03.竜の名前
「ちょっと、ディーナ。またって……んー」
失礼ね、と言い返したいところだが、強く反論できるような点が取れていないのは事実。少なくとも、実技の点数は泣きたくなる数字ばかりだ。
「そんなの、気にしない。次にがんばればいいのよ」
ディーナは、リルレイアの肩を軽く叩く。
強い言葉で激励するとプレッシャーになる、とディーナは思っているので、いつもこんな感じでリルレイアを励ますのだ。
「それより、さっき話してた彼ってさ……もしかして、黒と緑の竜じゃなかった?」
ガイは黒髪と緑の瞳を持つところから、そういう呼ばれ方をしている。
「うん……そう」
少し離れた場所から見ても、ちゃんとわかってしまうんだなぁ、などと思いながら、リルレイアはうなずく。
「やっぱりぃ? まさかとは思ったけど、よく似てるなぁって。リル、いつの間に彼と話ができるようになったのよぉ。狙ってても話せない子なんて、いくらでもいるのよ」
かく言うディーナも、その「話せない子」の一人だ。
彼女から「ファンクラブもある」と聞いたことがあった。もちろん、ガイだけでなく、ヴィズやジンのファンクラブもあるという。
非公認らしいが、クラブを発足した側にすれば「想うのは勝手でしょ」ということらしい。
彼らの素晴らしさを、本人がいない場所でひたすら話し合う、というのがクラブ活動の内容だ。
部員に竜と関わりがある人はほとんど皆無なので、妄想だけで話が進んでいる、という状態ではあるが、やはり「想像してしゃべるのは自由でしょ」となる。
ディーナはクラブには入っていないものの「この前、どこそこで見掛けた」などと竜のファンと盛り上がることはよくあるらしい。
「えっと……あたし、前から探し物をしてるって話してたでしょ」
「ああ、お父さんの代よりずっと前から探してるって」
仲よくなったディーナには「ライオストーンの魔法書」とは言っていないが「探し物をしている」という話はちょっとだけしていた。
話を聞いたディーナに「ライオストーンが残した宝物?」などと冗談で言われ「そんな感じかも」などとあいまいに言ってある。
昔は大勢の魔法使い達が公然と探し回っていたのだし、隠す必要はないのだろうが、何となく言い損ねていた。
「ガイと話をする機会があって、そのことを話したら手伝ってやるって言ってくれたの」
結び目を延々と作ってあきれられた、という部分はなかったことにしておく。
「本当にぃ? すごいじゃない」
ディーナにとっては他人事のはずだが、やけにテンションが高い。
竜が一介の見習いのために探し物を手伝う、となれば、確かにすごいには違いない話だが……。
これで「ヴィズやジンも一緒で、昨日は三人揃って家に来た」なんて話をしたら、ディーナのテンションがピークに達してしまいそうな気がする。
「ライオストーンのって部分に、興味がわいたみたい」
「そりゃあ、その名前が出たら関心を引くでしょうね。で、竜に手伝ってもらって、リルの探し物は見付かったの?」
「うん。あ、でもまだ」
「どっちなのよ」
リルレイアの答えに、ディーナが首をかしげる。
「探し物の一部だけ。まだ全部は見付かってないの」
「そんなにたくさんの探し物がある訳?」
「一つだと思ってた物が、ばらばらになってたの。だから、全部見付かるまでは当分かかりそう」
焦っても仕方ない。これまでの年月とそれに関わった人達の数を思えば、自分達は一歩を踏み出せただけでもありがたいのだ。
「つまり、見付かるまでの間、ずっと竜と一緒にいられるってことね」
「そうなる……のかな。だけど、あたしと違ってガイ達は仕事があるから、ずっとこれにかかり切りって訳にはいかないし」
「ガイ……達?」
ディーナに繰り返され、リルレイアは「しまった」と心の中で叫んだ。
実際はガイだけでなく、ヴィズとジンもいるから、リルレイアも自然に「達」と言ってしまった。
しかし、ディーナはそこにしっかり気付いたのだ。話は竜に関してなのだから、細かい部分でもスルーはできない。
