04.期待されて
「夜に歩いてたっていうのは、たぶん帰る時のことだと思う。遅くなったから、ガイが家の前まで送ってくれたの」
「えー、竜に送ってもらったんだぁ」
ディーナはかろうじて声のトーンを落としてくれているが、その瞳は興味津々だ。
「あの、ディーナ。本当に魔法の特訓をしてから、送ってもらっただけだからね」
「あら、つまんない」
「つまんないって……」
ディーナの返しに、リルレイアは拍子抜けする。
「だって、数時間を二人きりですごした訳でしょ? それで何もないなんて、つまんないじゃない」
何かあったらあったで、これまた周囲から色々と言われるのだろう。
「だけど、いいわねぇ。竜に直接魔法を教えてもらえるなんて、最高じゃない」
最高……だろうか。確かに、憧れや尊敬の念を抱く相手から教えてもらえるのは、この上ない幸せな状況、と言えるのだろう。
ディーナが期待したように、ずっと一緒にいればいい雰囲気になって……ということもありえる、かも知れない。
ただ、怒鳴られることはなかったが、何度も「もう一回」と言われるのは、かなり怖かった。静かに言われると、なおさら。
「それで、特訓の成果はどうなの? できるようになった?」
「どうにか。でも、一人ではまだ試してないから、いざ使おうとしたらまた失敗するかも」
帰ってからも、今朝セレカティアへ来るまでも、復習する時間も体力もなかった。なので、確認ができない。
「何言ってるの。夜遅くまで付き合ってくれた竜の苦労は、どうなるのよ。それで失敗してたら、俺が特訓に使った時間を返せって言われるわよ」
ヴィズやジンならともかく、ガイなら言いそうだ。
しかし、ディーナの言う通りでもある。
リルレイアも疲れたが、教える方のガイだってそれなりに疲れているはずだ。それでも、彼は根気よく付き合ってくれていた。
休憩は時々挟んだが、四時間前後はかかっているはず。
帰り道で明日、つまり今日は「三人ともが仕事でいない」と言っていたから、ガイは今日仕事なのだ。眠くても、リルレイアのように授業中につい、という訳にはいかない。
もっとも、リルレイア程の疲労感はないだろうが……。
「通信魔法って、水晶を使うあれ……じゃないわね。鳥とか?」
リルレイアのレベルでは「水晶を使っての魔法は無理」とディーナも判断したのだろう。
「うん、超初心者用の魔法道具を渡されたわ」
それがひよこなんて話したらディーナに笑われそうなので、そこは黙っておく。
授業開始の予鈴が響いた。廊下でしゃべっていた他の生徒達も、それぞれの教室へ戻って行く。
リルレイアとディーナも、自分達の教室へ向かった。
「ねぇ、リル。教えてくれるってことは、期待されてるんだよ。竜の期待を裏切ったら、たとえ竜が許しても、私が許さないからね」
ディーナはウインクし、笑いながら歩いて行った。
期待、かぁ。長らく縁のなかった言葉だけど……。でも、あたしがあの通信魔法を使いこなせなかったら、ガイが恥をかくのよね。ヴィズとジンに「ちゃんと教えなかったのか」とか何とか言われたりして。がんばらなきゃ。
☆☆☆
家に帰ると、リルレイアは「ライオストーンの部屋にある物リスト」作成の続きをした。大まかながら、ずいぶん進んだ……ような気がする。
これを別の人が見て、わかるかどうかは知らない。でも、前に作った「飾り物リスト」は竜達にも丁寧だとほめてもらったので、そんなにひどくはないはずだ。
しかし、書き方をどんなに丁寧にしても、調べ方が悪くて必要な物が抜け落ちていては意味がない。
あれこれ言い出すとキリがないのでその辺りは開き直り、リルレイアのできる範囲で少しずつリストが仕上がってきた。
棚の何段目には何があって……ということを走り書きしたメモを見ながら、リルレイアが自分の机で書き写していた時。
「きゃっ」
突然、ひよこがぼんやり光りながら鳴き始めた。
不意打ちだったので、持っていたペンを思わず放り投げてしまう。幸い、清書していたリストが汚れることはなかったが、ペンは机から転がり落ちていった。
