07.日記の内容
その日の夜。
家に帰ってから、リルレイアは父の部屋へ入った。父の部屋、つまりはライオストーンの部屋である。
図書館でジンが「竜と会ったことはない」と話していた。彼だけでなく、セレカティアの魔法使いに竜と出会った人はいない、と。
今回の栞にあった「竜の血」という言葉が出た時、ガイも「会ったことがない」と話していたはずだ。ヴィズは何も言わなかったが、会ったことがあれば言っているだろう。
その時、ライオストーンの伝記に「竜に会ったことがある」とあった、とヴィズは話していたはず。
伝記は本棚、もしくは地下書庫のどこかにあるだろう。でも、今は探す余裕がないし、本が見付かったところでどの辺りに載っているかを探すのは時間がかかる。
例の日記になら、竜と出会ったことを書いているのでは。
本人の体験だし、一番詳しく書かれているはず、と考え、リルレイアは日記が入っている机の引き出しを開けた。
深く暗い緑色の革が表紙になっているノート。これがライオストーンの日記だ。くせがついているので、すぐに一番最後に書かれたページが開く。
だが、ここに竜のことは書かれていないと知っているので、リルレイアは最初のページから順に素早くめくっていった。
父のサンシュコートやそれ以前に魔法書を探していた人達は、日記の最後のページを気にしていたようなので、リルレイアも何度かそのページを読んでいる。
例の「見えぬものを……」と書かれているページだ。
しかし、他のページは今までほとんど読んだことがなかった。どこに大切なことが書かれているかもわからないのに、我ながらずいぶんといい加減な探し方をしていたものだ、と反省する。
ライオストーンの日記は、日々の行動や考えのあれこれが細かく綴られている、というものではないようだ。
大きなイベントや会議など、彼が特記しておこうと思ったものが簡潔に書かれている程度のもの。しかも、かなり細かい字だ。
七十代頃にもなると、さすがに目が悪くなってきたのか、少し大きな字になっていた。それでも、一日分がノートの半分にも満たないものが多い。五ページくらいしか書いていない年もある。
だいたい一センツくらいの厚みがあるノート。だが、紙が薄いためにページ数は多い。
そのため、彼が十八歳から書き始めて百二十歳で他界するまでを、この一冊で十分にまかなえていた。
ざっと見た限り、どこの街でどんなイベントがあり、自分がどういう立場で出席したか、ということがざっくり書かれている日が多い。
そういったものは、だいたいが似たような行数で書かれていたので、時間に余裕ができた時にちゃんと読もう、と思いながらさっさと飛ばしていく。
「この日記が自分の思いをつらつらと書いてるようなものでなくて、その点はよかったかも。いくら自分が死んだ後でも、こんなことを考えていたのか、なんて知られるのって恥ずかしいわよね。それも、不特定多数の人に読まれるなんて」
先祖とは言え、他人の日記を読む、という罪悪感にちょっとさいなまれながら、リルレイアは斜め読みをしながらページをめくる。
結婚した時、子どもや孫が生まれた時などはさすがにあれこれとその時の気持ちを綴っているようだ。
なので、リルレイアはそういった長めの文章が書かれている日に的を絞ることにした。
ライオストーンがどんなにすごい魔法使いでも、竜と出会ったことは単なるイベントと同列にはしないはずだ。
そして……思った通り、竜と出会った日について書かれたページが見付かった。
日付は聖暦1239年の七月。ライオストーンが三十三歳の頃だ。
「え……これだけなのぉ~?」
他の日よりは長いものの、えらくあっさりと書かれていた。
「シャーメイの山で、火の竜に出会った。こちらが先に名乗り、魔法使いであることを告げたが、竜はこちらにあまり関心がない。名前は教えてくれたが、問いかけても五つのうち一つ答えてもらう程度。もっと親交を深めたいとは思ったが、相手にその気はまるでなく、次に会ったとしても話しかけないでくれ、という言葉だけを残して飛び去った」
