12.書きかけは見せない
「ジン、よくわかったわね、髪飾りだって。男の人って、そんな細かい部分まではあまり見ないでしょ。あたしだって、言われるまで気付かなかったし」
「たまたまだよ。動く物に気を取られて、そっちを見たらあったってだけ。花が赤くなかったから、うまい具合に気付いたんだ」
髪飾りの中に、花とは違う質感の赤がちらりと見え、目をこらすと実のような。
外からではこれだという確証はなかったが、中の三人に伝えて確認してもらうしかない。
それで、必死にそこを指し示そうとしていたのだが……言葉というのは本当に大切だなぁ、とつくづく思った。
「ジンはやっぱり、女のチェックには厳しいよな」
「ガイ……だから、そういう誤解を招くような発言はやめてくれない?」
ディーナが言ってたっけ。銀の竜は一見クールだけど、人懐っこいって。人懐っこいと言うより、きっとフェミニストなんだわ。
リルレイアは、一人でそう判断しておいた。
「こっちかって確認するたびに、違う方向を指すだろ。正直なところ、からかわれてるのかって、ちょっと疑ってた」
「仕方ないだろ。彼女達が動き続けるんだから。絵を止めて、一緒に中にいる全員まで止まったら、目も当てられないしさ」
そのタペストリーの女性達は、魔法使い達が外へ放り出されたと同時に、その動きを止めていた。
元々、さっきは栞の魔法で動いていたのだ。その魔法が終わったので、彼女達も魔法が切れて止まっている。次に誰かが魔法をかけるまで、動くことはない。
「飾りの話は、ひとまず横に置いておくとして。これの解呪を頼むよ、ジン」
ガイから実を取り上げると、ヴィズは栞と一緒にジンへ渡した。
「タペストリーに入る時と、この実を取る時はぼく達がやったからね」
「一巡してるけど、俺達は何度も解呪を試したからな」
「ん、ありがと」
ジンは、赤い実と栞を受け取った。
「ふぅん。この小さな実がどうなるのか、楽しみだな」
「封印を解いたら、その栞は消えちゃうのかしら」
「どうだろうね。やってみるよ。フーウエカリヒ」
実に栞をかざしながら、ジンは解呪の呪文を唱えた。
呪文が終わると、実と栞がふわりとジンの手から離れる。栞は見ている間にその面積を広げ、ノートのような大きさになった。
今回の糸口だったライオストーンの文字が浮き上がり、横に浮かんでいる実に絡みつく。その実は、白い紙になってしまった栞へ向かって飛んだ。
紙が破れるかと思ったが、実はそのまま紙の中へ溶け込んでゆく。
全てが入り込んでしまうと、紙面にぎっしりと文字が浮かんだ……が、何が書かれているのかを読む前に、紙は羽でも生えたかのようにすいっと飛んだ。
誰もが手を出せないまま、紙はリルレイアのそばにあった暗い緑の革表紙の中へ入ってしまう。
「……あの栞、糸口を示すだけじゃなくて、本当に魔法書のページそのものだったんだ」
ぼんやりとジンがつぶやいた。
魔法を解いたら栞がページになるのでは、などと話していたが、その点については当たっていたようだ。
ただ、戻るまでのプロセスが長い。謎を解く側の問題、とも言えるが。
「魔法が解かれた途端に、隠れちゃうの? 一文字も見せるつもりなしぃ?」
動きが早くて、何が書かれていたかなんて、まるで見えなかった。
「ま、書きかけを見せるつもりは、ライオストーンにないらしいからな」
言いながら、ガイが革表紙を手に取って中を覗き込む。
前回ガラスに封じられていた紙以外、何もない空間に栞のリボンだけが出ていた状態だったが、数枚の紙が現れている。中身の一部が、確かに戻って来たのだ。
しかし、紙と紙の間に指を入れようとしても、透明な何かが邪魔をして紙に触ることができない。
ちゃんと鍵を開け、表紙を開いて見開き状態にしなければページはめくれず、文字は読めないのだ。
「本気で見せないんだな……。ちぇっ、お楽しみは後でってことか」
「あの日記にもあっただろ。最後まで解けたら頁を開くことを許すってね。ぼく達はまだ、ほんの手始めってところだろうから。許可がもらえるのは、もっと先だね」
