09.ジンが見たもの
「あぁ、それな。何か見付かるたびに、いちいち作業を止めてやってられないだろ。だから、来る前に決めてきた。この栞の封印は、この前ジンが解いただろ。だから、今日は最初にヴィズがやって、その次が俺ってことになったんだ」
だから、さっきとりあえずの解呪をした時も、先にヴィズがしていたのだ。
カードやコインで順番を決める時の彼らは、子どもが一生懸命になってるみたいで面白かったから、リルレイアとしてはそれが見られないのでちょっと残念だった。
「じゃあ、やってみるよ」
ヴィズが栞をタペストリーにかざしながら、改めて解呪の呪文を唱える。
「フーウエカリヒ」
今度こそはっきりと、栞が白く光った。光が強くなって、そのまぶしさに誰もが思わず目を閉じる。
そして、次に目を開けると……そこは応接室ではなくなっていた。
☆☆☆
あーっ、もうっ。注文つけすぎだろ、あのオヤジ。あれは触るな、そこは見るなって、そんな状態で隠れた魔物がそう簡単に見付かるかっての。しかも、でかい奴ならともかく、ネズミくらいの大きさの奴だから、隠れる場所満載だっての。
さらに、そういう奴に限って小賢しいことをしてくれるし、ついでに数も多いし……あーっ、もうっ。
これが仕事じゃなかったら、遠慮なく屋敷をぶっ壊してるぞ。その方が絶対早い。自分が強突張りのせいでああいう魔物を呼び寄せるんだってのが、ああいう金満オヤジに限って理解できないのが悲しいね。あんなバカからは、依頼料をたっぷりふんだくってもらいたい。
さんざん心の中で文句を並べるジンだが、依頼主の暴言や注文に腹を立て、わざといくつか壺だの置物だのをしっかり壊していた。
後でちゃんと復元魔法をかけて元に戻したので、協会へ損害賠償を求められることはないはずだが……。
とにかく、依頼人のわがままのおかげで戻って来るのがすっかり遅くなってしまった。ヴィズとガイは、すでにリルレイアの家へ向かっているはずだ。
昨日連絡した時、時間が何とかなりそうなら行く、とは言ってある。もうじき三時だ。見付かっていなければ、二人はまだ彼女の家にいるだろう。
見付かっていれば「よかったね」となるのだが、正直に言えばあまり素直に喜べない。
かの大魔法使いライオストーンの魔法で封じられた魔法書の一部 (のはず)が探し当てられる瞬間を、首を突っ込んだ一人としてやはりこの目で見たいのだ。
タペストリーがどうって言ってたな。ガラスやロウソクに紙だの革表紙を隠せるくらいだし、織物の中に紙を隠すなんてライオストーンにとっちゃ訳ないだろ。
だけど、そこも過去にチェックは当然入ってるはずだから、その辺りをどうクリアするかだな。新しく何か発見できてればいいけど。
あれこれと考えながら早足で歩き、ジンはロブラック家に到着した。
ノッカーで来訪を告げると、少しして扉が開けられる。現れたのはリルレイアではなく、母のエルサリアだった。
「あら、こんにちは」
穏やかな笑顔で、エルサリアはジンを迎えた。
「こんにちは。あれ、今日は違う髪型なんですね」
前回訪れた時は、頭頂部にまとめたスタイルだった。今日のエルサリアは、同じ一つにまとめていると言っても、そのお団子がずいぶん下にある。それもゆったりめにまとめられているので、ふんわりした印象だ。
「まぁ、よく覚えてるのね」
「きれいな女性は、ちゃんと見てますから」
こういうことをさらっと言うから、ガイに「女のチェックを怠らない」などと言われたりするのだ。
しかし、言われた方は悪い気分ではない。
「ふふ、ありがとう。息子くらいの男性から、そんなふうにほめてもらえるなんて思わなかったわ」
「オレは正直に言ってるだけですよ」
ジンの名誉のために記しておくと、彼の言葉はあくまでもコミュニケーションの一つ。女好きだからどうこう、という訳ではない。
「今日、ヴィズとガイがこちらへお邪魔してると思うんですが」
