01.次の言葉
まだ中身がほとんどない、魔法書の表紙。だが、ページがあるかのように、栞のリボンが揺れている。
その中から、ヴィズは赤いリボンの付いた栞を抜き出した。
前回ジンが抜き出した時と同じく、栞は真っ白で単なる長方形の紙だ。違うのは、リボンの色だけ。一見すれば、どこにでもありそうな栞だ。
「この栞全部を抜き出したとしても、リボンの色が変わるだけで、やることは同じなんだろうな。全部一気に引き抜いてやりたいって気もする」
「ガイが全部一気に言葉の意味を解けるって言うなら、やっていいよ」
ジンがわざと意地悪に言う。
「無理だってわかってるくせに、言うなよなー」
ガイが肩をすくめ、横で聞いていたヴィズは苦笑する。
「栞を持って、家中歩きながら解呪を唱えていれば、考えなくても済むわよ。でも……それって、全然面白くないわよね」
彼らなら絶対にその選択はしないだろうな、と思いながらリルレイアは言ってみる。
「確かに、全然面白くないな。それだと簡単すぎて。問題の答えを写して、やった気になってるだけなのと同じだ。探すのに飽きたらそれもありだろうけど、それをするとライオストーンに笑われるぜ」
「そうだね。今日は仕組みと言おうか、段取りがわからなかったから、ジンが来るまでは何となくの推測で無理に解呪しようとしたけれど」
「やっぱり、正確な位置に立って、自信を持って解きたいよね」
短冊形の栞にキーワードとなる言葉が書かれ、封印された場所にその栞をかざしながら解呪すると、本来の魔法書のページとなって革表紙の中へ戻って行く。
今日、ようやく一枚目の栞の言葉を解き明かし、ページの一部が見付かったことで、ライオストーンが仕掛けた封印のシステムがだいたいわかってきた。
手順はわかったものの……これから、揺れるリボンの数、現れる栞の枚数だけ、さっぱりわからない手掛かりの言葉が出て来るのだろう。
その手掛かりに嫌気がさし、リルレイアが言うように栞を適当にひらひらさせながら解呪していけば、どこかで当たりが出ると思われる。
それを繰り返していけば、そのうち魔法書は完成し、開くことができるだろう。
しかし、せっかく大魔法使いライオストーンが出した課題と魔法に触れられるのに、そんな不正行為と言おうか、横着なことはしたくない。
むしろ、難解な方が力が入る、というもの。
ヴィズが持っている、さっき抜き出した二枚目の栞。
栞を引き抜くのにも、ある程度の魔力が必要らしいが、魔法使い協会トップレベルの魔法使いである彼には楽勝だ。
さらに、栞には文字を隠すための封印がかけられているが、それを解くのも問題なく終わる。
問題なのは、これからだ。
栞に書かれた言葉が、素直にわかるものではない、というのは予想している。
「ヴィズ、今回は何て書いてあるんだ?」
「……『竜の血』だって」
「竜の血っ?」
ヴィズの読み上げた言葉に、全員が思わず聞き返した。
「血って、血液のこと……よね? そんな所に封印されてるの?」
それだけを聞くと、何だか怖い。
「文字通りに考えればそうなるだろうけど、本物の竜の血じゃないはずだぜ。俺達は竜なんて呼ばれてるけど、本物の竜にはまだ遭遇したことがないからな。ライオストーンが竜に会っていたとしても、血を手に入れてたかどうかは怪しいし」
「仮に手に入れてたとして……いくらライオストーンでも、個人でそれを所有するのは難しいんじゃないかな。竜の血が何にどんな影響をもたらすかはよくわかっていないし、所持してることがわかれば協会が持って行って研究すると思う。だけど、協会にそういう研究をしていたって資料はなかったと思うし、オレ達も話を聞いたことがない。ライオストーンがこっそりと所持していたっていうなら、話は別だけど」
「竜そのものが、未解明の部分が多いからね。この言葉は比喩みたいなもので、直接的じゃない……とは思うけれど。確か、ライオストーンは竜に会ったことがあるって、伝記にあったよ。だけど、血については、ね……」
