09.作業だから
横でガイとコリーヌのやりとりを聞いていたリルレイアは「助かった」と思う反面、ちょっぴり「ずるい言い方だなぁ」などと思った。
今の言い方だと、コリーヌは「ガイが仕事でリルレイアと関わっている」と思っているだろう。
だが、ガイは一言も「仕事」とは言っていない。彼は「作業」と言ったのだ。作業で間違いないし、仕事ではない。
もし事務局にコリーヌが問い合わせ、そんな仕事の依頼は受けていないと聞いても、プライベートとも仕事とも言っていないのだから、ガイは嘘をついていないことになる。
もっとも、コリーヌが「何の仕事か」と問い詰めることは、あり得ない。
魔法使いの仕事は守秘義務があり、これが魔法使い同士ならともかく、見習いが問いただすことなどは考えられないのだ。
そういったことをひっくるめ、ガイは相手の思い込みを見事に利用している。
「他にも、似たようなことを考えてる奴はいるんだろ? 一人の見習いに関わるのが許せないってのが」
「許せないなんて、そんな……」
本心はともかく、ここで「ええ、許せないわっ」と言える程には、コリーヌも強くないらしい。
「そういう奴らに会うことがあれば、言っといてくれ。作業に必要だからって」
「はい……」
内容はともかく、黒の竜からの「頼まれ事」だ。コリーヌはそれだけで、一気に有頂天になった。
突然現れたガイに、怯えた表情すら浮かべていたコリーヌだが「言っといてくれ」と竜から「頼まれた」途端、頬に赤みが差す。
どうやら彼女は「黒の竜ファンクラブ」の一員らしい。もし本命が別の竜であっても、コリーヌにとっては「竜に言われた」ことが重要なのだ。
「で、俺はこいつに用事があるんだけど、連れてっていいか」
「え? あ、はいっ、どうぞ」
どうぞ、という言い方もどうかと思ったが、とにかくこれで解放されそうだ。
「私達、失礼します」
五人が同じように頭を下げ、ガイも「ああ」と言いながら軽く手を上げる。
彼女達にとっては「竜が自分達に挨拶をしてくれた~」となる訳で、来た時とは正反対の様子で図書館を出て行った。
結構、単純な子達だ。いや、竜のファンの自然とも言える態度なのだろう。
「ガイ、ありがとう」
ようやくイスから立ち上がることができ、リルレイアはまず最初に礼を言った。
「ま、これでしばらくは静かになるだろ。ジンなら、もっとうまく立ち回るんだろうけど。悪かったな、もう少し早く来ておけばよかった」
「ううん。ガイ、いつからいたの?」
「リルレイアが囲まれる、ちょっと前」
つまり、コリーヌがリルレイアに声をかけた最初から、ということだ。
「友達と何か盛り上がってるのかと思ったから、待つつもりだったんだけど。どんどん口調が過熱してったから」
盛り上がりと言っても、全然楽しくない盛り上がりである。
「もう少し様子を見て、つかみ合いのケンカにでもなれば止めようかと思ったんだけどな。あいつ、同じようなことばっかり言ってるから、飽きた」
「飽きたって……止める理由がそれなの?」
リルレイアは、ガイのおかしな理由に苦笑した。
「確かに、コリーヌってば、似たようなことばっかり言ってたわね」
成績が悪い、竜に迷惑。
表現は違えど、そういったことを繰り返していたような。
「リルレイアは、思ってたより強いな。五人に囲まれても、しっかり言い返してるしさ」
「そうかしら」
言いながら、リルレイアの目から涙がぽろっと落ちる。本人も自覚していなかったので、ひどく戸惑った。
ライオストーンの子孫のくせにどうこう、といった軽蔑の言葉など、聞き慣れたはずだったのに。
囲まれて、本当は怖かったのだろうか。あれだけ真っ正面から強く言われたのは初めてだったし、さすがにへこんでしまったのかも知れない。
「ご、ごめん」
慌てて、袖で目元をこする。
「バカ、謝らなくていい」
ガイは、リルレイアの頭を軽くぽんと叩く。
彼の言動が、リルレイアの胸の中をふわりと温かくしたような気がした。
☆☆☆
