07.応接室
「ヴィズ、それ……」
「ああ、これ? 今、ローゼが持って来てくれたんだ」
ローゼと言うのは、あの受付嬢のことだろう。
検閲でもされているのでは、と思ったが、彼女はヴィズが戻って来ているのを知っていて、彼に知らせてくれたのだ。
ローゼが使った奥の扉からではなく、ヴィズがリルレイアの後ろにある扉から現れたのは、単に職員室で彼のいた位置が廊下を出てこちらの扉から入った方が近かったからだろう。
「出ようか」
ヴィズにうながされ、リルレイアは事務局を出た。
職員室の前の廊下を進むと、休憩スペースがある。職務部の魔法使い達が文字通り休憩できる、喫茶スペースだ。
さらに進めば、意を決したリルレイアが入って行った食堂がある。
今はそこまで行かず、二人は休憩スペースのイスに腰を下ろした。ようやく、一息つけた気がする。
「これは、ガイが頼んでいたものだよね?」
「うん、そうなんだけど……」
ヴィズが封筒から中身を取り出し、さっと目を通す。
「ずいぶん細かく書いてくれたんだね」
「ごめんなさい」
「……どうして謝るの? こんなにしっかり書いてくれているのに」
リルレイアの言葉に、ヴィズが不思議そうな顔をする。
「だって……ガイからは、ライオストーンが生きてた頃にあった物って言われてたのに。うちにある物ってみんな古くて、どれがそうなのか全然わからないの。母に聞いても知らないって言うし、それどころかあれもこれもそうじゃないかって言い出すから、どんどん増えちゃって」
はっきり除外したのは、エルサリアとリルレイアの部屋。
リルレイアの部屋には、両親や祖父母、自分のお小遣いで買った物しかないので、さすがにこれは関係ないと判断したのだ。エルサリアの部屋もまた然り。
「カーテン……そうか、日光や外気の遮断だけじゃないよね。ある場所や柄によっては、立派な飾りだ。壁紙か……これは気付かなかったなぁ。確かに、丸太小屋の壁とは訳が違うよね。やっぱり、女性の意見は貴重だよ」
もう少し絞れなかったのか、と言われるのではと思っていたリルレイアは、ヴィズが感心しながら読むのを見て、こっそり胸をなでおろした。
少なくとも、叱られる種にはならなかったようだ。それだけで、十分。
「そうだ、リルレイア。次の休みは空いているかな」
「うん、予定は入ってないわ」
「よかった。ガイとぼくは、都合がつきそうなんだ。ジンだけが、ちょっと長引きそうな気配らしいんだけれど。三人揃うのを待っていたら、ずっと先になりそうだしね。ぼく達が行くなら、遅れても何とか行く、とは言っていたけれど」
リルレイアの都合さえよければ、竜の誰か一人でも行けばいいのだろう。
だが、女性の家に、男性が行けば。
いくら親がいると言っても、外からは在宅かどうかまでわからない。世間は、何かと好奇な目で見るものだ。
ないものをあるように言ったり、あるものをないように言ったり。
竜達はよくも悪くも目立つから、噂をたてられやすい。彼らはいちいち気にしてはいないが、女の子のリルレイアはそうもいかないだろう。
どこで、誰に見られているか、わからない。
だから、三人一緒は無理でも、必ず二人。一人でロブラック家へ行くことはやめておこう、という話が、三人の間でされていた。
必要もないだろう、とリルレイアには話していないが。
とにかく、あの謎を解くべく、次のリルレイアの休みに行動を起こす予定が入った。
「あたし、あの言葉の意味、全然見当がつかないの……」
すでにガイにはばればれだったせいか、リルレイアは素直に告白した。たぶん、期待されていないだろう、という開き直りも若干ある。
「ぼく達だって、何も思い付いていないよ。悪あがきで、こんなリストを作ってもらったけれどね。あれだけでわかれって方が、さすがに無理じゃないかな。ライオストーンの日記にあった『最後まで』って部分が、ここにも影響しているんだなぁって思うよ。この先、あの栞の枚数だけ、こうやって頭を悩ませることになるだろうからね。前にリルレイアが言っていただろ、もう少しヒントを残してくれればいいのにって。本当、ぼくもそう思うよ」