こういう状況で聞く「血」には、あまりいい印象が持てない。
まして、そこに「竜」などという言葉まで付いていては、何があればそんな所に封印ができるのだろう、と疑問ばかりが浮かんでくる。
ヴィズが言うように、これが比喩だとすれば。
真相に引っ掛かる確率がどんなに低くても、この言葉に近いものはとにかく拾い出していくしかないだろう。
新たな謎に頭を悩ませながら、この日はこれで解散となった。
☆☆☆
リルレイアは、竜の三人が帰ってから家の中をあちこち歩いて回った。
今回のキーワードである「竜の血」に符合する物がないか、自分なりに探してみたのだ。
しかし、あまりにも言葉が短い。ヴィズが最初に「竜の血」と言った後、もう少し何か言葉が続くのかと思ったら、それだけ。
短いだけでなく、あいまいだ。いや、本当はあいまいではなく、そのものかも知れないが……とにかく、短すぎる。
今日探していた「飾りのみ」というキーワードから探し出した魔法書のページは、確かに飾り物であるタペストリーの中にあり、さらにその中にいる女性の髪に飾られていた実だった。
探し出せれば、この言葉に納得もできる。
これから出て来る新しい言葉も、探し出せれば「ああ、そうか」と思えるようなもののはずだ。
それなら、この「竜の血」も、何か特定の物を指し示しているのだろう。血と言うからには、素直に考えれば赤い液体となる。
しかし、あちこち探し回っても「これかな?」と思えるような物は見付からない。
一つ目の言葉もリルレイアには読み解けなかったのだから、今回も解ける可能性は低そうだ。
しかし、何も考えないで、竜達に任せたままにしたくはなかった。
自分で答えを導き出せないのなら、竜達に判断してもらえるようにすればいい。そのためには、何をどうすればいいか。
「んー……あたしにできること……」
あれこれ考えて、リルレイアはまたリストを作ることにした。
前回は、家にある飾り物をリストにして、気が付いたら部屋にある物を「とにかく並べられるだけ並べた」という状態になってしまった。
それと変わらないかも知れないが、今度は「ライオストーンの部屋にある物を、もう少し詳しく書き出していこう」と思い付いたのだ。
封印されているのは他の部屋、という可能性は大きい。実際、今日の封印場所は応接室だった。
しかし、ライオストーンの部屋にもヒントとなる物が実はもっと隠されている、と考えられる。むしろ、ない方がおかしい。
魔法道具や魔法書など、怪しさてんこ盛りの品々があの部屋にはたくさん置かれているのだ。それらを整理しておかない手はない。
やろうと決めたリルレイアは、その夜遅くまでリスト作成をしていたが、細かく書こうと思うとなかなか進まなかった。
さすがに数が多いので、すぐに終われないのだ。
次の日の月曜日も、修学部から帰って来たら、同じ作業を延々とやる。おかげで、宿題をするのを忘れ、夜中にやる羽目になってしまった。
先にやるべきことをやってから、続きをした方がいいわね。
そう反省した、次の日の火曜日。
帰ったらすぐに続きをやろうと、リルレイアは修学部の学舎を出て門へと向かっていた。
「リルレイア」
聞き覚えのある声に呼ばれてどきっとしながら振り返ると、やはりガイだ。こちらへ向かって、真っ直ぐ走って来る。
「今日、これから何か用事はあるか?」
遠巻きにこちらを見ている、修学部の生徒達の視線が痛い。この前の時と同じだ。
魔法使い同士で何かを話すのならともかく、竜が特定の生徒と何を? ってなものである。
「え……別にないけど……」
あると言えば、ある。だが、それは彼も関わっていることだし、それ以外の用事と言われれば、何もない。
せいぜい、食事の用意の手伝いと、宿題をするくらいだ。
「じゃ、ちょっと付き合ってくれ。時間は……リルレイア次第だけど」
知らない人が聞けば、あれこれ想像しそうな言い方。
言われた当のリルレイアも「何の用事なんだろう」とは思ったものの、何だか怖くて聞けなかった。





