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君だけに恋を囁く  作者: 煙々茸
君恋 第七章
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 みんなの姿を探すが、気持ちが上がって来ない。

(なんか、あの人と会話を重ねる度に、空気が悪くなる気がするな……)

 結局、あの時どんな顔をしていたか見られなかった。

 らしくない弱い声を聞いただけで、胸が潰れそうに痛んだからだ。

(いつもなら平気な顔で言い返してくるくせに。だからこんなに……っ)

 痛んだ胸に拳を押し当てる。

(あーっ。なんか段々腹立ってきた!なんで俺がこんなに悩まなきゃならねんだっ)

「はぁ……。止めよう。折角の旅行なんだし」

 周りの楽しげな声を聞いていたら、なんだかどうでも良くなってきた。

 あの人のことで悩む時間こそ勿体ない。

(あれ。なんか良い匂いがするな)

 これはコーヒーの薫りだ。

 脇にある小さなカフェから漂ってくる。

 そこへ歩み寄り、外に出ているボードに視線を落とす。

(期間限定のソフトクリーム?濃厚なのか。昼までまだ少し時間あるし、食べてみるかな)

 今日も晴天で残暑があり、体が甘い物を求めていた。

「うわ。美味しそうですねー」

「そうでしょう? 今週一杯までなんで、お兄さんギリギリセーフですよ」

 カフェの店主らしき人からソフトクリームを受け取った。

「良かったらそこのテラスで食べていかないかい?お兄さん絵になるから助かるんだけどねぇ」

「あはは。それで人が寄ってくるかは、分かりませんよ?」

「ダメかい?」

「そうですね……。高くつきますが」

 俺は冗談と受け取って冗談で返す。

 そりゃ参った、と笑う店主に会釈をしてソフトクリームを片手に店を出た。

(ん、美味いな。想像以上に濃厚だ)

 人とぶつからないように店から離れて食べる。

「アイツ等、どこ行ったかな……」

 独り語ちながら視線を巡らせると、大柄な男がこっちに気付いて近付いて来た。

「誰かと思ったら、片山さんでしたか」

「自分は直ぐに分かりましたよ」

 笑みを浮かべる片山さんに首を傾げる。

「そうですか? ここ、結構死角になってると思ったんですが……」

「それでも、分かる人には分かります」

 片山さんの優しげな視線に、少し照れ臭く思う。

 俺は溶けかけたソフトクリームを慌てて舐めた。

「それ、美味しそうですね」

「ええ、期間限定らしくてつい買っちゃいました。美味いですよ」

 何気なくソフトクリームを片山さんの方へ差し出す。

 それに驚く片山さんを見て、漸く気付いた。

「す、すみませんっ。条件反射で……」

 直ぐにその手を引っ込める。

(何やってんだ俺っ。子供とか、恋人相手にするみたいなことを、片山さんにするなんて……っ。滅茶苦茶親しいってわけでもないのに。変に思われた……よな?)

 ところが、危惧とは裏腹に片山さんは俺の手首を掴み、自分の方へ引き寄せた。

「……え?」

「ん、本当ですね。美味しいです」

 俺の手からソフトクリームをペロリと舐めた片山さんが、満足気に笑みを浮かべた。

「――っ、そ、そう……ですか……」

「普段はあまり食べませんが、こういう所で食べるのはいいものですね」

 俺に向ける眼差しは普段と同じ優しいモノで、火照った顔は不思議とすぐに落ち着きを取り戻した。

(吃驚したー……。この人、たまに突拍子もない事してくるから心臓に悪いんだよな)

 なんとも思っていなくても、これは誰でも驚くし慌てるだろう。

 でももし、これが榊さんだったら……?

(やっ、ないない絶対あり得ない!)

 パクパクと残りのソフトクリームを食べて可笑しな思考を紛らわす。

(いちいちあの人が出て来るとか、もう俺末期?精神科に頼った方がいいわけ?)

