11.実
「数は多いけど、何かしらの目印はあるはずだよな。前のロウソクだって、火をつけない時に光って、これだってことを示してたんだし。だけど、リンプルは光らないよなぁ。違いがあるとすれば、せいぜい虫食いってところかな。まさか、誰かの食べかけが木になってるはずはないし」
ジンと似たようなことは、中の三人も考えた。
しかし、木になっているリンプルはどれもきれいなものだ。逆に言えば、何ひとつ違いがない。大きさも、ほとんど同じ。
「ねぇ、もし見付けられなかったら……あたし達、ずっとこのまま?」
「あきらめて何か魔法を使えば、戻れるだろ。まさかここで飢え死にさせるような仕掛けはしてないって」
ジンが光に弾かれた時もそうだったが、ライオストーンは誰かを傷付ける気はないはずだ。
そもそも、この書きかけの魔法書を封印して隠したのだって、研究途中の魔法がおかしな使い方をされて人が不幸になるのはいやだから、というのが理由の一つなのだ。
そんなライオストーンが、魔法書を探そうとする人間を不幸にするとは思えない。入れたのなら、必ず出られる。
「だけど、ここまで来て、そう簡単にあきらめたくないよね。たぶん、手を伸ばせば届く所まで来ているんだから」
外のジンも、何か手掛かりはないか、とタペストリーの隅々まで目を走らせていた。
大きなタペストリーだから、細かい部分まで見るのは大変だ。大きい分だけ、探す面積も増えてしまう。
しかし、その彼の目に、ある物が飛び込んだ。
「あ、もしかしたら……。おーい、ヴィズ、ガイ。こっち見ろ」
声が届かないのがもどかしい。
向こうは向こうで、懸命に探しているのだ。すぐには、ジンの呼び掛けに気付いてくれない。
そんなジンの動きに、最初に気付いたのはリルレイアだった。
ジンが振る手の動きが、視界の端に映ったのだ。そちらを見ると、しきりにある方向を指差している。
「ねぇ、ジンが何か言ってるみたいなんだけど」
その言葉に、ヴィズとガイもジンを見る。ジンは彼にとっての右方向を指差している。中にいるガイ達にとっては、左だ。
「こっちに何かあるのか?」
ガイが同じ方向を指しながら「こっち?」と口を動かす。ジンがうなずき、ガイ達はそちらを見るが、どれに注目していいのかわからない。
「どれだよ……って、さっきと方向変わってるぞっ」
さっきは右方向を指していたのに、今度は左を指しているのだ。
とにかくそちらを見たが、次にジンを見るとまた右になって。
「からかってる……はずはないよな」
「ジンには見えているようだけれど、ぼく達にも見えるのかな」
三人はジンが伝えようとする方を見るが、やはりどれを見ればいいのかわからないまま。
「ほら、そこだって。ああっ、もうそこじゃない。こっちだって。わかってくれよ、もう」
外で見ているジンは、ガイ達が右往左往しているのを見て、一人いらいらしている。
通常であれば、声を遠くへ届ける魔法を使えばいい。だが、ここで関係のない魔法を使うことで、何かしらの支障が起きては困る。
どれだけ簡単なものでも、今は魔法を使うことは差し控えた方がよさそうだ。
それにしても、声が届かないというのは、こんなに不便なものなのか。
「これだよ、これっ。頼むから、気付いてくれ」
「何だ? 今度は頭って、どういう意味だよ」
ジンは自分の拳を、こめかみより少し上辺りに置いていた。
「頭を使え……ではないよね。さっきから使っているのは知っているんだし」
「……」
リルレイアはジンを見ていたが、ふいに振り返った。
「女の人!」
「え?」
突然叫んだリルレイアに、ヴィズとガイが聞き返した。
「ジンは女の人を指してたのよ。この人達、動くでしょ。そのせいで、ジンも指す方向が変わったんだわ。あの手……髪飾りのことよ」
その言葉に、二人も同じ動きを続ける女性達を見た。
確かに、三人の女性はそれぞれ髪に花飾りを付けている。
「ジン、髪飾りよね。どの人がそうなの?」
