06.辞典では
「よかった。あたし、もう少し通信魔法を勉強して、みんなが遠い街へ行っても話ができるようにしたいって思ったの。今日図書館へ来たのは、そのため」
「そうだったんだ。勉強熱心なのは、いいことだよ。それにしても……ガイが魔法を教えたり、人をほめたりできるなんてなぁ」
「そう? もっと自信を持って練習しろって、叱咤激励されたわ」
「ふぅん。あいつ、人は人、やる気のない奴は放っておけってタイプだったんだけどなぁ。やっぱりかわいい女の子相手だと、変わるのか」
「……えっと、時間がもったいないから、早くやりましょうか」
赤くなったリルレイアのあからさまな話題転換だったが、ジンは特に突っ込むことはせずに笑っていた。
二人して「何か手応えのある情報がないか」と様々な本のページをめくってみたが「これは!」と思うようなものは出て来ない。
「竜については、習った時と大きな違いはないね。一応『竜の血』の項目もあったけど」
「え、竜の血があったの?」
ジンが調べていたのは、リルレイアが見ていた辞書よりも分厚く、文字も小さいもの。いわゆる「大辞典」と呼ばれる類のものだ。
やはり、厚みがある分だけ内容も濃くなる。
それにしても「竜の血」という項目があるなんて、思わなかった。
「ここにね。読んでみるかい」
ジンに辞書を差し出され、リルレイアは彼が指差した項目を読んでみた。
[竜の血]
竜は強固な鱗で身体が覆われているため、血を流すことはほとんどないと考えられている。しかし、鱗と鱗の間に人間が作った鉄の剣が刺さり、出血しているのを見たという報告が過去に存在している。その血を結晶化させた物はそれを持つ者の魔力を増大させる効果があったとされるが、この件に関しては文書として正式な記録に残っておらず、現物も存在しないことから噂や作り話といった範疇から出ることがない。
「本当に、言葉のままって感じね」
竜が流した血だから、竜の血。
「うん。何もひねりがない。ここにある文章を読む限り、剣でケガをした竜を見た人がいましたって言ってるだけにも思えるしね。血そのものについては、噂話ってことになってるし。結晶化した血があるのか、ないのか」
「辞書の中にありませんって書かれてる物が、あたしの家にあるはずないわね」
「これを読むだけでは、結晶化した物があったとして、どんな形や大きさかもわからないから、探すのは難しいよ。あと、こっちの辞書には、こんなのが載ってた」
今読んだ辞書より薄いが、それでも十分厚みのある辞書をまたジンが差し出した。
[竜の血]
紅玉やその他の赤い宝石、結晶などがこのように呼ばれる場合がある。
「え、これだけ? 赤かったら何でもあり、みたいじゃない」
仮にも辞書と呼ばれる書籍に書かれている内容が、こんな程度でいいのだろうか。
驚くと同時に、あきれてしまう。
「赤い石なら、家中を探せば見付かりそうではあるよね」
「うん。ライオストーンの机か棚の引き出しにでも入ってそう」
ただし、それが「竜の血」と呼ばれるような代物かは別である。
「竜については、何て書かれてるの?」
「上の方に、項目があるよ」
リルレイアは、分厚い方の辞書に目を戻した。
[竜]
地上で一番強大な魔力を持つ生物。これまでに火竜、水竜、地竜、風竜の存在が確認されているが、これらの生物が人間の前に姿を見せることは少ない。人跡未踏の地に棲む、と伝えられているが、確認はされていない。人間の前に現れる場合は、住処から遠く離れている場合とされる。
「思ったより、情報が少ないのね。もっと色々書かれていると思ってたわ」
「未確認の情報がほとんどらしいから。書く側としても、推測ばかりを並べられないんだよ。実際、竜に出会った人間は少ないからね」
「そっかぁ。ジンは?」
「残念ながら、ね。オレも会ってみたいとは思うけど。今のセレカティアには、竜に会った魔法使いはいないんだ。こういうことは自己申告だから、真相はわからないけどね。昔の魔法使いも、そうだと思うよ」
