05.宿題
この前言われたように、魔法書探しはリルレイアが中心となってやらなければならないこと。自分が始めたことなのに。
これだと、彼らに任せきりで何もするつもりがない、みたいに思われても仕方がない。決してそんなことはないのに。
でも、実際には何も浮かばなくて、考えるのをやめたのとあまり変わらない。
ガイ達は仕事の合間にも、こうしてあれこれ考えてくれているのに。
そう思うと、どんどん申し訳なく思えてくる。
彼らの助けなしには何もできないものの、ずっとこのまま依存していていいのだろうか。
言い返そうとして、そのまま視線が下がって行くリルレイアの頭を、ガイの大きな手がなでた。
びっくりしたリルレイアが顔を上げると、ガイの緑の瞳に出会ってどきっとなる。これまで意識していなかったが、とても優しい色だ。
「あんまり根を詰めるなよ。リルレイアが倒れたら、俺達だって何もできなくなるんだから」
「う、うん……」
何だかずるいなぁ、とリルレイアは思う。
からかうだけからかって、こちらが負のスパイラルに落ちそうになったらひょいと引き上げてしまう。
やはり、考えていることを全て読まれているみたいだ。
でも、それが不快には感じない。だから、余計にずるいと思う。
「じゃな」
温かな手が離れ、ガイが離れて行く。
「あ、あの、ガイはお仕事、終わったの?」
「まだだ。中間報告で戻って来たけど、すぐにまた出る」
そんなわずかな時間を割いて、わざわざこのメモを渡しに来てくれたのだ。
「帰る時間だろうって思ってたけど、ちょうどよかった。会えなかったら事務局にことづけるつもりだったからな。それ、頼んだぞ」
そう言って、今度こそガイは立ち去った。
リルレイアはもう一度、ガイから渡されたメモを見る。
リストにするのは大変そうだが、これは自分にしかできないこと。自分では考えられないようなことを彼らが考えてくれるように、このリストを完成させられるのは自分だけだ。
「宿題、がんばろっと」
メモを大切に本の間に挟むと、リルレイアは帰路についた。
☆☆☆
家に帰ってから改めて、リルレイアはガイから渡されたメモを見る。
タペストリー、絵画、彫刻、鏡、飾り皿、置き時計、花瓶、人形、オルゴール、燭台、卓上ランプ。
これらが「家に飾られる物」としてリストアップされている。
ネックレス、指輪、イヤリング、ブレスレット、ブローチ、帽子、リボン、靴、手袋、タイ、ドレスなどの服全般、ステッキ、眼鏡、懐中時計。
これらが「人を飾る物」としてリストアップされていた。
確かに、飾りと一口に言っても、棚などに置いて飾っておく「置物系」と、人間が身に付ける「装飾品」がある。
あの栞にはどちらとも指定がなかったし、あの言葉から読み取ろうにも情報がなさすぎなので、両方を考えていかなければならないのだ。
さらに、基本的な条件として「ライオストーンが生きていた頃に存在していた物」でなければ意味がない。
時代が進んで新しく買った物に、過去に生きた彼が魔法をかけられるはずはないのだから当然のこと。
これはさすがにどんなすごい魔法使いでも、未来に存在する物に封印の魔法はかけられない。
そのことをふまえた上で、リルレイアはとりあえずリビングの中央に立ち……深いため息をついた。
だいたいが古いのだ、この家にある物が。
どれがライオストーンの生前にあったのか、亡くなってから子孫が買い足した物か、なんてことはリルレイアにはわからない。
しかも、それがこのリビングだけでなく、家中全てにあてはまってしまう。
ライオストーンが生きていた頃に間違いなくあった、と思われるのは、彼の部屋にある物くらいだろう。
この魔法書探しのために、多少の移動はあっても新しい物は持ち込まれていないはずだ。ライオストーンの物かどうかわからず、ややこしくなってしまいかねないから。
……いや、メモやペンのインクなどの消耗品は、買い足されている可能性がある。さらに、これは飾りと呼ばれるだろうか、と思うような物でも実は、ということも。
