03.特訓
「あたし……できるかしら」
「リルレイアのことだから、そう言うと思った。だから、これから特訓だ」
「とっ、特訓?」
その言葉に、リルレイアはイスに座ったまま、思わず後ずさりした。
「ヴィズとジンにも、ちゃんと言ってあるからな。通信魔法、できるようにしておくって。今日、リルレイアに用事があって別の日になってたら、俺じゃなくあいつらのどっちかになってたかも知れないけど。誰がやるにしろ、特訓だ。必ず、できるようになってもらうからな」
「さっき、時間はあたし次第って言ったの、そういう意味だったの?」
「すぐにできるようになれば、すぐに終わるだろ。できなかったら、徹夜だな」
「ええ~」
本当に徹夜まではしないだろうが、若い娘が帰るには遅いんじゃないか? というぎりぎりの時間までやるつもりに違いない。
根拠はないが、リルレイアはそう確信した。
「あーのーなー。さっきも言っただろ、これは超初心者用だって。誰のために、こんなおもちゃみたいな魔法道具を用意したと思ってるんだ」
最初に見た時は「かわいい」と思ったひよこも、今はリルレイアを見て不敵に笑っているようにすら見える。
「三人同時にとんでもなく遠い場所へ行くってことは……ないとは言わないけど、あまりない。だから、これはリルレイアの魔力でも十分に通信可能な代物だ。少なくとも、俺達から連絡する場合は、リルレイアが力む必要なんてないんだから」
自分から連絡する時は少々魔力がいるが、相手側から連絡が入った時には、このひよこが作動するように魔力を注ぐだけで十分なのだ。
そのための、超初心者用である。
「レアガヌット リルレイア」
ガイが小さな水晶を取り出すと、呪文を唱えた。すると、木でできているであろうひよこの身体が、薄ぼんやりと黄色く光る。本物さながらに鳴きながら。
「今、俺がリルレイアを呼び出してる状態だ。それに応える呪文が、これ。ルエアトック」
ひよこの黄色い光が、さらに濃くなった。
「連絡が入ったってことがわかった時、今の呪文を唱えれば相手とつながる。今、俺とつながってる状態だ。これで、会話ができる。で、終わる時の呪文は、これ。リアウォ」
ガイがまた別の呪文を唱えると、光が消えてひよこは元に戻った。
「ちなみに、自分から連絡を入れたいと思った時は、俺が初めに唱えた呪文の後に相手の名前を織り込む……って、一度に言っても覚えられないか。俺が呼び出すから、まず応えてみろ」
ガイが呼び出す呪文を唱え、ひよこがまたうっすらと光る。ガイがリルレイアを呼び出している状態だ。
「ほら」
ガイにうながされ、リルレイアはさっき聞いた呪文を口にした。
「えっと……ルエアトック」
ひよこは一瞬わずかに光ったが、すぐ元に戻る。
鳴いているので、まだ呼び出し状態のままだ。魔力がちゃんと注がれなかった、ということ。これでは、話ができない。
「本当にこれ、超初心者用?」
「リルレイアには、超があと二つくらいいるかな」
「……そうかも」
修学部へ入って二、三ヶ月くらいの見習い魔法使いでも、これくらいならできるはず。ひよこがしっかり光らないのは、いっそ奇跡かも知れない。
「あのさ、リルレイアは自信がなさすぎなんだよ」
「だって、あたしは自信なんてないもん」
「そういうことを、胸張って言うな」
きっぱり言うリルレイアに、ガイは頭を抱える。
「恥ずかしがらずに、腹から声出してみろ。普通にしゃべる時は、ちゃんと普通の大きさで声が出てるだろ。呪文を唱える時だけ、声量が落ちすぎだ。ほら、もう一回」
その後、何度となく繰り返される呪文詠唱。
通信に応える時、送る時、切る時の呪文がどうにかこうにかできる頃には、セレカティアから人の気配がほとんどなくなる時間になっていた。
☆☆☆
顔が半分寝ている気がする。いや、歩いていても、本当に寝てしまいそうだ。
通信魔法の特訓をした次の日。
リルレイアは歩く気がないだろうと思われそうな、だらだらした歩き方で修学部へ向かっていた。授業中、寝てしまわないかが心配だ。
