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魔法使いの魔法書  作者: 碧衣 奈美
第一章 大魔法使いの子孫と三人の竜

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02.ガイと少女

 しかし、その仕事は確認だけでは終わらなかった。

 魔物に不意を突かれ、一人が負傷してしまったのだ。

 かろうじて攻撃を避けられた魔法使いが、傷付いた仲間を連れてその場から逃げた。

 だが、とても一人では太刀打ちできない。

 すぐにでも協会へ戻り、もっとレベルの高い魔法使いと交代してもらいたいところだが、魔物はすぐ近くをうろついていたので身動きが取れない。

 その様子だと、どうやら逃げた彼らを捜しているようだった。

 人間が喰われた、という報告はなかったはず。そもそも、被害者が出たとは聞いていないのだ。

 このままでは、自分達が最初の犠牲者になりかねない。

 治癒魔法で何とか出血は止められたものの、半分も治せなかった。焦りで、普段のようにできないのだ。

 けが人を連れて逃げることはあきらめ、通信魔法で協会へ救助を要請した。

 とにかく早く助けてほしい、ということだけが彼の頭の中を占め、必要以上に「魔物が凶暴で、今にも殺されそうだ」という内容で連絡をしたのだ。

 実際、魔物に見付かれば、殺されていたのかも知れないが……。

 その連絡を受け取った協会は、ちょうど他の仕事が終わっていた三人に救助へ向かうように指令を出す。

 本当なら、彼らよりもう少し下のレベルの魔法使いであっても対処はできたはずだが、連絡内容を聞いた魔法使いが事態を重くみて、確実に対処できる三人を向かわせたのだ。

 通信魔法が発信された場所へ向かえば、逃げていた魔法使い達は魔物に見付かって、今まさに喰われようとしていた。

 ヴィズが風を起こして魔物の注意をそらし、その間にガイが二人の魔法使いの周囲に結界を張って魔物の目から隠す。

 さらにジンが水のつぶてを放ち、魔物がこの場から離れるように仕向けた。

 火を吐く魔物は、セオリー通りに水が苦手らしい。こちらが思った方向へと逃げてくれる。

 そこへ先回りしていたガイが、わざと火で応戦し……。

 現場へ駆け付けて魔物を見た時、彼らは正直なところ「え? こいつ?」などと思った。

 話を聞いた限りでは、もっとやばい魔物がいる、と予想していたのだ。

 セレカティアの竜と呼ばれる三人にとっては、その場にいる魔物はあまりにも下のレベル。

 だが、連絡してきた魔法使いにとっては確実に危険な状況だったので「拍子抜けした」という感想は、誰も口にしなかった。

「趣味の悪い氷像だな」

 ジンが凍らせた魔物を見て、ガイが苦笑する。

「ああ、その点については、オレも同感」

「それじゃ、これで終了だね。アビアヨネザック」

 ヴィズが、彼らと同じように手を振る。

 空気を裂く音が再び聞こえ、氷漬けになった魔物が上下真っ二つになった。風がかまいたちとなって、魔物を分断したのだ。

 大きな身体をあっさりと二つに切り裂かれ、氷もまだ溶けていない状態では魔物も動きようがない。

 そんな魔物へ、ヴィズが近付く。数歩遅れて、ジンとガイが続いた。

「あった、あった」

 二つになった身体のうち、上半身にあたる部分の切り口にヒクヒクと動く血のかたまりのような物があった。

 ヴィズはそれを、指でつまみ上げる。

「話には聞いていたけどさ。竜もどきの心臓って、本当にちっちゃいんだねぇ」

 ヴィズがつまみ上げた物を見て、ジンが笑う。

 竜もどきと呼ばれる魔物の身体は、縦も横も人間の彼らの倍以上もあるのに、その心臓は彼らの拳より小さかった。

「脳はこれより、さらに小さいらしいよ。目をここまで大きくせずに、脳か心臓に回せばいいのにね。身体に対して心臓がこれでは小さすぎるから、血液や栄養が脳にまでしっかり届かないんじゃないかな。で、萎縮して、あまり賢くない生き物になって……。知能うんぬんより、こんな小さな心臓がこの巨体を動かせるってところが、さすがは魔物と言うべきかな」

