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魔法使いの魔法書  作者: 碧衣 奈美
第三章 竜の血

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05.魔法は面白い

 少し会話を交わしているうちに、ひよこを握っていたリルレイアの手から次第に力が抜けてきた。ただ、その手はかすかに震えている。

 これまで、七割以上は失敗に終わっていた魔法。

 それが、習ったばかりにも関わらず、こうも支障なくできたことで、リルレイアは自分自身に感動していた。

「どういたしまして。……魔法って、面白いだろ?」

「え?」

「昨日は、かなりくらーい顔でやってたけどな。リルレイアはさ、たぶん失敗が重なって、どんどん自信をなくしたんじゃないかと思う。けど、もっとうまくいった時のことを考えた方がいいぜ。そうすれば、もっと面白いって思えるはずだ。実際、面白いんだから。呪文を唱えるのはもちろんだけど、魔法はイメージの強さでも変わるんだ」

「……うん」

 うまくいって嬉しい、という気持ちと同時に、ガイが言うように「面白い」という気持ちも確かに芽生えた。

 何と言おうか……気持ちがいい。

 五年も魔法を習い続けているが、こんな気持ちは初めてだ。

「あと、正攻法を持ち出すなら、とにかく練習しろ。リルレイアの場合は圧倒的な練習不足だ。才能がない、自信がないなんて言ってる時間があるなら、一つでも呪文を詠唱しろ」

「あは……はーい」

 しっかり見抜かれている。

 面白いと思えなかったのだから、練習に身が入るはずがない。だからいつまでもできないまま、という負のスパイラルにおちいっていたのだ。

 それに、ガイのようにずっと付きっきりで練習に付き合ってくれる人もいなかった。

 一人ではすぐにへこたれてしまうリルレイアには、ガイのように厳しく教えてくれる人が必要だったのかも知れない。

 ディーナは、竜に教えてもらえるなんて最高だ、と言った。周りからすれば確かに最高だろうし、その竜が長時間特訓してくれたなんて、想像もできないだろう。

 それを思えば「あたし、恵まれてるんだな」と感謝できる。

「あの……ガイ。昨日は遅くまで一緒にいてくれて、ありがとう」

 さっきの礼は、わざわざ確認してくれたことに対するもの。

 考えてみれば、この通信魔法を教えてもらった礼を、まだちゃんと言っていなかったのだ。

「え……あ、別にいいよ、そんな礼なんて。必要なことなんだし」

 リルレイアが真面目に言ったせいか、ガイも戸惑っているような口調になる。

 姿が目の前になくても声に神経が集中するせいか、その口調で彼が今どんな顔をしているのかわかる気がした。

 たぶん、今は照れくさそうな表情をしている。

「じゃ、またな。何か思い付いたら、連絡入れる。二人も何かあれば、だいたい今くらいの時間に言ってくるはずだ。あ、だからって、ずっと待機してる必要はないぞ。昨日も言ったよな。連絡が入った時に出られなかった場合は、ひよこが点滅するって」

