01.セレカティアの魔法使い
「そっちへ回ったぞ、ガイ!」
イゲルと呼ばれる山の中で。
青みがかった銀の髪の青年が怒鳴った。
「おうっ、まかせろ」
応えるガイの前に、トカゲのような姿をした巨大な二足歩行の魔物が現れる。
長身だが顔にまだ幼さの残るガイに対し、魔物の体高は彼の倍以上あった。幅もそれなりだ。腕は人間の足よりも太く、脚は人間の胴より太い。
全身を赤黒いうろこに覆われ、背中や脇には大小のいぼのようなものが不規則に並ぶ。
身体が大きいのだから、頭もそれに比例して大きい。さらに、そこにある目は「バランスが悪いっ」とはっきり言いたくなるくらいに大きかった。
その大きな赤い目で、目の前に現れた人間を見下ろす。
トカゲのような、と表現されても、引き合いに出されたトカゲが思いっきり気分を悪くするような、不気味な姿の魔物だ。
女子どもでなくても、そんな醜い魔物に見下ろされれば、逃げたくても恐怖で身体が動かなくなるだろう。
しかし、そんな姿を見ても、ガイが怯える様子は全くない。むしろ「待ってました」とでも言いたげな表情だ。
「もう逃げられないぜ」
ガイがにっと笑う。
それを見た魔物は、自分を恐れない相手に怒りを感じたのだろう。唸り声をあげると、ガイ目掛けて突進してきた。
でっぷりした図体で、脚もそんなに長くないくせに、走るスピードはそこそこに速い。
「俺を喰うってか。笑わせるな。エガニライアック」
ガイが手を水平に振ると、鮮やかな赤い火の槍が魔物へ向かって何本も飛ぶ。魔物は、その槍へ向かって自分から突っ込む形になった。
槍が魔物の身体に次々と刺さり、さらに槍の火が魔物の身体を包み込む。
苦しそうな声をあげ、魔物は自分を燃やす火を振り落とそうとするかのように身体を揺すった。だが、そう簡単に火は消えてくれないし、槍も抜けてくれない。
最後の反撃のつもりか、魔物がその大きな口から黒い火を吐いた。火は真っ直ぐにガイを狙い、宙を走る。
その火に触れれば、人間の身体など一瞬で炭になるだろう。
だが、ガイは逃げる素振りを見せない。
「甘いな。その程度の火で、俺を焼き殺せると思うなよ」
あとわずかで、火の手がガイに届くと思われた瞬間。
突然、彼の前に火の壁が現れた。魔物が吐いた火は、その壁に弾かれて霧散する。
それを見た魔物は、悔しいのか混乱したのか。
そんなはずはない、とばかりに何度もガイへ向けて黒い火を吐くが、自分の攻撃が相手を傷付けることはない。
身体を火に包まれながらも、魔物はさらに大きな火を吐くべく息を吸い込んだ。
空気を裂くような鋭い音がわずかにしたのを、魔物の耳は聞き取っただろうか。
まさに火を吐こうとした瞬間、突然魔物の太い尾が根本から切れた。
ガイへ向けて吐き出すはずだった火は、魔物がのけぞったことで悲鳴とともに空へと向けられる。
「ガイ、遊んでないで。早く終わらせよう」
現れた金の髪の青年ヴィズに言われ、ガイは軽く肩をすくめた。
「魔法使いを喰おうとした奴だぜ。少しくらい、お仕置きしたっていいだろ」
「だからって、火を吐く魔物に火の魔法を使うのかい? いくら得意だからって」
「上には上がいくらでもいるんだってことを、最期に教えてやってるんだ」
「……こんな所で力比べなんてしなくても」
ガイが胸を張る様子は、いたずらっ子がどうでもいい自慢をして得意そうにしているのとあまり変わらない。
「ガイ、オレ達の仕事は魔物にお仕置きをすることじゃなく、退治だぞ。こいつ、ちょっとうるさいしさぁ。もうそろそろ、終わってもいいんじゃない?」
銀の髪の青年……ジンが、尾を切られた痛みで叫びながらのたうち回っている魔物を見やる。
今は転げ回っているが、その痛みが引いたところでもう立てないだろう。あの太い尾でバランスを取っていただろうから、立てたとしてもうまく歩くことは難しいはず。
ジンは、手を水平に軽く振った。
「エクディロック」
呪文が終わった途端、魔物を包み込んでいた火が消え、代わりに今度は氷が魔物を閉じ込める。魔物の氷漬けができるのに、ほんの数秒しかかからない。