「図体の大きいバカが暴走するのって、迷惑だよね。まぁ、オレ達にすれば、火を吐いて走り回るしか能がない訳だから、始末も楽だけど」

 彼らにすれば「竜もどき」と呼ばれるような魔物相手に、さしたる苦労はない。

「こいつの身体、笑えるくらい色々な部分の釣り合いがとれてないよな。ってかさ、こーんなブッサイクな奴に『竜』って言葉を付けること自体、おかしいんじゃないのか?」

「ぼくも、ガイと同意見だね。名前を付ける時は、もう少し責任を持って考えてもらいたいよ。本物の竜が聞いたら、怒ってしまうんじゃないかな」

 うなずきながら、ヴィズはつまんだ魔物の心臓を灰にしていく。数秒後には、彼の手から魔物の心臓は完全に消えていた。

 これで、魔物が復活することはない。

「それじゃ、残っている身体の方はよろしく、ガイ」

「つまらない後始末だな。こういう奴に限って、死んでも消えてくれないんだから、面倒だ。イアミセテオン」

 二度と動くことのない魔物の死体の前に立つと、ガイはそれらを火で包み込んだ。

 氷が一気に溶かされ、亀裂の入る音が火の中から何度も聞こえる。

 その音が消え、しばらくするとガイの出した火も消えた。その場には、もう何も残っていない。

 魔物の身体も、魔物がさっきまでそこにいた痕跡さえも。

「このレベルで火を使う魔物相手なら、俺の力なんて特に必要なかったよなぁ」

「そんなことないさ。方向転換でもされて逃げられたら、厄介なことになる。そうならないために、ガイみたく、敵をあおって足止めしてくれる奴が必要だし」

「んー、ジンの言い方だと、どうも利用されてるみたいに聞こえるんだよなあ」

「あれ、そんなふうに聞こえる? 心外だぞ、その言葉」

 わざとらしく、傷付いた表情をつくるジン。

「ガイ、これは協力って言うんだよ。万一逃がしていたら、最初から追跡することになっていたかも知れないからね。複数だった時のことも考慮して、協会もぼく達三人を送ったんだよ。魔法使いの被害者が出たから、とにかく迅速に処理を、という目的があったし」

「ヴィズに言われると……納得しそうになるな」

「しそう、じゃなく、してもらいたいな」

 ガイの言葉に、ヴィズは苦笑する。

 もっとも、わざわざ自分がこんな説明をしなくても、ガイはちゃんとわかっている、とヴィズも承知していた。

「さ、仕事はとどこおりなく終わったんだ。さっさと帰ろう」

 ジンの意見に、二人が反対するはずもない。

 あっさりと任務遂行し、被害者となった仲間を連れて協会へと戻った。

 こんな光景は、三人の日常の一幕でしかない。

☆☆☆

 その日は特に仕事をふられることもなく、ガイは前日に済ませた仕事の報告書を書こうと、図書館へ向かっていた。

 修学部と職務部の建物の間には別棟の図書館があり、見習い魔法使いもベテラン魔法使いもよくここを利用する。

 調べ物をする回数は少ないが、ガイは報告書を書く時にいつも利用していた。当然ながら静かな場所だし、ちょっと表現などに詰まった時はすぐに調べられるから便利だ。

 三月に入っても、まだまだ風は冷たいな。

 ガイは冬生まれだが、寒いものは寒い。

「や、やだ……ちょっとぉ」

 首をすくめながら図書館へ入ろうとしたガイの耳に、少女の困っているらしい声が入ってきた。

 図書館の入口の前には中庭があり、声はそちらから聞こえたようだ。

 ガイが見ると、数枚の紙が風に遊ばれて宙を舞っている。それを取ろうと、少女が必死に手を伸ばしていた。制服だから、修学部の生徒だ。

 持っていた紙が風に飛ばされ、慌てて拾い集めようとしている、といったところだろう。

 全てを手で集めようと思ったら、かなり大変だ。紙は風に運ばれて予測不可能な動きをしているし、舞っている紙は一枚や二枚ではない。

 それに、少女の動きもちょっと……とろかった。二つに束ねた明るい茶色の髪まで、はね方がおっとりしているように見える。

 放っておけば、そのうち屋根やどこかの窓枠にでも引っ掛かるか、見当もつかない方角へと飛んで行方不明になるのがオチだ。

 何の紙なのかは知らないが、ああして追うところを見ると、多少なりとも大事なノートの類なのだろう。

 偶然とは言え、居合わせてしまったし、そのまま知らん顔で図書館へ入ってしまうのも気が引ける。他に彼女を助けてくれそうな人影は……なし。

 仕方ない、か。

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