このリストがヒントになってくれればいいけれどね、とヴィズは笑う。
そうなってほしい、とリルレイアも本気でそう思った。
☆☆☆
リルレイアの休みである日曜日。
午後になって、ガイとヴィズの二人がロブラック家を訪れた。
ヴィズが話していたように、ジンはまだ仕事が長引いているらしい。間に合えば来る、ということだった。
「今日は、出て来る時に転ばなかったか」
前回彼らが訪れた時、玄関へ向かうリルレイアが転んだことをガイがからかう。
「そんなにしょっちゅう転ばないもんっ」
つまづいたことは秘密である。
「あれ? よくやるのって言ってなかったっけ」
リルレイアが顔を赤くし、ヴィズが後ろからガイの頭をこつんと小突いた。
「ピアノ? おふくろさんが弾いてるのか?」
奥から、ピアノの音が流れてくる。
「ううん、生徒さん。母が教えてるの。本当はレッスン日じゃなかったんだけど、その人の都合がつかなくて。今日は特別に」
それは予定外だったが、こちらも騒ぎ立てる訳ではないから、お互いに支障はないだろう。
「どの部屋から探すの? やっぱり、ライオストーンの部屋?」
「あ、それなんだけれどね。応接室を見てみたいんだ」
「応接室なら、すぐそこだけど……。何か特別な物って、あったかしら」
ヴィズに言われ、リルレイアが案内した。
エントランスから一番近い部屋の扉を開けると、そこが応接室となっている。リビングへ通す程には親しくない、客人を招き入れる部屋だ。
ソファがあり、低いテーブルがあり、飾り棚には置き時計や白いサテンのドレスを着た人形など……。
来訪者を通すための部屋だから、それなりの「悪くないんだろうな」と思われる品が飾られている。
だが、見回した限り、特に目立つ物はなさそうにも思えた。
とは言っても、ライオストーンのことだ。何でもない物どころか、意外な物や場所に隠していることは大いにあり得る。
入って正面には、庭が見える窓があるが……さすがに「窓ガラスに封印」はもうないだろう。ライオストーンがそんな芸のないことをするとは思えない。
「俺達が気になったのは、こいつだ」
ガイが指差したのは、部屋へ入って左側の壁にあるタペストリー。
高さはガイの身長よりあるので、およそ二メートレ。それと同じだけの幅がある、正方形の織物だ。
果樹園の収穫風景がモチーフにされたもので、木になっている拳大の赤い実はリンプルだろう。
リルレイアより少し年上くらいの少女が三人いて、取った実をカゴへ入れている構図だ。しかし、彼女達の格好は、とても農作業に向いたものではない。
収穫と言っても、農夫が仕事で収穫する場面などではなく、富豪が遊びの一環で果物を取ることに興じているような図案だ。
なので、少女達はシンプルだがドレス姿で、髪に花飾りを付けている。
「このタペストリーが? 魔法がかかってるし、古いだろうなって思ってはいたけど」
「うん、ライオストーンが生きていた頃のものに、間違いないよ。きみのお父さんが残してくれたメモに、そう推測できる文章があるからね。で、それを読み返していて、気になる部分があったんだ」
リルレイアの亡くなった父サンシュコートも、ライオストーンの魔法書をずっと探し続けていた。
彼は過去の魔法使い達がどこを探したかなどの情報を書き出し、そこから気になる場所や、新たに探す方法がないかを模索していたらしい。
リルレイアの許可を得て、そのメモをヴィズが魔法で人数分複写し、各自持っている。
「このタペストリーに他より濃い魔法の気配が残ってた、みたいなことが書かれてるんだ。けど、これ自体に元々魔法がかかっているからそう思えるんだろう、で片付けられたらしいぞ。必死で探してる割に、そんなあっさり片付けるなよなって思わないか?」
「んー、そうね。だけど、過去の魔法使い達だって、それなりにちゃんと調べてるでしょ。だったら、本当に怪しいかどうかはわかりそうなものだけど」





