10.中と外で
ある一方が窓のようになっていて、さっきまで彼らがいた応接室が見える。ガラスで外と中を仕切られたような状態だ。
そこから飛び出せば、応接室へ戻れるのだろうか。
だが、それをやる勇気は……今のところない。
「このタイプのタペストリーって、中にまで入れちゃうの?」
襲われるとは思わないが、女性達の無表情がひどく恐怖心をあおる。リルレイアの声は、かすかに震えていた。
「さぁ、俺は聞いたことないな。入れてもこんな狭いんじゃ、あんまり楽しめないぜ」
リルレイアの身長の低さはともかく、大人が六人もいて、細いがリンプルの木が五本もある空間は、とても広いとは言えない。かろうじて、お互いが当たらずにすれ違える程度。
こんな世界に、しかも問答無用で放り込まれては、ガイが言うように楽しむのはちょっと無理だった。
同じ広さであっても、これが海や草原ならもう少し開放的な気持ちに……いや、どういう景色であっても、こんな空間に閉じ込められるのはいただけない。
「これまでの経緯を考えれば、あの栞でこうなったんだろうね」
それ以外にはあり得ない。
最初からこのタペストリーにこうなる仕掛けがあったなら、ヴィズが最初の魔法をかけた時点で、いや、昔の魔法使い達が解呪した時になっていたはずだ。
「か、帰れる……わよね」
リルレイアの言葉に、ガイは「さぁな」と言いかけて、やめた。
もちろん、どういう方法であっても必ず戻るつもりではいる。だが、冗談でも「どうなるかわからない」みたいなことを言えば、リルレイアが本当に泣き出しかねない、と思ったのだ。
これまで色々な状況に放り込まれてきたガイやヴィズは、戸惑いはあっても恐怖はない。少なくとも、今の時点でこの場に危険は感じないから。
しかし、リルレイアはそうではないのだ。魔法を勉強していても、まともな実技はあまりできないし、実地訓練などは当然まだしたことがないはず。
ここは「魔法を知らない一般人と同じ扱い」をしておく方が間違いはない、という判断である。
「栞の力でここへ引き込まれたなら、閉じ込められたのとは少し違うだろ。時間が来れば勝手に戻るか、何かをすれば戻るか。どちらかってところだろうな」
「何かって……何を?」
「栞は、何のために存在していると思う? ああ、この栞限定、という意味だけれどね」
「えっと……魔法書の手掛かりを示すため。……あ、それじゃ、この空間で魔法書を探せってこと?」
強引に連れて来たが、ここに魔法書がある、と知らせてくれている……ということだろうか。
「そうだろうね。この中の、どこかにあるんだと思うよ。これでやっと『飾りのみ』の意味がわかった気がする。恐らく『み』は『実』を示しているんじゃないかな」
「どこで言葉を切るか、だよな。『飾りの』で切れば『み』だけが残る。『飾り』で切れば『のみ』が残って飾りだけってことになるから、これはこれで意味が変わっちまう。ややこしいこと、考えてくれるよな」
「案外、ライオストーンとしてはおまけで付け足してくれたのかも知れないよ。さすがに『飾り』だけだとわからないからって」
「あー、そうかもな。リルレイアのリストを見る限り、探す対象がとんでもない数になりかねないし」
真相はもちろん、わからない。ただ、付け足されたのなら、それはそれで首をひねることになってしまったので、よかったのか悪かったのか。
「でも、そうだとしたら……このリンプルのどれかに、魔法書が隠されてるってことなの?」
飾りはタペストリー。その中にある実と言えば、リンプルだ。だとすれば、リンプルが魔法書のページ、ということになる。
「それはそれで、嫌だよなぁ。見ろよ。リンプルの木、五本もあるんだぜ。しかも、全部にしっかり実がなってる。ここから、どれを選択しろって?」
三人が頭を悩ませている間にも、女性達はずっとリンプルを取ってはカゴに入れ……を繰り返している。
しかし、取ったはずのリンプルはなくなることもないし、カゴに入れたはずの実はどこにもない。