「うん、ちゃんと聞いたよ」

 通信が入っても、受け取れない時は多々ある。その時は、ひよこがゆっくり点滅を繰り返すのだ。

 もっとも、これは超初心者用なので、誰から連絡が来たのかまではわからない。用があればまた連絡してくるだろう、という心構えができる程度だ。

 リルレイアの場合、連絡してくるのは三人しかいないので、気になれば順にこちらから連絡を入れればいい。そう多くの時間はかからないだろう。

「ガイは今、どこにいるの?」

「隣町のイック。だから、そのひよこでもちゃんと話ができるんだ」

「そっか」

 よその町ということは、仕事ということ。今日はもう終わったのかも知れないが、そんな中でもこうして連絡をくれていたのだ。

「お仕事、大変ね」

「そうでもないぜ。明日中には、楽勝で片付きそうだしな」

「ガイってば、前にもそんなこと言ってたわよ。ちゃっちゃと片付ける、とか何とか」

「そうか? どうせなら、夜は自分のベッドでゆっくり寝たいからな。それには、ちゃっちゃと片付けるに限るだろ」

「そうね」

 思わず笑みがこぼれる。遊びたいから、急いで宿題をする子どもみたいだ。

「でも、あんまり無理しないでね」

「ああ。もっとも、無理したくてもできるような内容じゃないからな」

 それは、竜と呼ばれるようなレベルの魔法使いだからだろう。

 その自信を分けてもらいたい、とつくづく思う。

「それじゃ、あたしも何か見付けられたら連絡するね」

「ああ、待ってるぜ」

 お互いに「おやすみ」と言って、通信魔法を終える。

 待ってる、か。待っててくれるんだ。……わ、やだ、どうしよう。すんごく顔が熱いんだけど。

 魔法がうまくいったと喜んでいた時より、今の方がずっとどきどきしている。

 リルレイアは元の置物に戻ったひよこを、壊れ物を扱うようにそっと両手で包み込んだ。

☆☆☆

 次の日の木曜日。リルレイアは、放課後に図書館へ足を向けた。

 今更だが、もう少し通信魔法を知っておこう、と思ったのだ。

 今は超初心者用のひよこだが、せめて初心者用の「普通の鳥」くらいにまでレベルを上げたい。

 水晶は……レベルが高すぎるので、もう少し先にするとして。

「……あら?」

 目的の本を探そうと奥の棚へ向かうと、見覚えのある後ろ姿が見えた。

 銀色の長く真っ直ぐな髪がゆったりと一つにまとめられ、背中に流れている。いつもはまとめずそのまま流しているが、あれは確かにジンだ。

 リルレイアは、すぐにそちらへ向かった。

「ジン?」

「ああ、リル。今日の授業は終わったの?」

 図書館の中なので、どちらも小声だ。

「うん。何か探してるの?」

「例のあれについて、ね。まずは素直に、言葉通りの意味から探ってみようと思って」

 それを聞いて、竜達は本当に熱心だなぁ、と心底思う。

 仕事もあるし、プライベートの用事だってそれぞれあるだろうに。三人で連絡を取り合って話をしているようだし、少しの時間を見付けてはこうやって魔法書の謎を探っているのだ。

「ここにありそう?」

 ジンがいたのは、魔法用語辞典が並んでいる棚の前だ。魔法や魔法道具などで使われる、言葉の解説が載っている。

「少なくとも『竜』は載ってるからね。派生語の中に、有益な言葉が記載されてるかも知れないよ」

 二人して竜の項目が載っている辞典を数冊取り出し、二人用のテーブルを陣取った。向かい合わせで座り、それぞれページをめくり出す。

 こんな真剣に辞典と向き合ったのは、たぶん初めてだ。授業でわからない言葉があった時に調べることはあるが、さらっと読んでわかったつもりになっていたような気がする。

「あ、リルは別の用事で来てたんじゃないの? こっちはオレがやるよ」

 当たり前のように二人で辞典をめくっていたが、リルレイアが図書館へ来たのは別件では、と遅ればせながらジンは気付いた。

「いいの。今日じゃなきゃいけないってことはないもん。そうだ、あのね」

 リルレイアは、通信魔法を使って昨夜ガイと会話ができたことをジンに伝えた。

 ガイに教わったことは知っているだろうが、ちゃんと成功したことを報告したかったのだ。

「嬉しそうだね、リル」

「え、そうかしら」

「うん。いい顔してるよ」

 顔を見ながら真っ直ぐほめられ、リルレイアの頬に朱が走る。

「その気持ちを忘れなければ、必ず次に続くからね」

「あ、それ……ガイも似たようなこと、言ってたわ」

 うまくいった時のことを考えれば、面白いと思える、と。

 続ければ、うまくいけば。嬉しくなるし、面白くなるのだ。

「それは残念。先を越されたか」

 本当に残念そうな顔をするジンを見て、リルレイアはくすくす笑う。

「それじゃ、オレが連絡を入れれば、リルと話ができるんだね」

「うん。あたしがもらったのは超初心者用だから、あまり遠くからだと難しいみたいだけど。どれくらいまでなら、ちゃんと通じるのかしら」

「アムシーチェスを中心にして隣接する町なら、だいたい通じるよ。それに、遠くてリルからは通じなくても、オレ達の方からなら通じさせることは可能だしね。ただ、その場合はリルの声は届かなくて、オレ達の声だけが聞こえるっていう一方通行になるけど。そうなったら、近くにいる誰かを経由して伝言を頼むってこともできる。どうしても急ぎだって時は、どうとでもできるよ」

 それを聞いて、リルレイアは安心した。

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