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スタッフルームほど広くは無いが、私物が無い上にきちっと整理されている分、変に気を遣う必要がないため、俺にとってはこっちの方が居心地がいい。
幾つか置かれたデスクの内一つに歩み寄り、置きっ放しにしているノートパソコンを立ち上げた。
カチカチカチとパソコンが音を立てて勝手に準備を始める間、俺はエプロンの紐を解いて無造作に隣の椅子に引っ掻けた。
インスタントコーヒーとお茶くらいならこの部屋にもある。
昼過ぎに座り仕事を始めると、どうしても眠気に襲われるため、出勤したら必ず電気ポットにお湯を沸かすようにしている。
俺は卓上に置かれたポットまで行き、英と書かれた自分のマグカップを手に取った。
「……今日はブラックにしとくか」
俺は迷うことなくコーヒーを選んだ。
それを持ってパソコンのあるデスクまで戻ると、デスクトップ画面には気持ち良さそうに寝ている猫の画像が表示されていた。
どうやら準備は万端らしい。――が、この猫の背景は俺の趣味ではない、決して。
仕事用のパソコンでスタッフも普通に使うため、誰かが勝手に設定したのだろう。
(変えても次開いた時には元に戻ってんだよな)
今度犯人を探してみようかと思いながら、俺は椅子に座って作業を開始した。
不良品の処理に客注チェック。
他のスタッフにも手伝ってもらってはいるが、最終チェックは全て店長である俺がやっている。
アンティーク雑貨を扱っていると、海外から仕入れている物は運ばれてくる間に破損してしまうこともあり、不良品が出てきやすいのだ。
パソコン画面に集中していると、隣のスタッフルームの扉が開く音がした。
休憩に出ていた日野が戻って来たのかもしれない。
パソコンに表示されているデジタル時計を見ると、二時になろうとしていた。
案の定、数分して隣のこの事務室へ靴音が近付いてきた。
「失礼します。……あ、やっぱりココにいたんですね」
カフェ用ではなく、雑貨用のエプロンを身につけた日野が、扉を開けてひょっこりと顔を覗かせた。
「休憩お先でしたぁ」
「おかえり。――あぁそうだ。日野」
俺は彼を一瞥してある事を思い出し、呼びながら今開いているフォルダやウィンドウを閉じる。
「何ですか?」
呼ばれるままにやってきた日野は、俺が視線を向けているパソコン画面を釣られる様に覗き見た。
「あ、可愛いにゃんこですねー」
「これに設定したのお前じゃないのか?」
問われてきょとんとした表情を浮かべる日野。
「違いますよ?」
「ならいいんだ。仕事に戻ってくれ」
「? はい……」
失礼しましたと出て行く日野を見送り、俺はフゥと息を吐く。
(日野じゃねーってことは……やっぱアイツか?)
そうとしか考えられない。
俺は下で働いているはずの小笠原の顔を思い浮かべ、緩く肩を竦めた。
この程度の背景ならどう変わっていようが気にする事はない。
しかし、設定していたはずの背景が次開いた時には必ず猫に変わっているのが不思議でならなかった。
これが何度も繰り返されると、流石に気になる。
(何で猫なんだ……?)
意地悪く何度も元に戻す俺もどうかと思うが、それはそれだ。
自分の事は棚に上げて、とりあえずアイツに訊いてみようと頭の片隅に記憶して、最後の仕事に取りかかった。
――トゥルルルル……トゥルルルル……
暫くして、すぐ脇にある内線電話が音を立てた。
「はい。英」
『あ! 店長すみませんっ』
「……日野? どうした」
名乗らなかったから一瞬誰だか分らなかった。
珍しく慌てた様子の日野に、俺は眉を顰めて耳を澄ませる。
『あ、あの! 清くんが女の子を泣かせちゃって! あ、違うっ、なんか呼び掛けられたみたいでそれからなんか揉めだしちゃって女の子が取り乱して、その女の子のお友達も加わって収拾つかなくなってッ』
捲し立てる言葉に大体のことは理解した。
小笠原のことをプライベート呼びする辺り、相当日野はテンパっている。
ほんの僅かだが、受話器の向こうから女の騒ぎ立てる声が聞こえてきた。
「分かったから落ち着け。場所は?」
『トイレの前ですっ!』
(やっぱり……!)
客用トイレは入口も死角になっていて、近付かない限り外からは見えないようになっている。
そこで待ち伏せしていた客に捉まったことが前にもあって、それからスタッフは使用禁止という決まり事ができたのだ。
(だから、上使えって言ったんだあのバカはッ)
「すぐ行く」
俺は受話器を戻して今開いているページを上書き保存するのを忘れずに、事務室を慌ただしく出て下に向かった。