「リル、もしかして金と銀の竜まで関わってるってこと?」
言わないでおこう、と思ってまだ一分も経っていないのに、自分から口をすべらせてしまった。突き詰められれば、どうせ白状することになってしまう。
隠し通す度胸もなく、リルレイアはうなずいた。
「ガイに話した時、ヴィズとジンもそばにいたから……。気付いたら、話がそっちへ流れてったの」
それは、嘘ではない。
リルレイアが話について行けない間に、竜達の間でさっさと次の休みにどーのこーの、と話が決まってしまったのだ。
手伝ってくれる? なんてことを言い出したのはリルレイアからだったが、まさか本気で、しかも三人ともが話にのってくれるなんて思ってもみなかった。
「すっごい……」
もっと大きな声を出されるかと思いきや、ディーナはつぶやくように言った。竜の三兄弟が関わっていることに驚きすぎて、逆に冷静になったらしい。
「リルってば、実は竜とコネがあったりしたの?」
ディーナの言葉に、リルレイアは慌てて何度も首を振る。
「そ、そんなのないよぉ。今回のことは本当にたまたまで、あたしもまだ信じられないでいるんだから」
コネと言えば、やはりライオストーン……ということになるのだろうか。
「だけど、竜の名前を呼べるってことは、かなり親しくなってるわね」
「え、それほどでもないと思うけど……」
彼らと関わったのは今のところ、最初に話をした時と昨日の二回だけ。かなり親しく、となるには、時間も日数も少ない気がする。
昨日は半日近く一緒にいたが……魔法書に集中していたから、親しくなるためにどうこう、といった行動はしていない。そんな余裕もなかった。
今回のことでリルレイアとしては、竜の三兄弟とお近付きになれた、という気持ちでいるが、彼らの方は「リルレイアと親しくなった」と思ってくれているのかどうか……。
「だって、普通は黒の竜とかって言い方、するじゃない。誰かとこうして彼らの話をする時に、名前は出ないわよ」
「そう……かな」
リルレイアは今まで誰かと竜の話題で盛り上がったことはないが、確かに周囲では「○の竜」という呼び名で彼らのことを指しているのは聞いたことがある。
しかし、本人達を前にして「○の竜」とは呼びにくい。彼らには、ちゃんと名前があるのだ。
そして、一日一緒にいれば、彼らの名前が普通に口から出てもおかしくはないだろう、と思うのだが……。
それが周囲からすれば、名前が出る程に親しいのか、ということになるようだ。
「ねぇ、ディーナ。お願い、他の人にはこのこと、あまり話さないでね」
「それはいいけど……すぐにわかるわよ。一緒にしゃべってたら、リルは目立たなくても、向こうはそこにいるだけで十分に目立つ人達なんだから」
それはわかっている。
さっき、ガイと短い会話をしていただけで、すれ違う人達の視線が突き刺さったのだから。
まだ時間的に人が少ないからよかったものの、もし修学部の中でさっきのような状態になれば、後で質問攻めにされるのは容易に想像できる。
どうして竜と話ができたんだ。何の話をしていたんだ。
恐らく、そういったことを聞かれるだろう。
「確かに、すぐ知られちゃうだろうけど、わざわざ自分から広めることもないでしょ?」
「それもそうね。……私、これからリルにくっついて行動しようかしら。そうすれば、竜の誰かと会話できるかも知れないし」
ディーナが冗談めかして言う。
「しばらくは無理だと思うよ。さっき、仕事だからって言われたし」
「仕事だから、デートできないって?」
「ディ、ディーナ! な、何よ、デ、デ、デートって」
「あら、そんなに慌てるってことは、図星だった?」
リルレイアのどもり具合に、ディーナが苦笑した。
「ち、違うってばっ」
真っ赤になりながら、リルレイアは首を横に振った。
リルレイアが人にからかわれるのは、何もガイに限ったことではない。
「さ、探し物の続きの話よ。仕事でそっちに集中できないって」
「ふぅん。で、リルはどの竜が一番好きなの?」
「ええっ?」





