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君だけに恋を囁く  作者: 煙々茸
君恋 第一章
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「店長? 最後のお客さん、帰りましたよ」

「あ、そうですか。レジ担までさせてしまってすみません」

 手を動かしながらも上の空だったことに申し訳ないと首の後ろを掻く。

「大丈夫ですよ。それより、何か考え事ですか? 役職的には私の方が下ですが、経験値なら私の方が勝ってると思うので、何でも相談して下さい」

 嫌味のない、本当に打ち明けてしまいたくなるほどに木村さんの言葉は優しかった。

 それだけで凄く救われたような気持ちになる。

 人生経験でいえば、確かに彼の方が上だろう。

 しかし、同性に恋をしたなどという経験は、きっと無いだろう。

 うん、絶対ない。

 異性に例えて相談すればいいのかもしれないが、やはり同性である事実に引け目を感じてもっと落ち込みそうでやっぱり駄目だ。

「ありがとうございます。でもそのお気持だけで十分ですよ。――ちょっと、寝不足なだけなんで」

 自分の言い訳についてのレパートリーの無さを恨んでやりたい。

 いや、言い訳すること自体良いとは言い切れないのだが……。

「また寝不足? 若いからって油断してると体壊しますよ」

「ハハハ。そうですね、気をつけます」

 案の定突っ込まれてしまったことに、笑って誤魔化す。

 木村さんは午後の仕込みがあるからと、そのまま厨房へと引っ込んで行った。

 俺は一人になったテラスで大きな溜息を零しながら、最後のテーブルを拭きにかかる。

 ――「優一、最近溜息多くない?」――

 ふと、神条さんの言葉が頭を過ぎった。

 忘れもしない。

 俺が失恋した日のことだ。

 ――「ほら、話してみなよ」――

 首を振る俺に詰め寄る神条さん。

 思わず告白してしまいそうになるのをグッと堪えた。

 ――「もしかして、恋の悩み? それなら俺に話してみなよ。先輩として、アドバイスくらいはできると思うから」――

 この言葉に、俺の中で何かが崩れた。

 神条さんは仕事で日本を離れることが多く、その日は彼が帰国して間もない日のことだった。

 “先輩”って……?

 と、震える声をなんとか抑えながら小さく尋ねた事を覚えている。

 そして知ったのだ。仕事先の外国で、彼に恋人ができたことを――。

 それからのことは良く覚えていない。

 どうやって店から家まで帰ったのか……。

 気が付いたらベッドの中で丸くなっていた。

(告白さえできなかったなんて、虚し過ぎるだろ俺)

 冗談めかし込んで、実は神条さんのこと好きだったんだよなーなんて男相手に打ち明けたところでいい笑い草だ。

「――小笠原じゃあるまいし」

 奴ならそれくらいのこと飄々と言ってのけそうだ。

「ん? 優ちゃん今呼んだ?」

「っ!?」

 ぼそりと貶した相手がひょっこり顔を覗かせてきたもんだから、俺は思い切り仰け反った。

「な、何でもねー。っつかお前、その呼び方は止めろって言ってんだろうが!」

「えー。今お客さんいないし、いーじゃないっスか」

「そういう問題じゃねえ。仕事中くらいは上司を敬えコラっ」

 注意しながら使用済みの布巾を小笠原の手に押し付けた。

 誰に対してもフレンドリーな彼は、隙あらばこうしてスキンシップを取ってくる。

 普段から敬語を使えと言っても、プライベートの時までそんな堅っ苦しいのは嫌だと言って聞かず、それでも最初は渋々使ってくれていたのだが最近になってそれがまた崩れて来ているように思う。明らかに。

「え、これどうすんの? 優ちゃん」

「店長だッ。罰としてお前が片しとけ」

「えええっ」

 布巾を摘んで持ち上げながら小さく肩を落とす小笠原を横目に、そういえばと疑問符が頭に浮かんだ。

「お前、なんでこっち来てんだ? 雑貨の方はどうした」

「今丁度お客さん引いたんで、トイレっスよトイレ。そしたら店長見えたんでふらふら~っと」

「寄り道してんじゃねえ。っつか、客用のトイレ使ったな?」

「あ、バレました?」

「当たり前だ!」

 今度はちゃんと店長と呼んだことを褒めてやりたいが、ここへ来るまでの行動を聞いたらそれは打ち消された。

 相手に押し付けた布巾を雑に奪い取る。

「とにかく持ち場に戻れ。――今度からはちゃんと上使えよ?」

「はいはーい」

 小笠原の軽い返事に大丈夫か? と少し懸念の眼差しを彼の背中に向けてから、俺は布巾を持って厨房に上がった。

 下のトイレは客用、上のトイレがスタッフ用と決めてある。

 混雑を避けるためというのは表向きで、真意は別にあるのだが。

(特にアイツに当てはまることなんだが、そこんとこ分かってんのか?)

 さっきとは違う理由で眉間に皺を寄せた。

 とりあえず今は次の仕事だ。

「木村さんすみません。次の時間まで事務作業に入るんで、上に居ますね」

「分かりました。なんなら少し仮眠も取って来て下さいよ」

 寝不足を気にしてくれているのか、仕込み中の手を止めて苦笑混じりに言われてしまった。

「寝不足は帰ってから解消しますから」

 俺も苦笑いを滲ませて答える。

 もちろん今は寝不足ではないが、そう思っていてもらった方がこっちとしては助かる。

 俺は布巾を片付けてから厨房を出ると、スタッフルームの隣にある事務室へ向かった。



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