改めて、二人は並んでイスに座り、リルレイアは持ってきたライオストーンの日記をガイに渡した。
「メモを挟んだ所が、竜に会った時のことを書いてるページ。中央にある方は、少し長く書かれてたわ。全部をしっかり読んだ訳じゃないから、他を飛ばしてる可能性はあるけど」
「……この火竜もだけど、ライオストーン自身も大して興味がないみたいな書き方をしてるんだな。滅多に会えない竜に会ってるんだから、そんなはずはないと思うけど」
一度目に竜と出会った日の分を読み、ガイがそんな感想をもらす。
「あたしも、これだけなのって思ったわ。次の分はもう少し長いから、興味がない訳じゃないみたいだけど」
ガイは、次にメモが挟まれているページを開いた。
日付は、聖暦1255年十月二日となっている。
「ゼランの山で、火の竜に会った。話をしていると、どうやら彼は以前シャーメイの山で会った竜と兄弟らしい。今回会った竜が、兄だ。ゼランの山には五十年以上いると言う。弟竜は人間である私を警戒してか、あまりしゃべりたがらなかったが、兄竜はそうでもないようだった。どちらかと言えば、人間に興味がある様子。兄弟でも性格が違うのは、人間と同じようだ。
互いに質問し、色々な話を聞くことができた。この貴重な会話の内容をぜひまとめたいと思い、彼にそれを尋ねてみた。しかし、色よい返事はもらえなかった。彼自身は別に構わないが、一族の中にはあれこれ探られることを好まない者もいるから、ということだ。彼の弟竜がそういった者だったのかも知れない。
私は彼に、今日聞いた話は誰にも言わないし、書物に記すこともしない、と約束した。会ったことを話すのは構わないと言ってくれたので、そのことだけをここに記し、彼との会話は私の胸の内に秘めておくことにしよう」
「なるほどなー。竜について未解明の部分が多いのは、こういうことか。人間にあれこれ嗅ぎ回られるのは、竜にとってうざったい以外の何ものでもないんだな。しっかし、これだけ読んだら他の奴は気になりまくりだぞ」
竜とどんな話をしたのだろう。竜の名前は。竜の様子は。竜から見た人間や魔法使いは……。
ライオストーンのことだ、様々なことを尋ねたに違いない。聞くことができた、とあるから、弟竜の時よりも多くの情報を得られただろう。
しかし、律儀に竜との約束を守り、ライオストーンは日記にすら詳細を書かなかった。恐らく、目の前に本人がいても、口を閉ざして教えてくれないだろう。
弟竜と会った時も、似たような理由からあまり書かなかったのかも知れない。
「ねぇ、それであの言葉に関連する部分って、あるかしら?」
「火竜は深紅の身体をしてるって聞くし、それと血の色を絡めて……なんて想像はできるけど。だいたい、この日記そのものが謎すぎるんだよな。日記なのに、秘密主義にも程があるぞって感じだしさ。自分の胸に秘められてもなぁ」
言いながらガイは立ち上がり、何かを探しに棚の方へ行く。
戻って来た彼の手には、数冊の本があった。リルレイアが表紙を見ると、著者は違えど全てライオストーンの伝記だ。
ライオストーン存命の時に刊行されたものから、比較的最近のものまで。
日記にあった日付を確認し、本の目次を見る。同じ年代の頃のことが書かれたページをめくると、やはり竜と出会ったことが書かれていた。
しかし、詳細については不明、ということも書かれている。わかるのは、火竜だった、ということくらいだ。
ガイが持って来た本を全て調べたが、どれも同じ。
「そりゃ、こういう日記や仕事の資料を元にして書かれてるんだろうから、ここにはないよなー。日記にないことが書かれてたら、それって創作になるし」
どの伝記にも「ライオストーンは竜と会ったことがある」という話は書かれていても「その時の詳細について、彼は一言も口にしなかった」とあった。
日記にもそう書かれているし、本人に取材して書いた人も真相を聞き出すことはできなかったのだろう。
かゆい所に手が届かなすぎる。これでは、かゆい部分がますます増えそうだ。