着実に、一つずつ解いてゆくしかない。最後まで。栞のリボンは、まだ何本も揺れている。
「どの部屋に何があるかってリスト、あまり役に立たなかったかな。お父さんのメモの方が、ずっといいかも」
かなりの枚数になってしまったが、結局最初にこの応接室へ来て、魔法書は見付かった。やはり「書けばいいというものではない」ということか。
「何言ってんだよ。この先、どれだけ役に立つかわからないんだぜ」
「そうかしら」
「バーカ、今回のことでわからないのかよ」
ジンが「女の子に、そういうことは言わない」と、ガイの肩をはたく。
「昔の魔法使い達は、栞なしで家中を探していたんだ。だけど、この栞という鍵がないから、見付けられなかった。ぼく達はその鍵があるから、彼らが探した場所をもう一度探せば、見付けられるはずだよ。家の中に隠されている可能性は高いからね。でも、ぼく達はこの家のどこに、何があるかを知らない。リルレイアのリストとお父さんのメモを照らし合わせれば、めぼしい物を掴みやすくなるし、時間の短縮にもなる。これでも、役に立たない?」
「……ムダ、じゃないの?」
「無駄と思ってるのは、リルだけだよ。オレはまだそのリストを見てないけど、ずいぶん細かく書いてくれたらしいじゃない。ていねいな仕事は、必ず自分を助けてくれるよ」
そう言ってもらえれば、一生懸命書いた甲斐がある。
リルレイアの顔に、ようやく笑みが浮かんだ。
「こうして無事に、一枚目の栞は解けたんだ。次、いこうぜ」
「うん。じゃ、誰か引いて」
「そう言うリルレイアが、引いてみたらどうだ?」
ガイが栞のリボンが揺れる魔法書の表紙を、リルレイアに差し出す。
「あたしは……ダメよ」
「どうしてだよ。いつかは全部解かなきゃならないんだから、誰がどれを引いても同じだぞ」
「そうじゃなくて……あたし、何日か前に試しに栞を引っ張ってみたの。他の栞はどんな感じなのか、ちょっと見てみたいと思って。だけど、全然抜き出せなかった。たぶん、ある程度の力がないと無理なのよ。解呪できるだけの魔力がなかったら、栞の文字を読んで場所を特定しても封印を解けないから……じゃない?」
「ふぅん……ありえそうな話だな」
途中で魔法の腕がないことを理由にリタイアさせるくらいなら、最初から参加させない方がいい……というライオストーンの心遣いだろうか。
真相がどうであれ、リルレイアが栞を引いてもすぐに文字が読める訳ではない。栞にも封印の魔法はかかっていて、文字が隠されている。誰かがその魔法を解いてくれなければ先へ進めないのだ。
「よし。じゃ、誰が引くか、決めようぜ」
「え……? さっき、順番は決めて来たって、言ったじゃない」
「新しい栞に関わるんだぞ。さっきジンも解呪したんだし、一旦リセットだ」
「はぁ……」
「わかった。それじゃ」
リルレイアが見てる前で、またヴィズがカードを三枚出し、彼ら流の選出方法が始まる。
「いただきっ」
ヴィズの取ったカードに、当たりである赤い星マークが付いていた。ヴィズの嬉しそうな顔を見て、リルレイアも思わず笑みを浮かべる。
やっぱり、この「くじ引き」してる時の三人って、子どもみたい。みんな、竜がこんな顔をするだなんて、知らないだろうなぁ。ちょっと役得かしら。
彼らを魔法書探しに引っ張り込んでよかったんだろうか、などと考えてしまう時もあるリルレイア。
だが、こんなに楽しそうにしてくれるならいっか、と思える。余計なことは悩まず、できないことは彼らにまかせよう、と。
「さて、次はどんなお題かな」
魔法書から引き抜く栞をどれにするか、ヴィズが選んでいる。その横で、ガイが騒いでいた。
「次の時は、俺な。前の時はジンが抜いたんだから。次は絶対、俺の番!」
「わかった、わかった。やらせてやるから」
ジンが、まるで弟をなだめるように言う。
「よし、次はこれで」
ヴィズの手で赤いリボンの揺れる栞が……新たな糸口が引き出された。