聞こえるはずはないのだが、ジンにはリルレイアの言ったことがわかったらしい。改めて、ある方向を指し示す。
そこには、赤く長い髪の女性がリンプルをもぎ取っていた。
その彼女の髪には、ピンクのバロやかしゅみ草でできた華やかな髪飾りに隠れ、赤く丸い実も付いている。マロリよりやや大きいくらい、か。
「飾りの実!」
それを見た途端、三人同時に叫んでいた。
「これかぁ。リンプルの木ばっかり見てたって、わからないはずだよな」
周りを気にすることなく、女性はリンプルをもぎ取っては場所を移動する。ガイはそんな彼女に近付き、その髪飾りに手を伸ばした。
他は確かに糸で織られたものだが、その実だけは糸ではない。素材はわからないが、つるんとした見た目だ。間違いはなかった。
「取れないな。ヴィズ、栞をかしてくれ」
手では取れない。ここでも、呪文が必要なのだ。しかも、ただ唱えるだけでは効果がない。鍵である栞がなければ。
「フーウエカリヒ」
ヴィズから栞を受け取り、ガイは解呪の呪文を唱えた。すると、赤い実は髪飾りからぽろりと落ちる。
「っと……わりぃ」
一度はガイの手に落ちた実だが、その手の上で一度跳ねると地面に落ちて転がってしまった。一番そばにいたリルレイアが、それを追い掛ける。
「つかまえたっ」
転がる実を追い掛け、リルレイアはその実を拾い上げる。
その途端、あのまぶしい光が再び彼らを包み込んだ。
「きゃあっ」
「うわっ」
それぞれが大小の悲鳴を上げ、間近でどさっだの、ばさっといった物が落ちる音が聞こえる。
「ってぇ……戻す時はずいぶん乱暴だな」
「ガイが実を落とした衝撃のせいじゃないか?」
気付けば、ガイ達はタペストリーの外、つまり元の応接室へ戻っていた。放り出された、と表現する方が正しいかも知れない。
二人とも、床に尻餅をついた状態だった。
「やだ、ジン! 大丈夫っ?」
同じように放り出されたリルレイアだが、彼女が出て来た場所にはちょうどジンがいた。
なので、リルレイアは無防備なジンに飛び掛かるような格好で戻り、いきなり女の子一人を抱き止める形になったジンは、堪えられずに倒れてしまった。
タペストリーが光った直後、いきなり仲間達が飛び出て来るとは思わない。完全に不意を突かれたのだ。構える暇もなかった。
ジンは倒れ、そのままリルレイアの下敷きにされてしまう。
「だ、大丈夫……」
リルレイアは乗っかってしまったジンの上から慌てて降り、ジンは力のない笑いを浮かべた。
「さすがに、無警戒だったから」
広い部屋で助かった。もっと狭い場所だったら、倒れた拍子にソファかテーブルで頭を打ってるところだ。
ジンは、どうにか身体を起こす。
「リルの方こそ、どこも打ってない?」
「うん。あたしは平気。ジンをクッション代わりにしちゃったから。頭や腰、打ってない?」
「ああ、平気。打っていたって、構わないよ。女の子を守れたなら、そのまま死んでも本望だから。こんなごつい奴らじゃなくてよかった。それだったら、死んでも死にきれない」
「……えっと、あの……」
痛いとか、どこそこを打った、という普通の答えが返ってこないので、リルレイアはどう対処していいのかわからない。
とりあえずでも、濡れたタオルなどを持って来た方がいいのだろうか。
「悪かったね、ごつくて」
「そんだけ言えりゃ、頭を打ってたって、どうってことないよな」
その場にあぐらをかいたままヴィズが苦笑し、同じくガイはあきれ顔だ。
さっきリルレイアが拾い上げ、ジンを助け起こすために魔法書の表紙と一緒に横へ放り出した実に、ガイが手を伸ばした。
「これだな」
飾られた織物の中にいる女性の髪飾り。その飾りの中に飾られていた実。
言葉の意味が、二重になっているとは思わなかった。
「日記にあった『見えぬものを見る者』って、ここにもかかってたのか。まさか髪飾りの実とはな」
実だと考えれば、あの空間の中ではどうしたってリンプルに目がいく。
だが、小さくても近付けば、ちゃんとこの実も見えたはずなのだ。普通に考えてはいけないらしい。