でも、今はペンどころではない。ひよこが鳴いているのだ。対応しなければ。
「えっと、えっと……」
誰からの連絡かはわからないが、自分がひよこに魔力を注がないと、相手も話ができないのだ。
リルレイアは、ガイに教え込まれた呪文を思い出しながら唱えた。
「ルエアトック」
「……リルレイア?」
ひよこが鳴くのをやめ、そのくちばしから聞き覚えのある声がした。
「……ガイ?」
小さく丸いひよこから男性の声がするのは、ひどく違和感がある。が、そんなことなどはどうでもいい。
ちゃんとリルレイアの魔法が作用して、通信できているのだ。
「すっごい。ガイの声が聞こえてるっ。本当にガイよね?」
久々に自分の魔法が成功して、リルレイアは少なからず興奮していた。
昨日も最終的にはちゃんとつながって、ガイの声も聞いているのだが、今は自分一人で、場所も違う。
それでも、当たり前のようにちゃんとできて、リルレイアは感動していた。
「思ったより、早くつながったな。特訓の成果ありだぜ」
顔は見えないが、その口調から彼が笑っているのがわかる。
「よかったぁ。あたし、ちゃんとできてるー」
「俺が教えたんだから、当然だ」
その自信の半分でいいから欲しい、と心底思うリルレイア。
「いきなりひよこが鳴くから、驚いちゃったわ」
「これから鳴きますって言われても、それはそれで驚くだろ」
「まぁ、そうだけど……」
ひよこが鳴いたことと、自分の魔法がうまくいったことで胸がどきどきしている。まともにはできなかったが、落ち着こうと何度か深呼吸した。
「あの、何かわかったこととか、あるの?」
「ん? いや、ない」
「……え」
その返事に、ちょっと肩すかしを食らう。
確か「何か思い付くことがあった時、リルレイアにすぐ調べてもらえるように」と、この魔法を特訓したのではなかったか。
「間があくと、忘れそうになるだろ。これは試験通信だ。リルレイアがちゃんと対応できるかを確認しておかないと、本当に連絡があった時に用をなさなかったら困るからな」
「ああ……そういうことね」
魔法書の話とは関係なく、リルレイアの魔法が通用するかを確かめたかったのだ。やらせたからには最後まで面倒をみる、ということらしい。律儀だ。
「これで、成功したってこと?」
「ああ。リルレイアが呪文を忘れたりしなかったら、次もちゃんとできる。じゃ、一度切るから、今度はそっちから俺を呼び出してみろ」
「ええっ」
「ええ、じゃない。昨日さんざんやっただろ。呼び出しの呪文で、最後に俺の名前を入れればいいだけだ」
そう言うと、ガイは通信を切ってしまった。
「リアウォ」
リルレイアも一旦終了の呪文を唱え、黄色く光っていたひよこは元の置物に戻る。
「大丈夫……よね。だって、今もすぐに対応できたもん」
昼間、ディーナに言われたことがよみがえる。
教えてくれるってことは、期待されてるんだよ。
期待という言葉は少し大袈裟すぎるような気もするが、これからも魔法書探しを続けるなら、必要な魔法には違いない。この魔法は、今後の行動において、絶対に必須なのだ。
あたしが魔法書探しを言い出したんだもん、ちゃんとやらなきゃ。
リルレイアは一つ深呼吸をして、呪文を唱える。ガイを呼び出すため、彼の名前を呪文に入れて。
「レアガヌット ガイ」
ひよこがまた、ぼんやりと光る。練習中の時のように途中で消えることなく、淡い黄色に。その光が、はっきりした黄色になる。
「……ガイ?」
ひよこの色を確認し、リルレイアはガイの名を呼んだ。
「聞こえるぜ、リルレイア」
間違いなくガイの声がして、リルレイアは思わずひよこを握り締めた。
「本当っ? 本当に聞こえてる? ちゃんとつながってるのねっ!」
叫び出さないのが、自分でも不思議なくらいだ。興奮しすぎて、逆に声が出ないのかも知れない。
「よかったぁ。通じてるのね」
「ああ。これで、受ける方も送る方もいけるな」
「うん……うん……。ガイ、ありがとう」