「ええ、そのようね。私はレッスンがあって、お会いしてないけれど。応接室の方で声がしていたわ。……そう言えば、さっきから静かね。ごめんなさい、まだ生徒さんとお話しているの。応接室はそこよ。もし違っていれば、ご自分で探していただけるかしら。出掛けた様子はないから、どこかの部屋だと思うわ」
ジンは知らないが、ガイ達が訪れた時にピアノを弾いていた生徒のレッスンはすでに終わっている。今日は休みということもあり、レッスンが終わってからはお茶会状態のようになっていた。
娘は娘でやっているだろう、とそちらは気にしていない。いつものことだ。
「わかりました。お手間をかけまして」
エルサリアは奥へ戻り、ジンは教えられた応接室の扉をノックして開けた。
「誰もいませんねっと」
応接室へ入ったものの、人の姿はない。入って左側の壁に、タペストリーを見付けた。気になる、とヴィズが話していたのはこれだろう。
「いないってことは、これじゃなかったってことか。他にめぼしい物はあったのかな」
一応、自分もタペストリーをよく見ておこうと、そちらへ歩く。
「あれ、動いてる……」
ジンも何度かこの手の物は見たことがあり、このタペストリーが魔法によって動くものだということはすぐにわかった。
しかし、誰もいない部屋で絵だけが動いているのは、あまり気持ちのいいものではない。こういうものは、人がいなければ止めてしまうのが普通である。
これを動かしたのはヴィズかガイだろうが、二人のどちらにしても忘れてそのまま部屋を出るとは考えにくい。この状態にしておくことに、何か意味があるのだろうか。
ジンが絵を見詰める中、タペストリーの中では六人の人物が動いている。
「……え? おい、まさか」
規則的に動く人物と、不規則な動きをする人物。
ジンは、さらにタペストリーへ近付いた。
「な、何やってんだ、みんな」
タペストリーには、ヴィズとガイ、そしてリルレイアの姿があった。
☆☆☆
狭い空間にリンプルの木が五本あり、三人の女性達がそれぞれリンプルをもぎ取っては自分の持つカゴへ入れていった。
一つ取っては少し移動し、別の実へ手を伸ばす。そして、また少しだけ移動して……という行動が、ずっと繰り返される。
それが、三人の目の前で続けられていた。……まさに目の前で。
ヴィズの魔法で栞が光り、あまりのまぶしさに目を閉じて次に開けると、まったく違う空間に三人は飛ばされていた。
「な、何、ここ。どこなの?」
リルレイアが泣きそうになりながら、周囲を見回す。自分でも知らないうちに、そばにいたガイの袖をしっかり掴んでいた。
「落ち着け。タペストリーの中だ……たぶん」
「タペストリーッ?」
聞き返す声が裏返る。
今の今まで自分の家の応接室にいたのに、一瞬目を閉じただけで別の場所へ移動させられた。しかも、その場所が「織物の中」と聞かされれば、声だって裏返る。
リルレイアがかろうじて失神しなかったのは、多少なりとも魔法を勉強していたことと、竜の二人も一緒だからだ。
「そこの三人に見覚えがあるし、同じ動きを続けている。間違いないだろうね」
晴れた空の下でのリンプル狩り、という構図だったおかげで、周囲は昼間の外と同じように明るい。細かいことだが、夜でなくて助かった。
外から見ていた時は平面だったが、ここではちゃんと三次元として認識できる。絵だったはずの女性達は、ちゃんと立体感があった。リンプルも立体的で丸い。
もっとも、表面はやはり糸だった。
加えて、女性達の顔にはまるで生気がない。糸でできているのだから当たり前なのだろうが、ほんの少し離れてみれば本当の人間に見えてしまうので、その生気のなさが不気味だ。
人間そっくりの人形が、歩いているみたいに思える。いっそ、からくり人形が動いている構図になっていれば、不気味さももう少し軽減されていただろうに。
気持ちよく晴れた空だが、鳥の声も風の音もない。女性達が動く時に聞こえそうな、衣擦れの音さえなかった。
耳に届くのは、自分達の声とわずかに呼吸する音だけ。
もし音楽が出る仕掛けがタペストリーにされていれば、やはりその曲が聞こえていただろうか。