この日の内容は、ここまでだ。
これでわかるのは、会った日と場所、竜の属性とその竜が人嫌いのようだ、ということくらい。
もう少し有力な情報が得られると思ったリルレイアは、これを読んでがっかりした。
「他にはないかしら。竜じゃなくても、珍しい妖精や魔物とか……」
そう思ってさらにページをめくるうち、また竜と出会ったことが書かれている日が出て来た。
「え、二回目?」
さっきよりは長い。ただ、この内容がどこまで参考になるかは、怪しいところ。
メモ用紙で即席の栞を作ると、さっきのページとそのページにはさみ、さらに探してみたが、竜に関して書かれた日はもうなかった。
「あたしじゃ、何も判断できないな。……聞いてみよっと」
リルレイアはライオストーンの日記を持って、自分の部屋へ戻った。
さっき見付けたページを机の上に広げ、端に置かれているひよこを手に取る。
「で、できるわよね。ガイにだって、できたんだもん」
一つ、大きく深呼吸。
「つながってね。レアガヌット ジン」
リルレイアは、通信魔法の呪文を唱えた。どきどきしながら、相手が出てくれるのを待った。
「はい、こちらジン。……もしかして、リル?」
「うん、リルレイアよ。よかったぁ、ジンにもちゃんと通じて」
「きれいに通じてるよ、リル。これだけはっきり通じれば、何も問題ないね」
少なくとも、通信魔法についてはできるようになった、と思っていいだろうか。
「うん、こっちにもジンの声がしっかり聞こえるわ。あの、さっきは送ってもらってありがとう」
「そう義理堅くしなくていいよ。まさか、それだけのために連絡をくれたってことはないよね。何か見付けたのかい?」
魔法が通じた、というだけで力が抜けそうになるが、ジンの問いでリルレイアは背筋を伸ばす。
「えっと、参考になるかどうかわかんないけど。ライオストーンの日記を調べてたら、彼が竜に会ってたってことが書かれてたの。竜の血とは違うけど、何か情報の足しになるかなって思って。あたしじゃ、判断できないから」
「さすがライオストーンだな。本当に竜に会ってたんだ」
「うん。大雑把だけど日記を読んだ限り、二回会ってるみたいよ」
「二回?」
それにはジンも驚いたようだ。
「あまり細かくは書かれてないんだけど、見てもらえる?」
「わかった……っと言っても、明日は無理だな。朝から出るんだ。たぶん、リルの授業が終わる頃に帰るのは無理だろうし、ヴィズもイロードの街へ行くから……ガイに言っておくよ。あいつ、明日の昼くらいにはセレカティアへ戻って来るはずだから」
「うん……あの、そんなに急がなくてもいいのよ。みんな、仕事で大変なんだから」
今、ちょっと話を聞いただけでも忙しそうで、申し訳ない。
情報になりそうだから、と喜んで連絡をしたが、彼らはリルレイアのようにすぐ動ける訳ではないのだ。
「それはそうなんだけどさ。そういう話を聞くと、やっぱり気になるしね。ガイには、オレから連絡しておくよ。もし無理なようなら、あいつから連絡するように言っておくから。待ち合わせは、図書館でいいかな」
「いいわ。じゃあ、ガイから何も連絡がなければ、そのまま図書館へ日記を持って行けばいいのね」
「そういうこと。あ……その日記、外へ持ち出してもいいの?」
「ダメって言われてないもん。お母さんは何も言わないって、わかってるし」
母のエルサリアは、魔法関連に何も興味がない。当然、ライオストーンの魔法書にも興味がない。
娘がしていることは多少なりとも気にしているようだが、一切口を出すことはないので、ライオストーンの日記を持ち出したところで叱られることはないはずだ。
それを聞いて、ジンも安心したようだ。
明日は図書館でガイと会う、という話にまとまって、通信を終える。
最後にジンは「通信魔法、うまくできてるよ」と、もう一度ほめてくれた。
その言葉に気をよくしながら、リルレイアは日記をカバンへ放り込み、ベッドにもぐり込んだ。





