の竜と一緒にいたって言うじゃない。金の竜とも、話をしてるのを見たって子もいるのよ。竜の三兄弟に手を出すなんて、どういうことなの」
「どういうって言われても……」
手を出す、という表現もいかがなものか。
ライオストーンの魔法書については、別に隠すべき内容ではない。だが、内容など、それこそ問題ではないのだ。
彼女達にとっては「竜の三人が、リルレイアとやけに関わっている」という点が面白くないのだから。
ここで正直に話をしても、火に油を注ぐだけでしかない。どういうことかと聞いておきながら、そんなことはどうでもいい、とスルーされそうな気もする。
「万年ビリの見習いが、セレカティアのトップレベルの魔法使いに媚びを売ったって、上達しないものはしないのよ。少しは自分の立場をわきまえなさいよね」
「万年ビリじゃないもん」
コリーヌはリルレイアと同じ年だが、ディーナのように仲よくはない。
胸まで真っ直ぐに伸びた黒髪に、ややつり気味の黒い瞳。スタイルがよく、美人の部類に入る子だ。今のように迫られると、かなり圧力を感じる。
だが、彼女から「万年ビリ」などと見下されるいわれはなかった。
確かに、リルレイアは実技の成績はよくないものの、ペーパーテストではそれなりに点が取れている。なので、総合成績では中の下くらい。
もっとも、魔法使いとなるには実技が絶対的に不可欠なので、下の下レベルのクラスから上がれないのだ。
とにかく、クラスは低くても、万年ビリではない。たまに自分をおとしめて言う時があるものの、事実ではないのだ。
「何よ、言い返す気? 五年もいて、まだ一つしか進級できてないじゃない。万年ビリって言われても、当然よ。そんな子が竜と付き合おうなんて、身の程知らずもいいところだわ」
気が付くと、リルレイアは五人に囲まれた状態になっていた。
コリーヌにずいっと迫られて、尻餅をついたと思ったら、さっきまで座っていたイスに座り込んでしまっている。これでは、ますます逃げられない。
黒い目力のある顔をずいっと寄せ、コリーヌはリルレイアを睨み付ける。
「何を考えて竜に近付いてるのか知らないけど、もう少し自分の実力を自覚して行動するのね。だいたい、あんたなんかが相手にされると思ってるの?」
コリーヌの最後のセリフに、他の女子達がくすくす笑う。明らかに、嘲笑。
彼女達は、コリーヌの取り巻きだろうか。みんな、見た目が似たようなタイプばかりだ。
「じゃ、コリーヌは相手にされてるの?」
言われたままは悔しいので、負けずに言い返す。リルレイアの言葉に、コリーヌの顔色が変わった。
「な、何よ。あんたなんて、どうせライオストーンの名前を出して、竜に近付いたんでしょ。それ以外で、どうして竜があんたなんかに興味を持つのよ」
それについては、反論できない。確かに、魔法書探しの話をする時に、ライオストーンの名前を出してしまった。
その前から彼らは、リルレイアはライオストーンの子孫だ、ということを知っていたようだが。
興味を持つ、と言うのであれば、三人の興味はリルレイアではなく、ライオストーンの魔法書だ。リルレイアは窓口のようなもの。
それを言ったところで「何だ、そうなの」とはならないだろうが。
「大魔法使いの子孫のくせに、まともな魔法もできないじゃない。偉大なご先祖様も、子孫の才能のなさに嘆いてるわよ。実際は直系どころか、親戚かも怪しいもんだわ。本当は、どこかでもらわれて来たんじゃないの?」
そういう類の悪口雑言は、聞き慣れている。
今のようにはっきり言われたこともあるし、陰でならもっと。
本人がいないと思ってみんな好き勝手に言ってくれるのだが、そういう時に限って近くを通りかかったりするのだ。
「コリーヌって、少なくともあたしより頭も腕もよくて、上のクラスに進級したんでしょ? だけど、悪口のレベルは低級みたいね。どうせなら言い尽くされた言葉より、他の人が言わないようなことを言ってみれば?」
「なっ……」
けろりと言い返され、コリーヌの顔がかっと赤くなった。自分よりずっと下だと思っている相手からバカにされ、血が上ったのだろう。
「何よっ。あんたみたいな子がまとわりついたら、竜の迷惑になるわ。仕事の邪魔になるでしょ」
その点については、リルレイアも何度悩んだかわからない。
だが、魔法書探しは彼らの意思でやっているのだ。仕事に支障が出ているのでもない。(たぶん)
それを部外者であるコリーヌから、どうこう言われる筋合いではなかった。
リルレイアが言い返そうとした時。
「ここは図書館だ。静かにしろ」
低い声でいさめられた。
コリーヌ達が振り返り、息を飲んでその場に固まる。注意したのは、今まさに話に出ていたガイだったのだ。
偉そうに竜がどうこう言っていたコリーヌだが、その姿を見て硬直状態になっている。
「大きな声を出したら、周りに迷惑だろ」
「す、すみません……」
ガイに会うまでのリルレイアと同じく、コリーヌ達も竜を遠くから見ることはあっても、ここまで間近に会う機会などない。
それが、手を伸ばせば触れられる位置にいて、平常心でいられるはずがなかった。憧れが強すぎれば、恐怖心にも近くなる。
しかも、今はリルレイアの初対面の時とは違い、見た限りだと相手の機嫌はよいとは言えない。
「何が気に入らないのか、知らないけど」
静かなガイの言葉に、コリーヌの肩が震えた。
リルレイアに言い返されて興奮し、つい大きな声になっていたのだ。周りにも、何を言っていたかは聞こえていたはず。
当然、ガイにも。
「俺達がこいつと関わってるのは、今やってる作業で必要だからだ。こいつに絡んで、作業の妨害をしないでほしい」
「は、はい……」
さっき、コリーヌの口から「仕事の邪魔になる」という言葉が出た。
しかし、実際には「自分が邪魔をしている」と思い知らされたのだ。





