3
みんなの姿を探すが、気持ちが上がって来ない。
(なんか、あの人と会話を重ねる度に、空気が悪くなる気がするな……)
結局、あの時どんな顔をしていたか見られなかった。
らしくない弱い声を聞いただけで、胸が潰れそうに痛んだからだ。
(いつもなら平気な顔で言い返してくるくせに。だからこんなに……っ)
痛んだ胸に拳を押し当てる。
(あーっ。なんか段々腹立ってきた!なんで俺がこんなに悩まなきゃならねんだっ)
「はぁ……。止めよう。折角の旅行なんだし」
周りの楽しげな声を聞いていたら、なんだかどうでも良くなってきた。
あの人のことで悩む時間こそ勿体ない。
(あれ。なんか良い匂いがするな)
これはコーヒーの薫りだ。
脇にある小さなカフェから漂ってくる。
そこへ歩み寄り、外に出ているボードに視線を落とす。
(期間限定のソフトクリーム?濃厚なのか。昼までまだ少し時間あるし、食べてみるかな)
今日も晴天で残暑があり、体が甘い物を求めていた。
「うわ。美味しそうですねー」
「そうでしょう? 今週一杯までなんで、お兄さんギリギリセーフですよ」
カフェの店主らしき人からソフトクリームを受け取った。
「良かったらそこのテラスで食べていかないかい?お兄さん絵になるから助かるんだけどねぇ」
「あはは。それで人が寄ってくるかは、分かりませんよ?」
「ダメかい?」
「そうですね……。高くつきますが」
俺は冗談と受け取って冗談で返す。
そりゃ参った、と笑う店主に会釈をしてソフトクリームを片手に店を出た。
(ん、美味いな。想像以上に濃厚だ)
人とぶつからないように店から離れて食べる。
「アイツ等、どこ行ったかな……」
独り語ちながら視線を巡らせると、大柄な男がこっちに気付いて近付いて来た。
「誰かと思ったら、片山さんでしたか」
「自分は直ぐに分かりましたよ」
笑みを浮かべる片山さんに首を傾げる。
「そうですか? ここ、結構死角になってると思ったんですが……」
「それでも、分かる人には分かります」
片山さんの優しげな視線に、少し照れ臭く思う。
俺は溶けかけたソフトクリームを慌てて舐めた。
「それ、美味しそうですね」
「ええ、期間限定らしくてつい買っちゃいました。美味いですよ」
何気なくソフトクリームを片山さんの方へ差し出す。
それに驚く片山さんを見て、漸く気付いた。
「す、すみませんっ。条件反射で……」
直ぐにその手を引っ込める。
(何やってんだ俺っ。子供とか、恋人相手にするみたいなことを、片山さんにするなんて……っ。滅茶苦茶親しいってわけでもないのに。変に思われた……よな?)
ところが、危惧とは裏腹に片山さんは俺の手首を掴み、自分の方へ引き寄せた。
「……え?」
「ん、本当ですね。美味しいです」
俺の手からソフトクリームをペロリと舐めた片山さんが、満足気に笑みを浮かべた。
「――っ、そ、そう……ですか……」
「普段はあまり食べませんが、こういう所で食べるのはいいものですね」
俺に向ける眼差しは普段と同じ優しいモノで、火照った顔は不思議とすぐに落ち着きを取り戻した。
(吃驚したー……。この人、たまに突拍子もない事してくるから心臓に悪いんだよな)
なんとも思っていなくても、これは誰でも驚くし慌てるだろう。
でももし、これが榊さんだったら……?
(やっ、ないない絶対あり得ない!)
パクパクと残りのソフトクリームを食べて可笑しな思考を紛らわす。
(いちいちあの人が出て来るとか、もう俺末期?精神科に頼った方がいいわけ?)