☆☆☆
ファルガーロの国、中央よりやや東にある街アムシーチェス。
魔法使い協会セレカティアは、この街にある。
アムシーチェスの街はもちろん、近隣の町や村に住む者で正式に認められた魔法使い達が所属する所だ。
ヴィズこと、ヴィズロスター・ダンゼールコット。
ジンこと、ジンツァイト・リーズレッチャー。
ガイこと、ガイルード・ファルレーズ。
彼ら三人は、セレカティアの一員だ。
この世界では、協会に名前が登録されていなければ、どんなに腕がよくても正式な魔法使いとして世間に認知されない。
もしくは「魔法を少しかじったことがある」という程度の認識で終わるのだ。
現在はどの国にも最低一ヶ所、大国であれば三ヶ所の協会がある。
その中で、セレカティアは最古の協会。今年で設立二百九十年だ。
協会には魔法使いとしての仕事を斡旋する「職務部」と、魔法使いになるための修行の場を提供する「修学部」がある。
修学部の入会に年齢制限はなく(最低就学年齢だけは十歳と決められている)課題をクリアすれば、晴れて一人前の魔法使いとして認められるのだ。
その後、正式に魔法使い協会にその名前が登録される。
魔法使い志望でも、修学部に必ず入る必要はない。個人で魔法使いに師事し、最終的に協会が実施する認定試験に合格すれば、修学部卒業と同じ資格を得て登録されるのである。
もっとも、最近は「誰かに弟子入りして」という経緯で魔法使いになった者はほとんどいない。
図書館には多くの魔法書が並び、実技練習を思う存分できる環境があり、色々なタイプの教師陣がいる協会の方が学びやすい、と考える者が増えたからだ。
その協会で魔法の修行をした、若い三人の魔法使い達。
彼らは「セレカティアの竜達」もしくは「竜の三兄弟」などと呼ばれている。
これは彼らの功績を称え、賞賛の意味を込めた呼び方で、自然に人々が口にし始めるもの。この「竜」というのは、魔法使いにとって最高の称号だ。
つまり、彼らはセレカティアにおける、トップクラスの魔法使いなのである。
彼らの名前は知っていても、その顔を知らない他の協会の魔法使い達は、彼らの姿を見てほぼ全員が驚く。竜の称号を得るには、あまりにも若いからだ。
ヴィズは二十歳、ジンは十九歳、ガイにいたってはまだ十七歳。
てっきり中堅かベテランだと考えている人達の中には、冗談だろうと思い込む人もいる程だ。
よその協会では、竜と呼ばれる魔法使いは少なく、いても経験豊富な年配者がほとんどである。
しかし、彼らが協会から派遣され、解決させた仕事は数多く、しかも難易度の高いものばかり。実力に間違いはない。
三人はそれぞれ十五歳で協会の修学部を出ているが、入会して三年で認定試験をクリアしている。
三年が協会規定に記された必須修学年数だが、その規定がなければもっと早くに正式な魔法使いとして認定されていただろう。
修学部から職務部へ移った途端、仕事依頼は行列ができる状態。それも難なくこなしてしまうから「竜」と呼ばれるのにさして時間はかからなかった。
ヴィズが最初に「金と紫の竜」と呼ばれるようになり、次に認定されたジンが「銀と青の竜」と呼ばれるように。二人が組むようになると、ますます依頼は増えた。
さらにガイが認定されて、間をおかず凶悪な魔物退治をこなすようになると「黒と緑の竜」と呼ばれ、いつしか「竜の三兄弟」などと呼ばれるようになった。
三人は兄弟どころか親戚でも何でもないが、そう呼ばれる以前から兄弟のように仲がいい。互いに相手の実力を尊重し、いいライバル関係を保っているのだ。
ちなみに、色はそれぞれの髪と瞳の色を表わしている。
今回の仕事は、突発で入ったものだった。
イゲルの山で火を吐く魔物が現れた、という報告を受け、初めは若手魔法使いの二人が組んで、現地へ調査に向かっていたのだ。
その時点では、被害者が出たという報告はなく、状況を確認するだけ……のはずだった。