あとは、地下の書庫くらいか。
しかし、あの書庫には、このメモに書かれているような物は一つもない。本と棚しかないが、棚そのものは飾りに含まれるだろうか。
そんなにしゃれた物ではなかったように思うが、見る人が見れば「実は素晴らしいアンティークの類」だったりするかも知れない。
「ねぇ、お母さん。どれが二百年以上前からあった物か、なんてわかる?」
無理だろうと思いつつ、エルサリアに尋ねてみる。
「みんな、古そうだもの。全部じゃない?」
「……そうかもね」
エルサリアに尋ねたのが、やはり間違いだった。
彼女は、魔法に全く縁のない人なのだ。夫が魔法使いだった、という以外は。
夫のサンシュコートの仕事にも特に興味はなかったようだ。ライオストーンが有名な魔法使いで、夫の先祖だった、というのも「結婚してからようやく知った」と言う。
理解がないのではなく、単純に「興味がない」のだ。ライオストーンの話を聞いても「へぇ、すごい人だったのね」くらいで終わってしまう。
ちゃんと聞いたことはないが、サンシュコートが魔法使いでなくても、家族を養えるだけの稼ぎがあれば、どういう職種であってもよかったのだろう。
純粋にサンシュコートのことが好きだった、とも言える。ライオストーンの子孫だの、魔法使いだのではなく、サンシュコートその人が好きだったのだ。
それ以外は「あら、そうなのね」くらいの関心レベルで。
それはともかく。
家の掃除はほとんどをエルサリアがしているが、どの部屋の置物がいつの時代の物か、なんて話は彼女にとって完全に興味の対象外である。
エルサリアが確実にわかるのは、台所用品や掃除用品、自分の部屋の物くらいだ。
「今度は本じゃなく、家具を調べてるの?」
「んー、家具って言うか、飾る物なんだけどね」
魔法書の一部である表紙が見付かったことは、エルサリアにも話してある。これからもあの三人が手伝ってくれる、ということも。
「ガイ達が、その手掛かりになる栞の言葉を読んでね。とりあえず、そこから調べてみようってことになったの」
「そうなの。あなたも本当にいいお友達に恵まれたわね。竜の三兄弟に手伝ってもらえるなんて」
「え……ええっ、お母さん、知ってたのっ?」
三人が来る前も来た時も、彼らのことは「職務部の魔法使いだ」という紹介の仕方しかしていない。
セレカティアの竜だということを知ったら「驚きすぎるか、信じないのでは」と思って、あえてリルレイアは言わなかったのだ。
「娘が通っている場所にいらっしゃる人達のことよ。情報として、ある程度はちゃんと把握してるわ」
「はぁ……恐れ入りました」
てっきり、魔法に興味がないから「セレカティアの竜なんて知らないだろう」と勝手に思い込んでいた。
魔法どうこうではなく「娘が通っている組織」については、親として気にかけている、ということのようだ。
「だけど、そういうことなら困ったわね。どれがどのくらい古いかなんて、本当に私もわからないもの」
エルサリアはロブラック家に嫁いでこの家に住むようになったが、まだ二十年にもならない。
結婚当時は義父母、つまりリルレイアにとっての祖父母がいたが「これはライオストーンが使っていた」なんて話にはならなかったようだ。
もしかすると、祖父母もライオストーンが使っていたかどうか、把握していなかったのかも知れない。
「そっか……。とりあえず、すっごく古そうな物だけ書いていこうかな」
「ダメよ、そんなことじゃ」
リルレイアの言葉に、母がはっきりきっぱりダメ出しをする。
「え、ダメって……」
まさか、母から却下されるとは思わなかった。
「百年前の物か、二百年前の物かなんて、素人目にはわからないでしょ。それに、この家の部屋や物は昔からちゃんと掃除されていて、どれもきれいだもの。本当はとっても古いのに、あなたが勝手に古くないと思って書かなかった物に限って、それが一番大事だったってこと、ありえるわよ」