落ち着いた火照りがまたぶり返しそうで嫌になる。
「えっと……、片山さんはもう見て歩かなくていいんですか?」
「ええ、目当てのところは見てきましたから、特には……。店長は?」
「俺も取り敢えずは。今は問題児を監視するためにいるようなものなんで」
「そうですか……。大変ですね」
遠慮がちに笑う片山さんの隣で肩を竦める。
「まあ、俺一人じゃなかったらもっと楽なんですけどね」
「そういえば見かけませんね。榊店長」
「人混みが嫌とかで、バスに非難してますよ。まったく、面倒事は全部俺に押し付けて、酷いと思いません?」
「それだけ、頼りにされているということじゃないですか?」
俺を宥めようとしての言葉なのもしれないが、まったく嬉しくない内容だ。
「違いますね。これは一種のパワハラですよ、パワハラ」
そう吐き捨てるように愚痴を零すと、隣から小さな笑い声が聞こえた。
不思議に思い視線を向けて数回瞬きをする。
そんな俺に、片山さんが口元に拳を当てて咳払いをした。
「――いや、すみません。何だかんだ、仲が良いなと思いまして」
「……はい?」
「店長同士、気が合うのかもしれませんね」
優しいようでいて淡々と紡がれるそれは、どこか寂しさを感じさせるものがあった。
というか、それよりも……、
「気なんか合いませんよ。あの人は、俺をからかって遊ぶのが好きなんです。――止めろって言っても聞きゃしない。まったく」
後半はブツブツと独り言のように零す。
片山さんは今度は少し困ったように笑った。
「当人と周りでは、感じ方が酷似するとは限りませんよ。少なくとも自分は、店長たちが仲が悪いようには思えません」
「そんなこと、ないと思いますけど……」
「ありますよ。ただ、変に悪く考えるから否定してしまうんだと思います。まあこれは、あくまで自分の考えですが」
(――違う)
そうじゃない。
全部あの人が悪いわけじゃない。
変に意識してしまう自分が嫌で、一方的に避けてしまうだけ。
そんなことは分かっているんだ。
でも、苦手だった相手を、好きだと意識することなんてどうやったらできるのか。
「もう、好きなんじゃないんですか?」
「――……え」
静かに紡がれた言葉に、ゆっくり視線を上げる。
「分かっているとは思いますが、自分はあなたの事が好きです」
「! それは……」
「分かってます、もう届かないことくらいは。ずっと見てきましたから」
頭が真っ白になる。
上手い言葉なんて、当然出てきやしない。
それを承知してか、片山さんは気にせず話し続ける。
「だから分かってしまうんですよ、あなたが他の人を気にしていることが――」
突然腕を掴まれたかと思えば、そのまま物陰に引き込まれた。
不意を突かれたことで俺の身体が前のめりになる。
(――っ!?)
厚くて、熱い胸板に押しつけられ、体の自由を奪われてしまった。
「か、片山……さん?」
「しっ。静かに。少しだけ、このままで……」
片山さんが喋る度、髪に吐息がかかる。
背中に回された腕が、更にキツク俺を抱きしめた。
どのくらい経っただろうか。
漸く俺を解放した片山さんの表情は、寂しそうであり、それでいてどこかスッキリしたような……そんな顔だった。
「口にしたくはないですが、あなたがあの人のことを想っているのなら諦めます」
「な……っ」
「これも言いたくはないですが、お二人は上手くいくと思います」
片山さんが何を言っているのか、頭がついていけない。
いや、本当は理解できているのかもしれないが、それを認めたくない自分がいる。
そんな自分に戸惑い、――息苦しい……。
「でも、もしあなたが傷つくようなことがあれば、黙っているつもりはありません。それだけ、伝えておきます」
戸惑いに揺れる瞳を、真っ直ぐ見つめてくる片山さんがフッと息を吐いた。
「この話はこれで終わりです。そろそろお昼ですし、集合場所に行きましょうか」
何事もなかったかのように歩き出す片山さんの背中を、ゆっくりと追いかけた。
今は何も考えたくはない。
流されて歩くだけが、精一杯だった。




