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君だけに恋を囁く  作者: 煙々茸
君恋 第七章
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「あー、朝から食べ過ぎた~~~」

 レストランを出ると両腕を上げて伸びをしながら小笠原が零した。

「バス酔いするなよ?」

「あ、それは大丈夫っス。オレ、車酔いとかしたことないんで」

「あぁ、確かにそんな感じだよな、お前は」

(心配して損した)

 マイクロバスに乗り込んだ俺達は、旧軽井沢へと向かった。

 バスから降りて少し歩くと、一本の道を挟んで個々の店が連なった光景が広がった。

 夏休み明けて少しは空いているかと思ったが、天気がイイせいか思ったより人が出ている。

 俺の隣に並んだ木村さんが、いつもより二割増しの微笑みを浮かべた。

「こういった小ぢんまりとしたお店も、趣きがあっていいですねえ」

「そうですね。都会とはまた違った雰囲気があって和むというか……」

 俺の言葉に、木村さんがはっはっはと気持ち良く笑う。

「英店長も、分かりますか」

「ええ、普段見られるものじゃないですから、余計に」

「そうなんですよねぇ。都会も悪くはないですが、やはり、こういう風景も恋しくなりますね。――あ、ちょっとこのお店ゆっくり覗いていいですかね?」

「あ、はい、どうぞ。自由行動なので決まった時間に集合場所に来てもらえれば何処へ行っても問題ないですよ」

「それじゃあ、また後で」

 木村さんと別れて先を歩く。

 他のメンバーも各々観光を楽しんでいるようだ。

 少し前方から小笠原と高屋の声が聞こえてきた。

(やたら目立つな、アイツ等は……)

 見た目もそうだが、いろんな意味で悪目立ちしている。

 彼等とは反対側へ視線を送れば、真剣な面持ちで何かを見つめている日野が目に留まった。

「日野」

「あ、英店長」

 少し気になり、近付いて声を掛けると、日野はハッと驚いたように顔を上げた。

「何かイイ物でもあったか?」

「ええっと、その……前川くんにお土産を……」

「前川に?」

 思ってもみなかった人物の名前が上がって、今度はこっちが驚いた。

(……いや、意外でもないか。なんだかんだ、アイツの面倒は日野が見てくれているからな)

「前川くんも来られれば良かったんですけど……。だから、お土産でも買って行ってあげれば少しは旅行の雰囲気味わえるかなって」

 俯く日野の手元には、信州限定と書かれたお菓子の箱が二つ。

「どっちにするかで、迷ってるのか?」

「はい。甘いモノは苦手じゃないって前に聞いたので」

「なら二つ買って行けばいいんじゃねえか?」

「二つ、ですか?」

「ああ、今度店長会があるから、土産をいくつか買い込まないといけないんだ。どうせなら、前川に好きなの選ばせてやればいい」

「なるほど。それいいですね! そうしようかな……」

 大きな瞳をキラキラさせて喜ぶ日野に、ホッと息を吐く。

(なんか、前川より日野が一番嬉しそうだな。まあ、相手が喜ぶ顔を想像すると嬉しくならないわけがない、か……)

 俺も同じ店でいくつかお菓子の詰め合わせを買い込んだ。

「日野、土産持ちながらは大変だろうからバスに持ってく」

「え、それなら僕も行きますよ」

「いいから、お前はみんなと楽しんで来い。二人で行く程の量じゃないだろ」

 半ば強引に荷物を受け取って、バスへと引き返す。

 それほどまだ歩いてはいないから直ぐに着くだろう。

「あとで、知人の分も買うかな…。取引先とか……って、つい仕事の事考えちまうな」

 苦笑混じりに前方を見ると、集合場所でもある駐車場が見えて来た。

 接近すると、マイクロバスの扉が開きっ放しで、すぐ近くに運転手が缶コーヒーを飲みながら休憩している姿があった。

「お疲れ様です」

「ん? ああ、一号店の店長さん」

 俺の呼び掛けに視線を寄こした運転手、坂部さんがにこやかに返事をしてくれた。

 が、呼び方に思わず笑ってしまう。

「英で大丈夫ですよ。それだと少し長いでしょう?」

「そうですね。じゃあ、そう呼ばせてもらいます。――あ、でも、」

「はい?」

「店長さん、は付けさせて下さい」

「え……」

「あ、ダメでしたか?」

 思いも寄らない申し出に一瞬呆気にとられたが、不安そうにする坂部さんに慌てて首を振る。

「いえいえ、もちろん良いですよ」

 そう返すと、坂部さんはホッとしたように相貌を崩した。

(面白い人だな。そんなことわざわざ許可取る必要ないのに)

 優しい雰囲気に加え、お茶目さが感じられて少し空気が和む。

「でもその場合、英店長さんになっちゃうんで、さんは付けないで下さいね」

「あ! 本当ですね。気付きませんでした」

(加えて天然か……)

 はにかんだように笑う様子に、俺も笑みを零した。

「ところで、英店長は観光もういいんですか?」

「あ、そうでした。荷物を一度置きに来たんですが、いいですか?」

 手に提げていた土産袋を軽く持ち上げる。

「もちろんです! 生ものですか? 出来るだけ涼しい場所に置いておきますね」

「いえ、生ものではないので……でもそれでお願いします」

 俺から荷物を受け取った坂部さんは、バスの中へと入って行った。

 そこへ、背後から俺を呼ぶ声がして思い切り心臓が跳ねた。

 聞きたくないって思っているはずなのに、顔に熱が溜まるのはなぜなのか……。

「こんなところで何をしてるんだ?」

「……」

 平静を装いながら振り向くと、坂部さんと同じ缶コーヒーを持った榊さんと目が合った。

「みんなと一緒じゃなかったのか」

「それはこっちのセリフですよ。榊さんこそ、どうしたんですか?」

「俺は人混みを避けたくて非難してたんだが。店長二人がココにいるのは拙いだろう」

「ちょっと、人のせいみたいに言わないで下さいよ。ちゃんと向こうに戻るんで、ご心配なく」

「答えになってないだろう」

 通り過ぎようとする俺の腕を、榊さんが掴んできた。

 俺は視線を合わせない様遠くに向けて口を開く。

「答えって……別に榊さんには関係ないですから」

 つい、キツイ言い方になってしまい唇を引き結ぶ。

 どうしてこの人相手だと素直になれないのか、俺自身分からない。

 腕に込められた力が、僅かに緩んだ。

「関係ない、か……。それは俺のことはどうでもいいということか?」

「っ……」

 ズキンッ。

 胸が痛んで顔を顰める。

(どうしてこういう時だけ、そんな弱い声出すんだよ。俺のせいだってのは分かってるけど、あんたらしくなくて変だろ……)

 そして、腕にあった熱が、完全に消えて楽になった。

 いや、少しばかり寂しく感じた……。

「引き止めて悪かった。早く行ってアイツ等の面倒を見てやってくれ」

 人任せかよ、と罵声を浴びせたいところだが、一緒に行くことを今はどっちも望んではいない。

「……お土産、置きに来ただけですから。すみませんでした」

 俺はそれだけ言い残してその場を離れた。


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