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君だけに恋を囁く  作者: 煙々茸
君恋 第六章
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 隣から布が擦れる音がした。

 風呂なのにあり得ない音が…。

 重たい瞼を押し上げて映ったのは、明るい蛍光灯と天井。

(風呂……じゃ、ない……?)

 そこへ、低く落ち着いた声が耳に届いた。

「起きたか。何ともないか?」

「……榊、さん…? どうして……」

 漸く相手を視界に捉えて疑問を投げかける。

 確か俺は榊さんと風呂に入っていたはずだ。

 でも、そこからの記憶が途絶えていた。

「覚えてないか?」

「何を……」

「お前、風呂でのぼせて倒れたんだ」

「倒れた?」

 言われて気付く、着た覚えのない浴衣が身体を包んでいることに。

 そして、布団に寝かされていた。

「っすみません。迷惑を掛けてしまって……」

「いや、俺も悪かった」

 起き上がろうとする俺を榊さんが支えてくれる。

「榊さんのせいじゃないですよ。久し振りの温泉だったからですかね」

「そう言われると、少し寂しいな」

「……え?」

「……あのことも覚えていないのか」

 榊さんに顎を掴まれ、引き寄せられる。

 気付いたら、唇を塞がれていた。

「っ……!?」

 突然のことに反応ができない俺に、榊さんが窺うように僅かに唇を離して瞳を覗き込んできた。

「思い出したか?」

 吐息のかかる距離でジッと見つめられる。

(思い出したか……って、――あ!!)

 俺は榊さんと二人きりの大浴場で、激しくキスをされたことを漸く思い出した。

 みるみる頬に熱が溜まって行く。

「やっと、思い出したみたいだな。このまま思い出してくれなかったら泣くところだったぞ」

「う、嘘言わないで下さいよっ。あんたが泣くとか絶対ない!」

 恥ずかしさを紛らわしたくて俺は顔を背けながら言い返す。

 それを敢えて本気に取ったのか、榊さんは……

「泣くさ。優一のこと、だからな」

 と、落ち着いた声音で俺に囁いた。

 なんでこんなにもこの人は俺の中に入って来るのが上手いのか、心底悔しい。

 どうしてやろうかと考えあぐねていると、榊さんが一度俺から離れて部屋の電気を消し、そして真っ直ぐこっちに戻って来た。

「今日はこのまま寝る」

「――は?」

 呟かれた言葉に疑問符が浮かぶも、突然身体が布団へと押し戻されて、気付いた時には再び天井を見上げていた。

 違うのは天井の木目が暗がりで見え難いことくらいか。

 そこへ、容赦なく榊さんが布団に潜り込んでくる。

「寝るってあんた! 自分の布団があるでしょう!? 何で入って来るんですか!」

「いちいち煩い。俺が一緒に寝たいからに決まっているだろ」

「勝手に決めないでくれませんか俺の意思はどうなるんですか!」

 捲し立てて逃げようと試みるも、榊さんの逞しい腕によって俺の身体はスッポリ抱き込まれ、身動きできなくなってしまった。

(クソッ。ビクともしねぇ……っ)

 もがいているつもりなのだが、それは功を奏さない。

(仕事でも、こういう時でさえ、敵わないって……俺、情けなくないか? 何か一つくらい勝てる物があってもいいと思うんだけどな……)

 これ以上足掻いても無駄な気がして、ゆるゆると力を抜く。

 動かなくなった俺を不思議に思ったのか、榊さんが僅かに顔を上げる気配がした。

「諦めたのか?」

「……無駄な努力はしない主義なので」

「それは懸命な判断だな」

「煩いですよっ」

 とはいえ、この状態で眠れるわけがない。

 半ば意地にでも寝てやると思ったが、なかなか心臓が静まってくれない。

(なんか、無駄に変な汗までかいてきたな。っつか、俺の事好きとか言っといて、この人は寝れるのかよ……)

 視線だけを上へ辿って行く。

 と、思いの外近くに榊さんの顔があった。

(ね……寝てる? マジで寝てる!?)

 瞼を落としている顔を強く睨みつける。

 もしかしてと思ったのだが、予想が外れて余計に腹が立った。

(俺だけかよっ! 俺だけが……動揺してっ。バカバカしい)

 少しだけ緩んだ腕の中で身体を反転させて榊さんに背を向ける。

 そこへ、また抱き直してきた腕にギョッとして硬直したが、頭に寝息がかかってホッと息を吐く。

「……寝ぼけてんなよな。バーカ」

 小声で呟く。

 どうせ聞いちゃいないだろうから、もっと文句を言ってやりたかったが、……やめた。

 背中に相手の熱を感じるが、視界に入らないだけ少しはマシになってきたからだ。

 そして漸く俺にも睡魔がやって来た――



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