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隣から布が擦れる音がした。
風呂なのにあり得ない音が…。
重たい瞼を押し上げて映ったのは、明るい蛍光灯と天井。
(風呂……じゃ、ない……?)
そこへ、低く落ち着いた声が耳に届いた。
「起きたか。何ともないか?」
「……榊、さん…? どうして……」
漸く相手を視界に捉えて疑問を投げかける。
確か俺は榊さんと風呂に入っていたはずだ。
でも、そこからの記憶が途絶えていた。
「覚えてないか?」
「何を……」
「お前、風呂でのぼせて倒れたんだ」
「倒れた?」
言われて気付く、着た覚えのない浴衣が身体を包んでいることに。
そして、布団に寝かされていた。
「っすみません。迷惑を掛けてしまって……」
「いや、俺も悪かった」
起き上がろうとする俺を榊さんが支えてくれる。
「榊さんのせいじゃないですよ。久し振りの温泉だったからですかね」
「そう言われると、少し寂しいな」
「……え?」
「……あのことも覚えていないのか」
榊さんに顎を掴まれ、引き寄せられる。
気付いたら、唇を塞がれていた。
「っ……!?」
突然のことに反応ができない俺に、榊さんが窺うように僅かに唇を離して瞳を覗き込んできた。
「思い出したか?」
吐息のかかる距離でジッと見つめられる。
(思い出したか……って、――あ!!)
俺は榊さんと二人きりの大浴場で、激しくキスをされたことを漸く思い出した。
みるみる頬に熱が溜まって行く。
「やっと、思い出したみたいだな。このまま思い出してくれなかったら泣くところだったぞ」
「う、嘘言わないで下さいよっ。あんたが泣くとか絶対ない!」
恥ずかしさを紛らわしたくて俺は顔を背けながら言い返す。
それを敢えて本気に取ったのか、榊さんは……
「泣くさ。優一のこと、だからな」
と、落ち着いた声音で俺に囁いた。
なんでこんなにもこの人は俺の中に入って来るのが上手いのか、心底悔しい。
どうしてやろうかと考えあぐねていると、榊さんが一度俺から離れて部屋の電気を消し、そして真っ直ぐこっちに戻って来た。
「今日はこのまま寝る」
「――は?」
呟かれた言葉に疑問符が浮かぶも、突然身体が布団へと押し戻されて、気付いた時には再び天井を見上げていた。
違うのは天井の木目が暗がりで見え難いことくらいか。
そこへ、容赦なく榊さんが布団に潜り込んでくる。
「寝るってあんた! 自分の布団があるでしょう!? 何で入って来るんですか!」
「いちいち煩い。俺が一緒に寝たいからに決まっているだろ」
「勝手に決めないでくれませんか俺の意思はどうなるんですか!」
捲し立てて逃げようと試みるも、榊さんの逞しい腕によって俺の身体はスッポリ抱き込まれ、身動きできなくなってしまった。
(クソッ。ビクともしねぇ……っ)
もがいているつもりなのだが、それは功を奏さない。
(仕事でも、こういう時でさえ、敵わないって……俺、情けなくないか? 何か一つくらい勝てる物があってもいいと思うんだけどな……)
これ以上足掻いても無駄な気がして、ゆるゆると力を抜く。
動かなくなった俺を不思議に思ったのか、榊さんが僅かに顔を上げる気配がした。
「諦めたのか?」
「……無駄な努力はしない主義なので」
「それは懸命な判断だな」
「煩いですよっ」
とはいえ、この状態で眠れるわけがない。
半ば意地にでも寝てやると思ったが、なかなか心臓が静まってくれない。
(なんか、無駄に変な汗までかいてきたな。っつか、俺の事好きとか言っといて、この人は寝れるのかよ……)
視線だけを上へ辿って行く。
と、思いの外近くに榊さんの顔があった。
(ね……寝てる? マジで寝てる!?)
瞼を落としている顔を強く睨みつける。
もしかしてと思ったのだが、予想が外れて余計に腹が立った。
(俺だけかよっ! 俺だけが……動揺してっ。バカバカしい)
少しだけ緩んだ腕の中で身体を反転させて榊さんに背を向ける。
そこへ、また抱き直してきた腕にギョッとして硬直したが、頭に寝息がかかってホッと息を吐く。
「……寝ぼけてんなよな。バーカ」
小声で呟く。
どうせ聞いちゃいないだろうから、もっと文句を言ってやりたかったが、……やめた。
背中に相手の熱を感じるが、視界に入らないだけ少しはマシになってきたからだ。
そして漸く俺にも睡魔がやって来た――