 落ち着いた火照りがまたぶり返しそうで嫌になる。

「えっと……、片山さんはもう見て歩かなくていいんですか?」

「ええ、目当てのところは見てきましたから、特には……。店長は?」

「俺も取り敢えずは。今は問題児を監視するためにいるようなものなんで」

「そうですか……。大変ですね」

 遠慮がちに笑う片山さんの隣で肩を竦める。

「まあ、俺一人じゃなかったらもっと楽なんですけどね」

「そういえば見かけませんね。榊店長」

「人混みが嫌とかで、バスに非難してますよ。まったく、面倒事は全部俺に押し付けて、酷いと思いません?」

「それだけ、頼りにされているということじゃないですか?」

 俺を宥めようとしての言葉なのもしれないが、まったく嬉しくない内容だ。

「違いますね。これは一種のパワハラですよ、パワハラ」

 そう吐き捨てるように愚痴を零すと、隣から小さな笑い声が聞こえた。

 不思議に思い視線を向けて数回瞬きをする。

 そんな俺に、片山さんが口元に拳を当てて咳払いをした。

「――いや、すみません。何だかんだ、仲が良いなと思いまして」

「……はい?」

「店長同士、気が合うのかもしれませんね」

 優しいようでいて淡々と紡がれるそれは、どこか寂しさを感じさせるものがあった。

 というか、それよりも……、

「気なんか合いませんよ。あの人は、俺をからかって遊ぶのが好きなんです。――止めろって言っても聞きゃしない。まったく」

 後半はブツブツと独り言のように零す。

 片山さんは今度は少し困ったように笑った。

「当人と周りでは、感じ方が酷似するとは限りませんよ。少なくとも自分は、店長たちが仲が悪いようには思えません」

「そんなこと、ないと思いますけど……」

「ありますよ。ただ、変に悪く考えるから否定してしまうんだと思います。まあこれは、あくまで自分の考えですが」

(――違う)

 そうじゃない。

 全部あの人が悪いわけじゃない。

 変に意識してしまう自分が嫌で、一方的に避けてしまうだけ。

 そんなことは分かっているんだ。

 でも、苦手だった相手を、好きだと意識することなんてどうやったらできるのか。

「もう、好きなんじゃないんですか?」

「――……え」

 静かに紡がれた言葉に、ゆっくり視線を上げる。

「分かっているとは思いますが、自分はあなたの事が好きです」

「! それは……」

「分かってます、もう届かないことくらいは。ずっと見てきましたから」

 頭が真っ白になる。

 上手い言葉なんて、当然出てきやしない。

 それを承知してか、片山さんは気にせず話し続ける。

「だから分かってしまうんですよ、あなたが他の人を気にしていることが――」

 突然腕を掴まれたかと思えば、そのまま物陰に引き込まれた。

 不意を突かれたことで俺の身体が前のめりになる。

(――っ!?)

 厚くて、熱い胸板に押しつけられ、体の自由を奪われてしまった。

「か、片山……さん?」

「しっ。静かに。少しだけ、このままで……」

 片山さんが喋る度、髪に吐息がかかる。

 背中に回された腕が、更にキツク俺を抱きしめた。

 どのくらい経っただろうか。

 漸く俺を解放した片山さんの表情は、寂しそうであり、それでいてどこかスッキリしたような……そんな顔だった。

「口にしたくはないですが、あなたがあの人のことを想っているのなら諦めます」

「な……っ」

「これも言いたくはないですが、お二人は上手くいくと思います」

 片山さんが何を言っているのか、頭がついていけない。

 いや、本当は理解できているのかもしれないが、それを認めたくない自分がいる。

 そんな自分に戸惑い、――息苦しい……。

「でも、もしあなたが傷つくようなことがあれば、黙っているつもりはありません。それだけ、伝えておきます」

 戸惑いに揺れる瞳を、真っ直ぐ見つめてくる片山さんがフッと息を吐いた。

「この話はこれで終わりです。そろそろお昼ですし、集合場所に行きましょうか」

 何事もなかったかのように歩き出す片山さんの背中を、ゆっくりと追いかけた。

 今は何も考えたくはない。

 流されて歩くだけが、精一杯だった。



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