「正面から見ていた時は片側しか見えなかったけれど、こうして中へ入ったらちゃんと裏側にも実があるね。ざっと見ただけでも、全部で軽く五十個はあるかな。現実なら、豊作は喜べることなんだけれど」
その中から一つだけを選べ、と言われたら……確かに悩む。
「あ、ジン!」
数の多さにため息をついたリルレイアがふと横を見ると、応接室にジンの姿があった。三人がタペストリーの中へ入ってしまってから、ロブラック家へ来たようだ。
驚いた顔でこちらを見ているのは、彼らの姿が見えているからだろうか。
ガイが「おーい」と手を振ってみると、向こうも振り返す。やはり、リアルタイムでお互いの姿が見えているのだ。
しかし、ジンの声は聞こえてこない。口は動いているのに。恐らく、こちらの声も届いていないだろう。
ジンが、こちらへ手を伸ばした。入って来ようとしているらしい。
だが、その手がタペストリーの表面に触れた途端、強い光が出てその手をさえぎる。
「ど、どうしてぇ?」
その光に弾かれたように、ジンは手を引っ込めた。
ヴィズが試しにこちらから手を伸ばしてみたが、何にも触れない。足下は土……でなく土色の糸の地面だが、ある地点で途切れている。
ここまでが絵の中の空間、ということか。しかし、その先に手を伸ばしても、やはり何にも触れられない。
「一度に三人がこっちへ入ったのは、栞のそばにいたからだろうね。だけど、ジンは栞のそばにいないから、この空間へ導く栞の魔法が届かないんだ。ジン、ケガは……って言ったところで、聞こえないだろうしなぁ」
しかし、ジンはこちらに向かって、伸ばした手をひらひらさせて見せた。声は聞こえなくても、ヴィズが言いそうなことはわかっているのだ。
その手に傷はなく、ケガはなかったようで、とりあえず一安心する。
「ライオストーンのことだから、ケガをさせるような魔法は仕掛けてないだろ。その気になったら、もっとどぎつい仕掛けをすればいいんだしさ」
「これだって、十分どぎつい気がする……」
「はは、確かにな」
誰が「魔法書を探していたら、タペストリーに吸い込まれた」などと想像するだろう。しかも、すぐには出られそうにない。
リルレイアが泣きそうな顔でぐちるのも、仕方がなかった。
それはともかく、この状況だとふりだしだ。
「んー、まいったな。入れないのか。まぁ、オレが入ったところでどうなるものでもないだろうし、あの中も狭そうだから迷惑だな。向こうは向こうで、自力では出られないのか。さぁて、どうしたものかな」
手を弾かれたものの、無事だと中の三人に示した。
そこまではいいとして、応接室のジンもこれからの動きを決められずに悩んでいた。
ここで解呪の呪文を唱えたとしても、あまり効果はなさそうに思える。それに、へたに絵の動きを止めて、あの三人まで止まってはまずい。
動きが止まるくらいならいいが、万が一にも彼らの鼓動まで止める羽目になっては、目も当てられなくなってしまう。助けるつもりがそんなことになっては、本末転倒。
こうなると、タペストリーに人質を取られたような気分だ。
「みんな、どうやってその中へ入ったんだよ」
ジンが腕を組みながら、文句を言う。
それが聞こえた訳ではないだろうが、ヴィズが持っていた栞をひらひらさせた。
「栞? あ、もしかして、その栞のせいで、そうなったってこと? はぁ、なるほどね。オレは持ってないから、タペストリーに拒否られたってことか」
ヴィズより少し後ろにいるガイが、リンプルを指している。
「リンプルが何? み? あーあ、栞にあった『み』って、それのことか」
中で口を大きく動かしたり、身振り手振りでジンにも彼らの推理したことをわからせようと必死だ。
ジンもそれを見て、だいたいのことは推測できた。
「実って……おいおい、そこになってるリンプルのどれかってことか? どうやって特定するんだよ。違いなんてわからないぞ」
外でも、中と同じことをボヤいている。