竜と出会った人がいたとしても、それをうちに秘められては話が聞けない。何とも残念な話である。
リルレイアは、もう一冊の辞書も読んでみた。今の辞書より、簡略化された説明が並んでいる。それとは別の解説も、少し載っていた。
[竜]
魔力の強い、もしくは魔法の技に優れている者を称賛する時に使う呼び名。竜の前に土地名、その者の髪や瞳の色を足して呼ばれることが多い。
「これってつまり、ジン達のことが書いてあるのね」
「だけど、今回はあまり関連がなさそうなんだよなあ」
ライオストーンが生きていた頃には、魔法使いを「竜」と呼ぶ習慣はなかった。なので、栞の言葉である「竜の血」には関係がないことになる。
そもそも、ライオストーンが人の血を使うことはないだろう。
他にも、魔法道具に関して書かれている本も探してみた。
現在にはなくても、ライオストーンが生きていた頃にはそういった名前の道具が存在していたかも知れない。
しかし、それらしい物は見付けられなかった。
「昔はあったけど今はないって、探しにくいね。逆なら、まだ楽だけど。昔はなかったが、いついつに開発されてどうって感じで、解説が書かれていそうだけど……」
魔法や魔法道具の歴史について書かれた本もめくってみたが、竜の血についての記述はほとんどない。あっても、さっき読んだ辞書と大差なかった。
「ライオストーン存命中の本を調べるなら、リルの家の地下書庫を探ってみた方がずっと早いかも知れないね。あそこ、彼が生きてた頃に刊行された本が置いてあるんだろ?」
「……って聞いてるわ。あたし、あそこの本をまともに見たことがないし」
地下書庫の本を見て、目を輝かせていたヴィズ。表紙が見付かった後、三冊程借りて帰ったが、彼も他にどんな本があるかはさすがにまだ把握していないだろう。
「今度は、あの書庫のリストを作った方がいいかしら」
次々に、リストアップの必要が出て来る。だが、あの書庫はかなりの難関だ。
「そうだね。そのうち、必要になってくるかも知れないし。魔法書と関係なく、どういう蔵書があるかはわかっていた方がいいかもね。やるとなれば、本のタイトルと著者、発行年月日くらいは把握しておくべきかな。だけど、それをする時はみんなでやろう。リル一人じゃ無理だ。勉強も家の用事もあるし、空き時間にやろうと思ったら、間違いなく月単位で時間がかかるよ」
「うん。本当にそれくらいかかりそう」
そう言ってもらえて、リルレイアも安心する。書庫にあるのは、十冊や二十冊の本ではないのだ。
「あっと……オレとしたことが」
「何、どうしたの?」
「女の子を遅くまで付き合わせちゃったね。すっかり暗くなってる」
言われてリルレイアが振り返り、窓の外を見ると、空は完全に夜の色。図書館を見回せば、残っている人間は本当にごくわずかだ。
「あたしは構わないわ。きっと一人でやっていても、近い時間になってたと思うもん」
珍しくやる気で図書館へ来たのだ、あれこれ魔法書を探していれば、似たような頃合いになっていただろう。
「送って行くよ」
「い、いいわ。街灯のない道を歩く訳じゃないもん。ジンは仕事の合間に、こういうことをしてくれてるんでしょ?」
「それはそれ、これはこれだよ。一人で帰らせて、万が一にもリルに何かあったりしたら、悔やんでも悔やみきれないからね」
「ジンってば、考えすぎよぉ。これくらい、よくあることだもん」
補習があったりすれば、冬なら今よりもう少し早い時間でもこんな暗さになる。その中を家に向かうのは、リルレイアにとって珍しいことではない。
「オレの目の前で、知り合いの女の子が夜道を一人で歩くなんて、考えられないよ」
ジンは机の上に積まれた本を、軽く指を鳴らすだけで戻してしまう。
「さ、行こうか」
彼にリルレイアを一人で帰す気など、まるっきりないようだ。
たまには……こういうことがあってもいっか。
この前もガイに送ってもらったが、こんなことが続くなんて滅多にないことだから、とリルレイアはジンの厚意に甘えることにした。