昨日は、じっくりたっぷりガイに特訓され、家に帰ったのは九時半を過ぎていた。
それから食事をして、お風呂に入り、疲れてぐったりとなったところで、宿題が出ていたことを思い出す。
慌てて机に向かったものの、心身共に疲れ切っていた。
魔法を使うにもそれなりに体力が必要だし、ましてリルレイアのような低レベルの見習い魔法使いが必死にやれば、さらに体力を消耗する。
うとうとしてはノートを書いて、またうとうとして時計を見て青くなり……をずっと繰り返した。
かろうじて宿題はできたものの、ほとんど間違いだらけのような気がする。文字もへろへろだ。
結局は睡眠もしっかり取れていないので、こうして歩いていても眠い。元々が夜更かしのできるタイプではないので、眠れなかった次の日は相当辛かった。
リルレイアの教室は、一階にある。こういう時は、階段を使わなくて済むことがいつも以上にありがたい。
「リル、どうしたの? 顔が死んでるよ」
教室へ入る前に声をかけてきたのは、後からセレカティアへ入って来て先に進級してしまった元クラスメイトのディーナだ。
「んー、しっかり眠れなかったから」
「眠れないって、何か悩み事でもあるの?」
「ううん、そうじゃないの。宿題しそこねて、夜中にやってたから」
「そういうことならいいんだけど。……ねぇ、聞いていい? 来る時に、ちょっと小耳に挟んだんだけど。ちょっと、こっち来て」
ディーナは廊下の端へ、リルレイアを引っ張って行く。
「昨日、黒の竜とデートしてたって本当?」
「はいぃっ?」
眠かったリルレイアは、ディーナの質問で一気に頭も目も覚めた。
「リルが黒の竜と、どこかへ消えてったのを見たって子がいてさ。それも、三人くらいいるし。目撃者が複数いて間違うことって、よっぽどのことでもなきゃ、あんまりないんじゃないかなって。どうなの?」
「デ、デートなんてしてないよっ」
リルレイアは慌てて、何度も首を振る。
ガイと一緒にいたのは間違いないが、あれは決してデートなどではない。完全なしごきである。
しかし、事情を知らない人間が端から見ていれば、そう見えなくもないだろう。
ガイの後ろについてリルレイアが歩いていたから、デートに出掛けるところではないか、と……。
「でもさ……。リルが探し物をしていて、それを竜に手伝ってもらってるって、前に言ってたでしょ。その絡みだろうけど、前にリルが金の竜と話をしてるのを見てる人、結構いるんだよね。あ、それに……夜、黒の竜と歩いてたのを見たって子もいるよ」
デートの帰り、などと思われたのだろうか。
あんな時間帯に外を出歩くなんて、何の用事があるんだろう……と、自分のことはひとまず棚に上げ、そんなことを思ってしまうリルレイア。
ヴィズと話していた、というのは、リストを渡した日のことだろう。休憩スペースで話をしていたが、あそこには窓があるので、外から見られたのかも知れない。
「あのね、ディーナ」
観念して、リルレイアはディーナにだけは昨日のことを話した。
「探し物に絡んでいるっていうのは、当たり。色々連絡を取る必要があるだろうってことで、通信魔法を教えられたの。だけど、あたしがすぐにできないから……夜になっちゃって」
すっかり遅くなってしまい、母のエルサリアが心配してるだろう、と思っていたが、帰っても普通に「おかえりなさい」と迎えられた。
不思議に思ったリルレイアだったが、実はガイが先に連絡を入れていたのだ。
「セレカティアのガイです。申し訳ありませんが、リルレイアに魔法の特訓をしたいので、彼女の帰りが遅くなります。帰宅の際は責任を持って送りますので、ご安心ください」などというメッセージを魔法で送り、受け取ったエルサリアは「竜が送ってくれるなら大丈夫ね」とまるで心配していなかったのだ。
いつの間に送っていたのか、リルレイアは全然知らない。用意周到と言うのか、さすがは竜だと思うしかなかった。





